恐竜が消えて、哺乳類が残った。その分かれ目を「カビに強かったかどうか」で説明しようとする仮説があります。20年以上前からある少数派の考えで、FIMS仮説と呼ばれます。今年5月、これを補強する材料として、アメリカ・コロラド州の地層から菌類の胞子が急増していた証拠が報告されました。
ただ、この仮説はいま、かなり分の悪い立場にあります。土台に置いていた「恐竜は変温、哺乳類は恒温」という前提が、この20年の研究でほぼ崩れてしまったからです。提唱者自身がそれを認め、説明の中身を作り直しました。
先に一つ断っておきます。これは「菌類が恐竜を滅ぼした」という話ではありません。提唱者本人が、そこははっきり否定しています。争点は、小惑星の衝突を生き延びたあとの世界で、哺乳類と恐竜のどちらが有利だったか、という一点にあります。

菌類を容疑者に挙げた仮説
この仮説を出したのは、ジョンズ・ホプキンス大学のアルトゥーロ・カサデヴァル氏です。専門は恐竜でも地質学でもなく、微生物学と免疫学。2005年の論文で、彼はある違和感から話を始めました。
衝突後の世界は、食べ物も水も乏しく、日光も遮られて寒い。そういう場所で有利なのは、ふつうに考えれば爬虫類のほうです。爬虫類は日なたと日陰を行き来して体温を調節でき、燃費がいい。いっぽう哺乳類は、体温を自力で保つために大量のエネルギーを燃やし続けなければなりません。ヒメネス氏とカサデヴァル氏の見積もりでは、哺乳類が必要とする代謝エネルギーは爬虫類の100〜1000倍にもなります。燃費の悪い側が勝ったのは、どう考えても奇妙だ——というのが出発点でした。
そこで彼が持ち出したのが菌類です。菌類は植物・昆虫・両生類・爬虫類にとっては大物の病原体で、カエルを世界規模で減らしたツボカビ症や、ワニに起きるアスペルギルス症のような例があります。ところが、免疫が正常な哺乳類が全身性の真菌症(菌が体の奥まで入り込む感染症)にかかることは、めったにありません。
理由は二つあると考えられています。一つは免疫の作りで、好中球が菌の細胞壁を認識して胞子を飲み込み、伸びてきた菌糸を攻撃する。さらに獲得免疫が、その菌に合わせた抗体を作り、次に会ったときに覚えている。もう一つが体温です。環境中の菌の多くは30℃より低い温度でよく育ちますが、哺乳類の体は36〜40℃前後で一定に保たれています。菌にとっては、そもそも住みにくい。
この見方をとると、熱を出すことの意味も見え方が変わります。発熱は、もともと高い壁を一時的にもう少し高くして、病原体を得意な温度域からさらに引き離す行為だということになります。
ちなみにこの仮説には、現在に向けた予測もついています。温暖化が進んで環境の気温が哺乳類の体温に近づいていくと、高い温度に耐えられる菌が増え、体温という壁が効きにくくなるかもしれない、というものです。近年になって世界各地で見つかったカンジダ・アウリスという真菌が、その最初の例ではないかと議論されています。ただしこれは仮説から導かれた予測であって、確かめられた因果ではありません。
こうして組み上がったのが、fungal infection-mammalian selection、頭文字をとってFIMS仮説です。日本語にすれば「菌類の感染による哺乳類の選択」。衝突後に菌類が爆発的に増えた世界で、菌に強い哺乳類が残り、そうでない側が押されて、哺乳類の時代につながった——という筋書きです。
衝突の前から増えていた胞子
この仮説には、長らく足りないものがありました。「衝突後に菌類が増えた」という肝心の部分が、ニュージーランドの1か所でしか確かめられていなかったのです。2004年に Science 誌で報告されたその1件が、20年間ずっと唯一の直接証拠でした。
今年5月12日に PNAS に載った論文は、そこを埋めにいったものです。筆頭著者はカサデヴァル研究室のロザンナ・ベイカー氏。調べたのは北米の3か所で、コロラド州デンバー盆地のボウリング・ピット、そしてノースダコタ州ウィリストン盆地のマッド・ビュートとジョンズ・ノーズ。岩石試料は、デンバー自然科学博物館の古生物学者タイラー・ライソン氏が提供しました。衝突地点のユカタン半島からは、コロラドで約2500km、ノースダコタで約5500km離れています。
コロラドの結果は、はっきりしていました。衝突の痕跡である境界粘土の層で、微化石全体に占める菌類の割合が50%を超えていたのです。同じ断面のほかの層では、たいてい30%未満。菌類が一気に増えた瞬間が、地層に刻まれていました。
