
| 名前 | ハルキエリア(Halkieria)。全身が知られている種はハルキエリア・エヴァンゲリスタ(Halkieria evangelista)の1種だけ。種小名はラテン語で「福音を伝える者」。ばらばらの鱗しか知られていなかった多くの化石の正体を、この種が一度に説明したことにちなむ |
| 分類 | 冠輪動物。軟体動物の初期の仲間とする見方が現在は有力で、独自の綱「ディプラコフォラ(二枚殻類)」に置く提案がある |
| 時代 | カンブリア紀前期(約5億1800万年前)。ばらばらの鱗はカンブリア紀前期から中期にかけて世界各地から見つかる |
| 発見地 | 全身化石はグリーンランド北部のシリウス・パセット。鱗だけの化石はデンマーク、中国、シベリア、オーストラリアなど、ほぼすべての大陸から産出する |
| 全長 | 1.5〜8cm |
| 体重 | 数グラム〜10グラム程度(推定値の公表はなく、同じ大きさの現生のヒザラガイからの概算) |
ハルキエリアは、カンブリア紀前期の海底を這っていた、鱗の鎧をまとった動物です。背中は約2000枚の小さな鱗で覆われ、体の前端と後端にはそれぞれ1枚ずつ、貝殻のような板がついていました。長いあいだ、ばらばらに散った鱗だけが「正体不明の小さな化石」として知られていて、全身の姿が分かったのは1989年のことです。
姿と暮らし
体は上下に押しつぶしたような平たいナメクジ形で、腹側は鱗のないやわらかい足になっていました。背中の鱗は形の違う3種類が帯状に並びます。背の中央にはカエデの葉のような形の鱗、その両脇にはナイフの刃のような細長い鱗、外縁には鎌のように曲がった鱗が並び、どの鱗も屋根瓦のように重なり合っていました。鱗の内側は空洞で、成長しても1枚1枚の鱗が大きくなることはなく、体が大きくなると新しい鱗が足されていったと考えられています。
前端と後端の殻は、木の年輪のような成長線が刻まれた帽子形の板です。こちらは鱗と違って縁に材料を足しながら大きくなっていました。前の殻の内側には筋肉がついていた痕があり、後ろの殻の下には空間があって、鰓がおさまっていた可能性が指摘されています。鱗も殻も、もともとは炭酸カルシウムでできていたとみられます。
泳ぐための構造も、砂に潜るための構造も持っていないため、暮らしは海底の上に限られていました。腹側の足を波打たせて這い、外縁の後ろ向きの鱗が滑り止めの役目を果たしていたと考えられます。ダンゴムシのように体を丸めた状態で見つかった標本もあり、丸まると脇の刃形の鱗が外側に突き出す配置になることから、捕食者への備えだったとみられています。体の後半には消化管の痕が残っていて、口の部分に歯舌(軟体動物に特有の、歯の並んだ舌)らしい構造を認めた研究もありますが、鱗がずれて重なっただけの可能性もあり、はっきりしません。
ハルキエリアが暮らしていたシリウス・パセットの海には、アノマロカリスの仲間や初期の節足動物、多毛類のような環形動物が同居していました。バージェス頁岩より1000万年ほど古く、カンブリア爆発のさなかの顔ぶれです。
22年間、鱗だけが知られていた
ハルキエリアという名前は、1967年にデンマークのボーンホルム島から見つかった小さな鱗の化石に対して付けられました。長さ数ミリの、内側が空洞になった鱗です。同じころ、世界各地のカンブリア紀前期の地層から、こうした鱗やトゲ、小さな殻が大量に見つかるようになり、まとめて「小型有殻化石」と呼ばれるようになりました。骨格が化石に残りはじめた最初期の動物たちの破片ですが、ばらばらの部品しか出てこないため、どの破片がどんな動物のものなのか、ほとんど分かっていませんでした。
転機は1989年、グリーンランド北部のシリウス・パセットでの調査です。この地層はバージェス頁岩と同じように軟らかい組織まで残る特別な産地で、ここから鱗が体についたままの標本がまとまって見つかりました。1990年にサイモン・コンウェイ・モリスとジョン・ピールが記載した新種ハルキエリア・エヴァンゲリスタは、鱗の並び方と、前後2枚の殻をあわせ持つ全身像を初めて示しました。ばらばらに出てくる3種類の鱗が同じ1匹の背中の別々の場所にあったこと、そして小型有殻化石のなかの帽子形の殻もこの動物の一部だったことが、この標本で一度に説明されました。
前後2枚の殻と「折りたたみ説」
全身像が分かると、次の問題はこの動物が何の仲間なのかでした。鱗の鎧に加えて前後に1枚ずつ殻を持つ動物は現生にはいません。コンウェイ・モリスとピールは1995年の詳しい記載で、ハルキエリアを腕足動物の系統に近いものと位置づけました。腕足動物は2枚の殻を持つ点で二枚貝に似ていますが、殻の合わせ方も内部の器官もまったく別で、現在も海底に生きています。
この線をさらに進めたのが、2003年に提案された「腕足動物の折りたたみ説」です。ハルキエリアのような動物の体が短くなって前後の殻が大きくなり、やがて体が真ん中で腹側に折れ曲がって、前の殻と後ろの殻が向かい合わせに閉じるようになったのが腕足動物だ、という考えです。この説では、腕足動物の2枚の殻はどちらももともと背中側にあったもので、腕足動物の体は前後を折りたたんだ形で理解すべきだとされました。ハルキエリアが同じ動物の前と後ろに殻を持っていたことが、この説を支える化石側の根拠でした。
2005年、ヤコブ・ヴィンターとクラウス・ニールセンは原標本を調べ直し、確実に観察できる特徴はすべて現生の軟体動物と矛盾しないとして、ハルキエリアを軟体動物とする論文を発表しました。鱗の内部にある細い管の構造は、ヒザラガイの殻板にある感覚器官の管と共通します。ただし現生のどの綱にも当てはまらないため、前後に2枚の殻を持つことにちなんでディプラコフォラ(二枚殻類)という新しい綱を立てる提案がなされました。2017年には、モロッコのオルドビス紀の地層から、鱗の鎧に殻を1枚だけ持つよく似た動物カルヴァピローサが記載され、ハルキエリアからヒザラガイへ続く系統の中間に位置づけられました。
折りたたみ説そのものも、同じ2017年に別の方向から検証されています。腕足動物の幼生で体の前後軸を決める遺伝子の働き方を調べたところ、殻が背中側の前と後ろに由来するという予測は支持されませんでした。前後2枚の殻という特徴は、腕足動物へつながる証拠ではなく、初期の軟体動物が試した体のつくりの一つだったと考えられるようになっています。
ばらばらの鱗しか知られていない他のハルキエリア属は30種以上ありますが、全身の構造が分かっているのは今もエヴァンゲリスタ1種だけです。




出典
Harper, D. A. T. et al. (2017). Brachiopods: origin and early history. Palaeontology, 60.


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