【オルドビス紀の生物】サカバンバスピス – 「ひどい復元」の模型は、化石に忠実だった

スポンサーリンク
名前サカバンバスピス(Sacabambaspis)。ボリビアの村サカバンバと、ギリシャ語で「盾」を意味するアスピスを合わせた名
分類無顎類 翼甲類(プテラスピス形類) アランダスピス目
時代オルドビス紀中期〜後期(約4億7000万〜4億5800万年前)
発見地ボリビア コチャバンバ県(アンサルド層)。ほかにアルゼンチン、オーストラリア、オマーン
全長約35cm(頭部の甲羅は長さ約10cm、幅約8cm)
体重公表された推定値はなく、体格から見て数百グラム程度(概算)

サカバンバスピスは、顎を持たない最初期の魚のなかまです。頭から胴の前半までを大きな骨の板で覆い、胸びれも腹びれもなく、体の後ろに細い尾だけを付けた姿をしていました。全身がつながった状態の化石が30体以上見つかっていて、オルドビス紀の魚としてはもっとも研究の進んだ生物です。2023年には、フィンランドの博物館に置かれた復元模型の写真が日本で大きく広まり、この魚の名前が古生物学の外でも知られるようになりました。

姿と暮らし

体は上から押しつぶしたように平たく、頭が大きくて尾が細い。全体の輪郭はオタマジャクシに近い形です。頭の甲羅は背側と腹側の2枚の大きな板でできていて、背側はほぼ平ら、腹側は前が深くふくらんでいます。2枚の板の境目、頭の側面には菱形の小さな板が弧を描いて並び、その下にえらの穴が並んでいたと考えられています。板の表面は、カシワの葉のような形の小さな突起でびっしり覆われていました。

目は頭のいちばん前に、2つ並んで付いています。目の位置は化石ではっきり分かり、目の周りには強膜輪と呼ばれる骨の輪が残っています。この配置は自動車のヘッドライトにたとえられることが多く、脳が頭の前ではなく後ろ寄りにあったことを示しています。口は目のすぐ下にある横長の細い切れ込みで、下側の縁には細い骨の帯が60列近く並んでいました。顎はありませんが、この帯を動かして口の中を広げたり縮めたりし、海底の泥や水中の小さな有機物を吸い込んで食べていたとする解釈が有力です。背中の板の前のほうには小さな窪みが一対あり、光を感じる松果体にあたる器官が2つ並んでいた可能性があります。頭の板には側線の溝も刻まれていて、水の動きを感じ取っていたことが分かります。

甲羅を切って顕微鏡で見ると、3層になっています。いちばん下は板状の骨、真ん中は厚い海綿状の骨、いちばん上はサメの歯やうろこと同じ象牙質とエナメル質に近い組織です。歯のような組織が、口ではなく体の表面を覆っていたことになります。この層構造は、シルル紀・デボン紀に大繁栄する異甲類の甲羅とよく似ていて、両者が近い仲間であることの根拠のひとつになっています。

頭の後ろの胴は、細長いうろこが両脇からV字に集まる形で覆われていて、背と腹の縁にはそれぞれ一列のうろこの畝が走っています。尾はごく細く、うろこに包まれた棒のようになっていて、その先に薄い膜のひれが付いていました。ひれの大部分は尾の上側にあり、尾の芯は下に曲がっています。この尾の形は、長いあいだ解釈が割れていました。

暮らしていたのは、南半球にあった巨大大陸ゴンドワナの縁に広がる浅い海です。化石が出る地層は砂岩と泥岩の互層で、波の影響が届く海岸近くから、少し沖の泥底までの環境にあたります。同じ地層からは三葉虫の這い跡や、シャミセンガイのなかまの殻が一緒に見つかっています。ひれがないため泳ぎは速くなかったと考えられ、海底近くを尾の動きだけで進む、ゆっくりした魚だったと推定されています。同じ時代の海には、体長数メートルの殻を持つ頭足類や、大型のウミサソリの先祖にあたる節足動物がいて、サカバンバスピスの甲羅はこうした捕食者から身を守る役目を果たしていたとみられています。

発見と、化石が語る死に方

最初の化石は1980年代に、ボリビアのコチャバンバから東へ約50km、サカバンバという村の近くで見つかりました。1986年にピエール=イヴ・ガニエらが、数個の甲羅の破片をもとに新属新種として記載しています。種名のヤンビエリは、フランスの古生物学者フィリップ・ジャンヴィエに献名されたものです。その後の調査で全身のつながった標本が次々に見つかり、1989年には「4億7000万年前の最古の脊椎動物」としてナショナルジオグラフィックの研究誌でも紹介されました。現在では中国のカンブリア紀の地層からさらに古い魚の化石が報告されているため、「最古」の座には置かれていません。それでも、全身の骨格がそろったオルドビス紀の脊椎動物としては、いまも最良の資料です。