予想外だったのは、もう一つのピークです。境界よりも下、つまり衝突より前の白亜紀末の地層に、より長く続く菌類の優勢期がありました。火山灰層の年代から計算すると、衝突のおよそ3万〜1万年前。同じ場所で年平均気温が一時的に5℃ほど下がっていた時期と重なり、さらにインドのデカン・トラップで大量の溶岩が噴き出したポラドプル期とも一致します。
ベイカー氏は、この時期にはすでに一部の生き物が姿を消し始めていた形跡があり、火山活動が世界中の生態系を痛めつけて、小惑星が最後の一撃を加える下地を作っていた可能性がある、と述べています。カサデヴァル氏の言い方はもっと直截で、恐竜を殺したのは小惑星だと多くの人は答えるが、菌類の微化石が示すのは、小惑星が来た時点で世界はすでに大変なことになっていた、というものでした。
さらに、衝突の約1万年後の暁新世の地層にも、2000年ほど続く菌類の増加が見つかっています。こちらは原因が分かっていません。
では、なぜ20年も見つからなかったのか。答えは、試料の作り方にありました。花粉や胞子を取り出す標準的な手順では、塩酸やフッ化水素酸で鉱物を溶かし、酸化処理やアルカリ処理をかけ、最後に10マイクロメートルのふるいを通します。花粉はこれに耐えますが、菌類の胞子は小さくて繊細なものが多く、途中で流れていってしまう。今回は酸を使わず、ヘキサメタリン酸ナトリウムという薬剤で粘土をほぐし、最後のふるいも省きました。
効き目は、自分たちで検証しています。同じ試料に標準どおりのふるいをかけ直すと、見つけた6つのピークのうち5つが、判定の基準を下回るところまで薄まってしまいました。証拠は最初からそこにあって、手順のほうが取りこぼしていたわけです。ちなみに、この研究で見つかった最大級の胞子でも、500個ほど端から端まで並べて、ようやく1円玉の直径に届く程度の大きさです。
体温説が抱えた矛盾
ここからが、この話のいちばん面白いところです。
カサデヴァル氏が2005年にこの仮説を出したとき、恐竜は「冷たい生き物」だというのが一般的な理解でした。温かい哺乳類と、冷たい恐竜。その対比の上に、菌類に対する強さの差が乗っていたわけです。
ところが、この20年で恐竜像は大きく書き換わりました。骨に残った分子の分析、酸素同位体から推定した体温、飛ぶよりずっと前から生えていた羽毛、極地に住んでいた種の存在、直立した姿勢、そして骨の成長の速さ。どれもが同じ方向を指していて、白亜紀末にいた恐竜の多くは自分で体温を作っていた、というのが現在の見方です。種によっては、鳥並みか、現代の哺乳類より高かった可能性さえあります。トリケラトプスやステゴサウルスのような大型の植物食恐竜、それにワニの仲間は例外で、変温に戻ったと考えられています。
つまり、体温という壁は、哺乳類と恐竜を分ける線にならない。仮説の土台が抜けてしまったのです。
そして、もっと決定的な問題があります。鳥です。
鳥は恐竜の一系統で、いまも生きている恐竜そのものです。しかも多くの鳥は、哺乳類より高い体温を持っています。「体温が高いと菌に強い」という理屈で恐竜の弱さを説明するなら、いちばん体温の高い恐竜が生き残った事実と正面からぶつかります。シカゴのフィールド博物館の古生物学者ジンマイ・オコナー(Jingmai O’Connor)氏は、恐竜が菌類に弱かったという根拠が現生の恐竜、つまり鳥から引き出されているのに、その鳥が生き延びているのなら、それは仮説を掘り崩しているのではないか、と Live Science への回答で指摘しています。
この矛盾は、仮説を推す側も認めています。ジョンズ・ホプキンス大学のイサベル・ヒメネス氏は、FIMS仮説が今後も成り立つには、体温以外の仕組みで恐竜のほうが菌に弱かった理由を考えるしかない、と述べています。今年6月に出た更新版は、まさにそれをやろうとしたものです。
気嚢という新しい着眼点
ヒメネス氏とカサデヴァル氏が6月18日に mBio に発表した論考は、体温ではなく呼吸器の構造に目を向けました。ただし、これは新しいデータを出した研究論文ではなく、「意見・仮説」の枠で書かれた考察です。そこは押さえておく必要があります。
哺乳類と鳥では、息の仕方がまったく違います。哺乳類は横隔膜を下げて肺をふくらませ、肺胞という袋の集まりで酸素を取り込み、吸ったのと同じ道を通って吐き出します。行って戻る、往復の呼吸です。
