南極の冬は、大陸が氷で「太る」季節です。海の表面が凍って広がり、海氷まで含めた白い面積は、夏のおよそ2倍にふくらみます。東南極のブライド湾(Breid Bay)沖も、例年なら7月から8月にかけてすっかり凍りつく海域でした。
ところが2024年8月、衛星画像にはその場所にぽっかりと黒い穴が写っていました。最大で8万9,121平方キロメートル。ポルトガル(約9万2,000平方キロメートル)よりわずかに小さい程度の広さで、海氷の真ん中に海面がむき出しになっていたのです。
この穴がなぜ開いたのか。インドの国立極地海洋研究所(NCPOR、ゴア)のジーバンジョティ・スワイン氏らの研究チームが解析し、2026年に『Geophysical Research Letters』誌に発表しました。結論を先に言うと、犯人は「大気の川」でした。それも6本。ただし、空から来た熱だけでは話が終わらないところが、この研究のいちばん面白い点です。
冬の海氷に開いた、ポルトガル大の穴
海氷に囲まれた開水面のことを、専門用語で「ポリニヤ」と呼びます。ロシア語で「氷の中の穴」を意味する言葉がそのまま使われています。
ポリニヤ自体は珍しいものではありません。南極の沿岸では、大陸から吹き下ろす強風が氷を沖へ押し流して、岸ぎわに毎年のように開水面ができます。氷が流された先からまた新しい氷ができるので、こうした沿岸ポリニヤは「海氷の工場」とも呼ばれ、南極の海の循環を動かす重要な役目を果たしています。
ずっと珍しいのが、岸から離れた外洋の海氷の真ん中に開くタイプです。ウェッデル海のモード海膨(かいほう)の上に1970年代や2016〜2017年に現れたものが有名で、海の下から暖かい水が上がってくることで氷が溶け、数週間から数か月にわたって穴が維持されます。
今回のブライド湾沖のポリニヤも、この外洋型でした。しかもこの海域で真冬にこれほどの開水面が観測されたのは初めてで、研究チームは論文タイトルに「前例のない(Unprecedented)」という言葉を使っています。

上の画像は想像図です。実際の衛星画像(NASA Worldview)と海氷密接度の推移は、記事末尾の出典ページで見られます。
空から流れ込んだ6本の川
研究チームが気象データを調べると、2024年7月から8月にかけて、ブライド湾周辺に「大気の川」が6本続けて到達していたことが分かりました。
大気の川というのは、低緯度の暖かい海から大量の水蒸気を運ぶ、細長い帯状の空気の流れです。幅は数百キロ、長さは数千キロに及び、運ぶ水の量は地上の大河に匹敵します。上空を流れる川なので「空の川」と呼ばれることもあります。
この水蒸気の帯が南極にぶつかると、何が起きるか。研究チームの説明によると、効き方は一つではありませんでした。
まず、湿った空気は雲をつくり、雲は地表から逃げる熱をふたのように閉じ込めます。これが「下向きの長波放射」で、真冬の南極の海面が冷えにくくなります。次に、暖かい空気そのものが気温を押し上げます。さらに降ってくるのが冷たい乾いた雪ではなく、暖かく湿った雪で、これも海氷の表面を保温します。そして海への熱の出入りが「海が熱を受け取る側」に傾きました。
この4つが重なると、本来なら氷が厚く成長するはずの季節に、氷の成長が止まります。加えて、6本の川は南向きの流れを伴っていて、海氷を極側へ押しやる働きもしていました。チームは、この時期の水蒸気輸送は真冬のものとしては記録的に強かったとしています。
熱は海の下からも来ていた
ここまでなら、「暖かい空気が南極に流れ込んで氷が凍らなかった」という話で済みます。しかし研究チームは、空の側だけでは説明がつかないと考えました。穴を開けるだけでなく、それを冬の間ずっと開いたままにしておく仕組みが必要だったからです。
鍵になったのは風でした。大気の川に伴う強風が海面を吹きわたると、海の表層水は風の向きそのままには動かず、地球の自転の影響で横にずれていきます。南半球では風の左側へ、です。これを「エクマン輸送」と言います。
風の吹き方によっては、表層の水が周囲へ押し出されて、その穴を埋めるように深いところの水が上がってきます。これが「エクマン吸い上げ(Ekman suction)」です。ブライド湾沖の海では、表面のすぐ下に「周極深層水」と呼ばれる、南極の海としては相対的に暖かい水の層があります。強風がこの暖かい層を表面まで引き上げてしまったのです。
結果として、海の上層が温まり、その状態が長引きました。研究チームはこの海域で「海洋熱波」が持続していたことも指摘しています。海洋熱波は、海面付近の水温が平年を大きく上回る状態が何日も続く現象で、空から熱が入り、海の下からも熱が上がってくる。この二重の供給で、海面は冬のあいだ凍れなくなりました。

