モロッコの山中で見つかった「ゾウの皮膚」の岩 深海に生きた微生物たちの置き手紙

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モロッコの山の中で、地質学者が「ここにあるはずのない」模様の刻まれた岩を見つけました。かつて深い海の底だった約1億8000万年前の岩の表面に、細かいしわが一面に走っていたのです。このしわ、じつは浅い海にすむ微生物たちが残す”生きた痕跡”としてよく知られたものでした。ところが今回の岩ができたのは、太陽の光がまったく届かない深さの海底。「そこにいられないはずの生き物の痕」がなぜあるのか——研究チームがたどり着いた答えは、深海の化石の読み方を見直させるものでした。

山の中で見つかった「ゾウの皮膚」

発見のきっかけは2016年。米テキサス大学オースティン校の地質学者ローワン・マーティンデール准教授が、モロッコのハイアトラス山脈にあるダデス渓谷を歩いていたときのことです。足元の岩の表面が、ゾウの皮膚のようなしわしわの質感で覆われているのに気づき、思わず足を止めました。本人いわく「こんな岩にあるはずがない。いったい何が起きているんだ」という第一印象だったそうです。

この一帯の岩は、かつての海底に積もった砂や泥が固まったもの。山脈が隆起したおかげで、昔の海の底をいま地上で歩けるわけです。マーティンデールさんの本来の専門は古代のサンゴ礁と大量絶滅で、この日も別の調査に向かう途中でした。ところが偶然目に入ったこのしわが、約10年におよぶ研究の始まりになります。

しわ状構造という生き物のサイン

岩の表面に残るこの手のしわは「しわ状構造(リンクル構造)」と呼ばれ、地質学ではおなじみの模様です。正体は、微生物マットの痕。微生物マットとは、細菌などの微生物がびっしり集まって海底の砂の上に作る、ぬるぬるした薄い層のことです。マットが砂粒を絡めて表面を固めると、数ミリ〜数センチほどの細かいしわや盛り上がりができ、それが埋もれて岩になると模様として残ります。

ただし、このしわが残るには条件があります。まず、マットを作る微生物の多くは光合成でエネルギーを得るため、太陽光の届く浅い海にすんでいること。そして、海底を動き回る動物が少ないこと。マットは動物にとってごちそうで、ほうっておくと食べられたり、掘り返されてしわごと消えたりしてしまいます。実際、しわ状構造がよく見つかるのは約5億4000万年前——動物が爆発的に増える前——より古い岩や、大量絶滅の直後のように動物が少なかった時代の岩に偏っています。

では、深い海の岩に似たようなしわがあった場合はどう解釈されてきたかというと、「海底地滑りが砂を押し流したときにできた、ただの物理的な模様」というのが定番の説明でした。深海底では、斜面に積もった土砂がなだれのように流れ下ることがあり(この流れが残した地層をタービダイトと呼びます)、その際に表面が波打つことがあるからです。過去に「深海のしわは微生物の痕では」と唱えた研究もありましたが、異論が出て決着していませんでした。

光の届かない水深180メートルの謎

今回のモロッコの岩は、まさにそのタービダイト、つまり海底地滑りが残した地層でした。研究チームの分析によると、堆積した当時の水深は約180メートル。太陽光はほぼ届かない暗さで、光合成に頼る微生物マットは育ちようがありません。しかも時代は約1億8000万年前の前期ジュラ紀。海底は動物だらけで、か弱いマットが食べ尽くされずに残るには分の悪い環境です。定番の解釈に従うなら、「地滑りの物理的な模様」で片づけるところでした。

しかしマーティンデールさんは、大学院時代に微生物化石の標本や写真を数多く見てきた経験から、このしわの見た目はマットの痕そのものだと感じていました。そこでチームは「本当に微生物由来と言えるのか、集められる証拠をすべて検討しよう」と、逆に徹底的に疑うところから調べ直しました。

すると、証拠が積み上がっていきます。しわのすぐ下の層からは、炭素が周囲より濃く検出されました。生き物の体はもとになる炭素を多く含むため、これは生物がそこにいたことを示すサインです。また、無人潜水機が撮影した現代の海底映像を調べると、光の届かない深さでも微生物マットが実際に広がっている場所が確認できました。地層の重なり方や波形の特徴からタービダイトであること自体も裏づけたうえで、チームは論文でこう提案します。しわを作ったのは、光ではなく化学反応からエネルギーを得る「化学合成」の微生物マットだった、と。

鍵になるのが、皮肉なことに海底地滑りそのものです。従来の説では地滑りがしわを直接作ったとされていましたが、新しい解釈では、地滑りは微生物の”食料配達”の役を担います。斜面の上から流れ落ちてきた土砂には栄養分や化学エネルギーのもとになる物質が含まれていて、それが暗い海底盆地に届く。流れが収まった静かな期間に、化学合成の微生物がそれを糧にマットを広げ、しわを刻んだ——という筋書きです。さらにチームは、この微生物たちが代謝の過程で毒性のある硫黄化合物を出し、マットを食べに来る動物を遠ざけていた可能性も挙げています。動物だらけの時代の深海でしわが残った理由も、これなら説明がつきます。

似た暮らしをする微生物は、現代の深海にも実在します。たとえばクジラの遺骸が海底に沈むと、その骨を化学合成の微生物マットがびっしり覆い、「鯨骨(げいこつ)生物群集」と呼ばれる生態系の土台になります。今回のしわは、そうした深海の微生物コミュニティの、はるか昔の親戚の痕かもしれないわけです。

深海の化石記録を読み直す意味

この提案が正しければ、影響はモロッコの一枚岩にとどまりません。世界中のタービダイトの中に「地滑りの模様」として片づけられてきたしわが眠っているとすれば、その一部は化学合成微生物のコロニーの化石だった可能性が出てきます。深海の微生物生態系が、これまで考えられていたよりずっと広く、長く海底に根づいていた——化石記録の空白が埋まるかもしれません。研究に関わっていない米ミネソタ大学のジェイク・ベイリー教授も、現代の地球でも最大級の微生物生態系は暗い深海にあると指摘し、古い堆積構造がそうした「光のいらない微生物」の記録になりうることを示した点を評価しています。

地球最初期の生命を探すヒントにもなります。ごく初期の生命の痕跡を探す研究では、浅い海のしわ状構造が手がかりのひとつとされてきましたが、深く不安定な海底も探索の対象に加えるべきだ、という視点が加わるからです。

ただし、書いておきたい留意点もあります。この研究はあくまで「化学合成マットで説明できる」という提案であって、しわを作った微生物そのものが見つかったわけではありません。深海のしわ状構造をめぐっては過去にも解釈の論争があり、今回の説がそのまま定説になるかはこれからの検証しだいです。マーティンデールさん自身、タービダイトの環境でしわ状構造がどう育つのかを実験室で再現する研究を次の課題に挙げています。また、そもそも岩の「しわ」を言い表す専門用語が整理されておらず、物理的なしわと生物由来のしわを見分ける診断基準づくりも課題として残っています。

山歩きの途中でふと目に留まった違和感が、10年ごしで深海の歴史の読み方を揺さぶる提案になりました。次に決着をつけるのは、実験と、世界のどこかでまた誰かが足を止める瞬間かもしれません。

出典

テキサス大学オースティン校ジャクソン地球科学スクールのプレスリリース

学術誌『Geology』掲載の論文(Martindale et al., “Chemosynthetic microbial communities formed wrinkle structures in ancient turbidites”)

ScienceDailyの紹介記事

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