鳥はそうではありません。肺そのものはほとんど伸び縮みせず、体のあちこちに広がる気嚢(きのう)という薄い袋がふいごの役をして、空気を一方向に押し流します。吸うときも吐くときもガス交換ができるので、酸素を取り出す効率が高い。血液と空気を隔てる膜は同じ体格の哺乳類より50%以上薄く、呼吸に使える面積は15%以上広いとされます。そしてこの構造は、飛ぶために生まれたのではなく、恐竜の祖先である主竜類の段階からあったことが化石で分かっています。多くの恐竜の骨に空洞があり、そこが気嚢とつながっていたのも、同じ仕組みの一部です。
下の図は、その違いを並べたものです。左が哺乳類、右が鳥と多くの恐竜。哺乳類では肺の中で完結している空気の通り道が、鳥では体の広い範囲、さらには骨の内部にまで伸びています。

効率のよさは、そのまま弱点にもなり得る、というのが二人の主張です。気嚢は血管が乏しく、繊毛で異物を押し戻す働きもほとんどありません。つまり、吸い込んだ胞子がそこに入り込むと、免疫の細胞も届きにくく、掃き出す仕組みも働きにくい。しかも気嚢は体中に、骨の中にまで伸びているので、感染が呼吸器の外へ広がりやすい。後ろ側の気嚢は吸ったばかりの外気を受けるため、体の中心より温度が低くなる点も挙げられています。
免疫の側にも違いがあります。鳥の肺と気嚢には、組織に住み着く貪食細胞(マクロファージ)が比較的少ない。最初に駆けつけるのはヘテロフィルという細胞で、哺乳類の好中球に相当しますが、ミエロペルオキシダーゼという酵素を持たないため、活性酸素で一気に叩く攻撃ができません。菌糸の侵入に対しては分が悪いのではないか、と指摘されています(ただしこれは確かめられた話ではありません)。
現生の鳥を見ると、この見立てはある程度当たっています。鳥の真菌性呼吸器感染で最も多いのはアスペルギルス症で、下気道の真菌感染は、臨床の現場では哺乳類より鳥のほうが目立ちます。野生の猛禽類やシギ・チドリ類で肺や気嚢のアスペルギルス症が見つかった例では、およそ半数がほかの病気を併発していました。つまり、体が弱っているときに入り込むタイプの感染です。衝突後の世界は、煤(すす)と硫黄で空気が汚れ、食べ物がなく、寒い。呼吸器の粘膜が傷つき、栄養も足りない状態は、まさにその条件にあたります。
では、化石の側に証拠はあるのか。恐竜が生前に真菌感染を起こしていたとされる報告は、いまのところ1件しかありません。2022年に、マイアミのフロスト科学博物館の古生物学者ケアリー・ウッドラフ氏らが報告した、モンタナ州産のディプロドクス類の若い個体(標本番号MOR 7029)です。首の骨の、気嚢の組織が接していた面が、健康な個体ならつるりとしているはずのところで、でこぼこに荒れていました。現代の鳥の呼吸器の病気と見比べて、気嚢の炎症が近くの骨にまで及んだ状態と判断されています。
ただし、原因の菌までは特定できていません。現代の鳥では、同じ症状はアスペルギルスのような真菌でも、細菌でも起こります。軟らかい組織が残っていない以上、そこから先は分からない。しかもこの個体が生きていたのは約1億5000万年前のジュラ紀後期で、小惑星の衝突より8000万年以上も昔です。
そして、鳥の問題は更新版でも解決していません。生き残った系統も同じ呼吸器を持っていたはずだ、という食い違いを、著者たち自身が本文で認めています。用意した答えは、体が小さかったこと、羽毛で保温できたこと、何でも食べる雑食だったこと、そして体温がほかの恐竜よりわずかに高かったかもしれないこと。傍証として、ほかの鳥より体温が低いキーウィがクリプトコッカス症にかかりやすい例が挙げられています。ただし著者たちは、なぜその系統だけが残ったのかを化石から決めることはできない、とも書いています。
専門家からの強い異論
この仮説に対する古生物学側の反応は、おおむね冷ややかです。
英マンチェスター大学の動物学教授メアリー・オコネル(Mary O’Connell)氏は、FIMS仮説がもっともらしい話をつないだ鎖であって直接の証拠ではなく、鎖の一つひとつの環は、話の見た目ほど強くない、と Live Science への回答で述べています。菌類が恐竜の死を悪化させたと言うためには、衝突直後の恐竜の化石で真菌の病気が増えていることを示す必要があり、さらに地層の記録でも、胞子が単に増えたことではなく、病気を起こす種類の胞子が増えたことを示す必要がある、というのが同氏の指摘です。実際、動物に病気を起こす菌類は、菌類全体のごく一部にすぎません。今回の論文でも、見つかった胞子の形を現生の種と結びつけることはできておらず、それが病原性を持つものだったかどうかは分かっていません。
