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ヒトのiPS細胞から育てた「脳オルガノイド」を電極の上に並べ、片方に電気刺激を繰り返し与えて、別のかたまりがどう反応するかを2週間追いかけた実験があります。東京大学生産技術研究所の池内与志穂教授らのチームが2026年9月に発表したもので、結果は数で割れました。オルガノイドが1個でも、2個つないでも、刺激がどこから来たかを区別する力はほとんど伸びなかったのに、3個をつないだ網だけは区別できるようになったのです。
「脳のかたまりはいくつあれば学びはじめるのか」という問いに、3という具体的な数字で答えた研究です。順番に見ていきます。
皿の上で育つ小さな脳と、足りなかったもの
脳オルガノイドは、iPS細胞(体の細胞をもとに戻して、いろいろな細胞になれる状態にしたもの)を立体的に培養して作る、直径1ミリほどの神経組織のかたまりです。脳そのものの縮小版ではありませんが、神経細胞がつながって電気的に活動する点は本物と共通していて、生きた人の脳では倫理的にできない実験の代わりに使われています。
ただ、オルガノイドには人の脳にあって皿の上にはないものが二つあります。一つは外から入ってくる情報です。本物の脳は目や耳からの入力を受け続けていますが、オルガノイドは何も入力がないまま育ちます。もう一つは大きな構造です。人の脳はいくつもの領域に分かれていて、領域ごとに局所的な回路を持ち、それらが長い配線で結ばれています。この「部分に分かれていて、部分同士がつながっている」組み立てが、脳が別々の役割を同時にこなせる理由だと考えられています。
池内教授の研究室は以前から、オルガノイド同士を神経細胞の長い突起(軸索)の束でつなぐ手法を開発してきました。2024年には、2個をつないだ組織が単独のものより複雑で強い同期活動を示すことを報告しています。今回はその延長で、つなぐ数を変えたとき、入力に応じて回路を作り変える力がどう変わるかを調べました。
電極チップの上に並べた1個・2個・3個
実験の舞台は、細かい電極がびっしり並んだチップです。電極を通して刺激を与えることも、神経活動を記録することもできます。研究チームはこのチップの上にオルガノイドを1個、2個、3個と置き、2週間以上かけて軸索を伸ばさせました。つないだ組では、オルガノイド同士の活動が同期するようになり、電気的に一つの網として動いていることが確認されています。
そこから本番です。毎日、網の2か所に電気刺激を与え、それぞれ100回ずつ繰り返します。これを2週間続けながら、刺激を与えていない場所の活動を記録しました。1個のときは同じオルガノイドの2か所を刺激します。2個のときは片方の2か所を刺激して、もう片方で記録します。3個のときは2個をそれぞれ1か所ずつ刺激して、残る1個で記録します。つまり3個の組では、記録される側のオルガノイドは、一度も直接刺激を受けていません。
記録した活動パターンは機械学習にかけ、「いまの反応は2か所のうちどちらの刺激によるものか」を当てさせました。これが区別の成績になります。実験の初日には、わざと反応の見分けがつきにくい2か所を選んでいたので、正答率はおよそ50パーセント、つまり当て推量と変わらないところから始まっています。

刺激を受けていない3個目で起きた変化
2週間後、1個の組と2個の組では、正答率はほとんど動きませんでした。2か所の刺激に対する反応は、最初と同じように見分けがつかないままです。
3個の組は違いました。刺激を受けていない3個目のオルガノイドの活動から、どちらの刺激が来たかが日を追うごとに見分けられるようになっていったのです。反応は速くなり、ばらつきは減り、刺激の出どころによって活動の起きる場所も分かれてきました。論文の表現を借りると、オルガノイドの内側の結合と、オルガノイド同士の結合が別々のかたちで整えられていき、自発的な活動にも決まった向きで伝わる流れが生まれていました。
ここで気になるのは、ただ皿の中で2週間長く育っただけで変わったのではないか、という点です。これを切り分けるために、3個つないだまま刺激を与えない対照の組も用意されています。こちらでは同じ変化は起きていません。繰り返しの入力そのものが、網を作り変えていたことになります。
3個のオルガノイドは、どれも同じ条件で作られた、いわば同じ素材です。それが刺激を受ける係と受け取る係に分かれて置かれ、入力を繰り返されるうちに、役割の異なる部品として働きはじめた。研究チームはこの結果を、同一のオルガノイドが入力によって機能的に分化した、とまとめています。
「3」という数字の読み方
見出しだけ読むと「3個になると脳が賢くなる」と受け取られそうですが、論文が示しているのはもっと限定的です。ここで「学習」と呼んでいるのは、2種類の入力を区別して違う反応を返せるようになる、というごく基本的な変化のことで、人の脳が行う情報処理とは比べものになりません。チーム自身も、より複雑な信号や課題で試すことを今後の課題に挙げています。
それでも、信号の出どころを区別できることは、より複雑な処理の土台になります。そしてこの土台が、オルガノイドが1個あれば自然に育つものではなく、部分に分かれた構造を組んだうえで入力を与えたときに現れた、というのが今回の中身です。脳の「部分に分かれて、つながっている」組み立てが、刺激に応じて回路を作り変える力そのものに関わっていることを、人の細胞で実験的に示したと言えます。
なぜ2個では足りず3個で足りたのか、その仕組みはまだ分かっていません。今後はオルガノイドの内側と間をつなぐ「中継役」の神経細胞を探し、結合の変化を分子レベルで調べることが挙げられています。つなぐ数をさらに増やしたときに性能が伸び続けるのか、どこかで止まるのかも、まだ答えのない問いです。
なおこの研究は、ソフトバンクが2025年1月に公表した、脳オルガノイドを計算素子として使う「Brain Processing Unit」の共同研究から出てきたものです。論文の著者にはソフトバンクの研究者も名を連ね、資金面でも同社の先端技術研究所が主な支援元になっています。ソフトバンク側は当時、事業化の予定はなく、実用化は30〜50年先という見通しを示していました。生き物の細胞に計算をさせる話はSFめいて聞こえますが、今回の論文がやっているのは、そのずっと手前にある「いくつつなげば、入力の違いを覚えられるのか」という地味な測定です。その答えが1でも2でもなく3だった、というところに、この研究の面白さがあります。
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出典
Chow, S. Y. A., Hu, H., Duenki, T., Asakura, T., Sugimura, S. & Ikeuchi, Y., “Modular organoid networks acquire source-signal discrimination through input-driven network refinement,” Communications Biology, 2026. DOI: 10.1038/s42003-026-11036-8(査読済み・オープンアクセス。2026年9月28日に受理版が先行公開されたもので、最終版に差し替わる予定)
ニュース記事(ScienceAlert):Scientists Connected 3 Human Mini-Brains in a Dish. They Learned Something The Others Couldn’t.
関連する以前の研究(東京大学生産技術研究所プレスリリース・2024年4月):軸索で結合させた大脳オルガノイドは複雑な神経活動を示す
ソフトバンクとの共同研究について(ケータイ Watch・2025年1月):iPS細胞から作った「脳オルガノイド」をコンピューターにできるのか


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