37億年前の火星では、生命の材料ホルムアルデヒドが海の上と火山のふもとに雨で降っていた

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ホルムアルデヒドと聞いて思い浮かぶのは、シックハウスの原因物質や、標本を保存する液体でしょう。人には毒です。ところがこの小さな分子は、生命の材料の入り口でもあります。ホルムアルデヒドが水の中で連なると糖ができ(ホルモース反応)、糖の一種リボースは RNA の骨格になります。地球の生命の始まりを考えるとき、ホルムアルデヒドは欠かせない登場人物です。

では、昔の火星にはどれだけあったのか。そして、火星のどこに降ったのか。東北大学と東京科学大学を中心とするチームが、約37億〜38億年前の温暖だった火星について、ホルムアルデヒドが大気から地表へ降り積もる量の全球地図を初めて計算しました。筆頭著者は小山俊吾(東京科学大学/東北大学)。論文は2026年9月1日の The Planetary Science Journal に掲載されました。

温かく湿った火星で、ホルムアルデヒドはできる

いまの火星は寒く乾いていますが、ノアキス紀の終わりからヘスペリア紀の初めにかけて、一時的に温暖で湿った時期が何度かあったと考えられています。きっかけは、火山活動などで大気に供給された水素のような「還元的な」温室効果ガスだったというのが有力な説です。

水素を含む弱く還元的な大気では、二酸化炭素と水蒸気が太陽の紫外線で分解され、その破片からホルムアルデヒドが効率よく作られます。同じチームは2024年の論文で、1次元の大気光化学モデルを使い、温暖な時期の火星大気でホルムアルデヒドが継続的に生成されていたことを示していました。火星の有機物の起源の候補のひとつです。

ただ、1次元モデルは「大気全体で平均していくら作られるか」は答えられても、「火星のどこに多く降ったか」は答えられません。生命の材料がどこにたまったかを知り、探査機をどこに降ろすかを考えるには、場所の情報が要ります。

光化学の計算表を、気候モデルにつなぐ

チームはまず、大気の光化学モデル PROTEUS を使って、気温・水蒸気量・紫外線といった主要な条件のもとでホルムアルデヒドがどれだけ生成されるかを、あらかじめ参照表の形にまとめました。次にこの表を、火星の古い気候を再現する全球気候モデル PMGCM に組み込み、地表の各地点に降り積もる量を計算しました。

想定した大気は、二酸化炭素2気圧に水素を6%含むもので、自転軸の傾きは40度。北半球の低地には海があり、南半球のヘラス盆地には湖があるという、温暖期の火星の地形と水の分布を前提にしています。

結果、ホルムアルデヒドの降り積もる量は、水蒸気の多い場所にはっきり偏りました。理由は2つあります。ひとつは、水蒸気が紫外線で分解されてできる破片がホルムアルデヒドの材料になるので、湿った場所ほど生成が進むこと。もうひとつは、できたホルムアルデヒドが雨や雪に溶けて地表に運ばれるので、降水の多い湿った地域で効率よく洗い落とされることです。全球平均の沈着量は年に1平方メートルあたり5.86mgで、北半球は南半球の数倍になりました。

海の上と、山のふもと

地図のうえで目立つのは、まず北半球の海の上です。水面から立ち上る水蒸気がそのまま材料になり、海の上空でホルムアルデヒドが作られて海に降ります。南半球のヘラス湖の上も同じでした。

もうひとつの目立つ場所は、意外にも山のまわりです。タルシスやエリシウムといった巨大な火山地帯の周辺で、沈着量が全球平均の10倍ほど、年に1平方メートルあたり50mg前後に達する「ホットスポット」が現れました。湿った空気が山にぶつかって持ち上げられ、冷えて雨を降らせる地形性の降水のためです。地球で山の風上側に雨が多いのと同じ理屈で、火星の山にもホルムアルデヒドを含んだ雨が集中して降った、という計算になります。

チームはさらに、この全球計算の結果を以前の1次元モデルの見積もりと突き合わせ、1次元モデルで「降水で洗い落とされる割合」を表す係数を0.1に置くと両者がよく合うことを確かめています。初期火星の水循環の強さについて、2つのモデルが矛盾しない値を与えたことになります。

探査機をどこに降ろすか

生命の起源に関わる化学進化が火星で進んだかを調べるなら、ホルムアルデヒドがたまり、糖などへの変換が進んだはずの場所を狙うのが筋です。著者らは、湿った状態が長く続いた地域に隣り合う盆地を、将来の着陸地点の候補として挙げました。山地に降ったホルムアルデヒドが地下水に乗って近くの盆地へ運ばれた可能性もあり、論文はキュリオシティが調査しているゲール・クレーターの南の山地も、沈着が多かった地域のひとつとして触れています。

限界も明記されています。今回の計算では、大気中でホルムアルデヒドが横方向に運ばれる過程を入れておらず、各地点で光化学的な生成と消滅がすぐに釣り合うと仮定しています。より細かい予測には、光化学と気候を完全に結びつけた3次元モデルが必要です。また、ホルムアルデヒドから生まれた有機物が数十億年のあいだ地層に残るかどうかは、別の問題として残っています。

毒物のホルムアルデヒドが、火星の海の上と山のふもとに雨として降っていた。そう考えると、火星の有機物を探す地図は少し具体的になります。チームの計算は、「火星に生命の材料があったか」という問いを、「あったなら、どこを掘ればよいか」という問いに一歩近づけました。

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