ニューメキシコ州立大学で古植物学を教えるアンドリュー・フリン氏は、別の角度から疑問を出しています。K-Pg境界の前後で、水辺に住むカメやワニの仲間——つまり典型的な変温動物——は、哺乳類を含むほかのグループほどひどい打撃を受けていません。菌類が恒温か変温かで生死を分けたのなら、この結果は説明しにくい。だから菌類が哺乳類の台頭を引き起こしたとは考えにくい、というのが同氏の見方です。
そもそも、小惑星の衝突だけでかなりの部分が説明できてしまう、という前提もあります。津波、地震、地球規模の食物網の崩壊。食物連鎖の上のほうにいた大型の恐竜が消えるには、これだけで足ります。オコネル氏は、呼吸器の構造に注目した更新版のほうが検証しやすい主張である一方、ほかの環境要因と比べたときの効き目は限定的なはずだ、とも述べています。
古生物学者でサイエンスライターのライリー・ブラック氏の評価は、さらに手厳しいものでした。FIMS仮説は、裏づけとなる証拠を探し求めている推測のように見える、というのが同氏のコメントです。
解釈上の留意点
この話を読むときに、区別しておきたいことがいくつかあります。
まず、今回の PNAS の論文が確かめたのは「菌類が増えた」ことであって、「菌類が何かを殺した」ことではありません。地層に胞子が多いのは、死骸や倒木という餌が大量にあった証拠であり、それ以上のことは直接には言えません。
調べた場所についても、単純化しないほうがよさそうです。境界層での胞子の急増が出たのはコロラドの1か所で、ノースダコタの2か所では境界層に増加が見られていません。著者たちはこれを岩石の種類の違いによるものと考えていますが、いずれにせよ「北米全体で確認された」とまとめるのは行きすぎです。衝突前のピークについても、年代をきちんと当てられているのはコロラドだけで、ノースダコタの白亜紀のピークには確かな年代が付いていません。
試料の作り方に結果が左右される点も、両刃です。6つのピークのうち5つが標準的な手順では消えてしまうという事実は、過去に見落とされていた理由をよく説明する一方で、この分野の結果が前処理の方法にかなり依存することも意味します。ほかの研究室が同じ手順で追試して、同じものが出てくるかどうかが次の関門になります。
更新版の位置づけも、はっきりさせておく必要があります。6月の mBio の論考は、現生の鳥の解剖学と獣医学の知見から「恐竜もこうだったかもしれない」と組み立てたもので、新しい化石や実験のデータが加わったわけではありません。著者たち自身が、この仮説は新しい情報を取り込みながら今後も書き直されていくだろう、と結んでいます。
そして、いちばん大事なところ。カサデヴァル氏は Live Science に対して、FIMS仮説が焦点を当てているのは哺乳類がどうやって陸の主役になったかであって、恐竜の絶滅ではない、と明言しています。「カビが恐竜を滅ぼした」と要約してしまうと、提唱者の主張そのものから外れます。
衝突の前から菌類が増えていたこと、そして衝突の直後にもう一度増えたこと。ここまでは地層に残ったデータの話です。その菌類が哺乳類と恐竜のあいだに差をつけたのかどうかは、まだ誰も示せていません。恐竜が消えた理由の候補は、寒冷化、衝突直後の熱、火山活動と並んで、これでもう一つ増えたことになりますが、増えたのはあくまで候補です。
出典
Rosanna P. Baker, Arturo Casadevall, “Fungal proliferation before and after the Cretaceous–Paleogene mass extinction event in North America,” PNAS 123(20): e2536899123, 2026年5月12日公開(査読済み)
同論文のプレプリント版(bioRxiv・全文無料。査読前の版なので、掲載版と細部が異なる場合があります)
Isabel A. Jimenez, Arturo Casadevall, “Did avian-like pulmonary anatomy increase the susceptibility of dinosaurs to fungal diseases? Extending the ‘fungal infection mammalian selection’ hypothesis,” mBio 17(7): e00521-26, 2026年6月18日オンライン公開(意見・仮説論考/オープンアクセス)


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