上の図は、空から水蒸気と熱が流れ込み、風で海面の水が横に押し出されて下から暖かい水が上がってくる、という二つの流れを一枚にまとめたものです。
穴は、季節全体の異変の一部だった
視野を少し広げると、この穴は単独の事件ではなかったことが見えてきます。
ブライド湾はドロンニング・モード・ランドの沿岸にあります。この地域では2024年7月24日から8月9日にかけて、衛星観測が始まった1979年以降で最強の冬の熱波が起きていました。英国シェフィールド大学などの別の研究チームが2026年4月に『npj Climate and Atmospheric Science』誌に報告した研究によると、地域平均の気温は17日間にわたって平年より9度以上高く、内陸のドームふじ基地では平年差が30度を超えた日もありました。
この熱波の引き金は、成層圏の極渦(きょくうず)が7月上旬に異例の早さで弱まったことでした。極渦は南極上空を取り巻く強い西風の輪で、これが崩れると、低緯度からの暖かい空気が入り込みやすくなります。沿岸には大気の川が次々と到達し、記録的な降水をもたらしました。つまり、ブライド湾の穴を開けた6本の川は、この大規模な熱波の中で起きていた出来事だったわけです。
熱波の研究チームは、この規模の冬の熱波は現在の気候でも135年に一度程度のまれな現象だと見積もる一方で、人間活動による温暖化が熱波の強さをおよそ0.7度押し上げ、起こりやすさを2倍以上にしていたと分析しています。穴そのものの研究とは別のチームによる別の論文ですが、同じ季節の同じ地域を、空の側と海の側から見ていたことになります。
安定していた海でも起こりうる
スワイン氏らは、この種のポリニヤが今後増える可能性があると見ています。理由は三つで、温暖化で大気の川が強まること、大気と海の両方で熱波が頻繁かつ長く続くようになること、そして南大洋の上層が温まっていくことです。これまで海氷が安定して張っていた海域でも、氷の少ない状態やポリニヤの形成が珍しくなくなるかもしれない、というのがチームの見立てです。
実際、南極の冬の海氷は近年ずっと少ない状態が続いています。2023年は観測史上最小の冬の最大面積を記録し、この穴が開いた2024年は2番目でした。そして2026年も、米国立雪氷データセンター(NSIDC)の暫定値では9月14日に1,759万平方キロメートルで冬のピークを迎え、3番目に少ない年になっています。
海氷は海に浮いているので、溶けても海面は直接上がりません。それでも、冬の間に大陸を取り巻く海氷は、棚氷や氷河を波や暖かい海水から守る緩衝材になっています。この白い帯が薄くなれば、海面上昇に直結する陸の氷が、暖かくなった海にさらされやすくなります。海氷の下で育つ藻類やオキアミを土台にした南極の食物網も、氷が毎年きちんと戻ってくることを前提に成り立っています。
ポルトガル大の穴は、衛星画像の上では一つの黒いしみにすぎません。けれどもその穴の開き方を細かく調べると、空の川と海の下の暖水、そして季節を覆った熱波が、同じ場所で重なっていたことが見えてきました。
出典
・Jess Cockerill, “A Vast Hole Almost The Size of Portugal Opened Up in Antarctica’s Winter Sea Ice. Now We Know Why.” ScienceAlert(2026年10月1日)
https://www.sciencealert.com/a-vast-hole-almost-the-size-of-portugal-opened-up-in-antarcticas-winter-sea-ice-now-we-know-why
・Swain, J. et al., “Unprecedented Open-Ocean Polynya in Breid Bay, East Antarctica in Winter 2024”, Geophysical Research Letters(2026)
https://doi.org/10.1029/2026GL122580
・Tang, H. et al., “Unprecedented 2024 East Antarctic winter heatwave driven by polar vortex weakening and amplified by anthropogenic warming”, npj Climate and Atmospheric Science(2026年4月1日)
https://www.nature.com/articles/s41612-026-01392-x
・”‘Concerning’ low sea ice persists as Antarctic hits third-lowest winter peak”, Carbon Brief(2026年9月)
https://www.carbonbrief.org/concerning-low-sea-ice-persists-as-antarctic-hits-third-lowest-winter-peak
・University of Southampton, “Mystery behind huge opening in Antarctic sea ice solved”(2024年5月1日、モード海膨のポリニヤについて)
https://www.southampton.ac.uk/news/2024/05/mystery-behind-huge-opening-in-antarctic-sea-ice-solved.page


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