ボリビアの標本は、狭い範囲にぎっしりと重なった状態で出てきました。30体以上の魚が同じ面に折り重なり、周りには同じ時に死んだシャミセンガイのなかまが大量に散らばっていました。嵐で川から大量の真水と泥が一度に流れ込み、塩分の急変で群れごと死んだ、という解釈が出されています。ひとつの岩の板に何体もの魚が並んだ「サカバンバスピスの板」は、この魚の代表的な標本になっています。

尾の形は、20年近く決着がつきませんでした。ガニエは1989年に、いちばん保存のよい標本をもとに、細いうろこの筒が長く伸びる尾を復元しました。無顎類ではほかに例のない形だったため、多くの研究者はこれを疑い、長い尾は隣の個体の甲羅がずれて重なったもので、本当の尾は短い葉の形だったと考えました。2006年にこの標本を改めてクリーニングし直した研究で、細く長い尾は確かにこの個体のものだと確認され、ガニエの最初の復元が裏付けられています。尾の芯が下に曲がり、ひれの膜が上側に広がるという構造もこのとき明らかになりました。

博物館の模型が広まった一件

2022年8月、フィンランドのヘルシンキ自然史博物館を訪れた研究者が、展示されていたサカバンバスピスの復元模型の写真をSNSに投稿しました。左右に離れて前を向く丸い目、鼻の穴のように見える2つの窪み、そして口の両端が上がった顔つきを持つその模型は、英語圏で一度話題になったあと、翌2023年の春から日本の掲示板やSNSで見つけ直され、6月に入ると一気に広まりました。6月8日に生き物紹介サイトが記事にすると、その投稿には30万件以上の「いいね」が付き、ゲーム「Among Us」の公式アカウントも6月15日に便乗しています。LINEスタンプ、フィギュア、フェルトのぬいぐるみ、ネイルアートまで作られ、名前を「坂・バン・バス・ピース」で覚える図解が出回りました。ゆるキャラのように扱われたことが、日本で特に広まった理由だと分析されています。

この模型を作ったのは、エストニアの古生物学者エルガ・マルク=クリク(1928〜2016年)です。デボン紀の魚の専門家で、この博物館が1990年代半ばに化石魚の展示を作る際に、模型の制作を依頼されました。造形の専門家ではなく、発泡材で原型を彫り、シリコーンで型取りし、目には近くの手芸店で買った人形用の目玉を付けたと、生前のインタビューで語っています。

模型の表情は笑いを集めましたが、体の作りそのものは化石からずれていません。目が頭のいちばん前に2つ並んでいること、口が目の下の細い切れ込みであること、胸びれも腹びれもないこと、頭が大きく尾が細いこと。どれも上の「姿と暮らし」に書いたとおりの特徴で、ヘッドライトのような目は化石の強膜輪の位置から、切れ込みの口は下唇の骨の帯から、それぞれ読み取れています。「ひどい復元」として広まった模型は、研究者が化石に忠実に作った姿が、たまたま人の顔に見える配置だったというのが実際のところです。話題になったあと、日本では古生物学者の監修を受けたぬいぐるみやフィギュアも作られています。

出典

Gagnier, P.-Y., Blieck, A. & Rodrigo, G. (1986) First Ordovician vertebrate from South America. Geobios 19: 629–634. https://doi.org/10.1016/S0016-6995(86)80058-4

Gagnier, P.-Y. & Blieck, A. (1992) On Sacabambaspis janvieri and the vertebrate diversity in Ordovician seas. In: Mark-Kurik, E. (ed.) Fossil fishes as living animals. https://hal.science/hal-03029368v1

Gagnier, P.-Y. et al. (1996) New paleontological and geological data on the Ordovician and Silurian of Bolivia. Journal of South American Earth Sciences 9: 329–347. https://doi.org/10.1016/S0895-9811(96)00018-1

Sansom, I. J., Donoghue, P. C. J. & Albanesi, G. (2005) Histology and affinity of the earliest armoured vertebrate. Biology Letters 1: 446–449. https://doi.org/10.1098/rsbl.2005.0349

Pradel, A. et al. (2006) The tail of the Ordovician fish Sacabambaspis. Biology Letters 3: 72–75. https://doi.org/10.1098/rsbl.2006.0557

Davies, N. S. et al. (2007) Ichnology, palaeoecology and taphonomy of a Gondwanan early vertebrate habitat: Insights from the Ordovician Anzaldo Formation, Bolivia. Palaeogeography, Palaeoclimatology, Palaeoecology 249: 18–35. https://doi.org/10.1016/j.palaeo.2007.01.003

Sansom, I. J. et al. (2009) Ordovician fish from the Arabian Peninsula. Palaeontology 52: 337–342. https://doi.org/10.1111/j.1475-4983.2009.00846.x

AUTOMATON WEST (2023年6月16日) 470-million-year-old fish Sacabambaspis goes viral in Japan. https://automaton-media.com/en/news/20230616-19550/

Know Your Meme: Sacabambaspis. https://knowyourmeme.com/memes/sacabambaspis

コメント

タイトルとURLをコピーしました