誕生日を数えれば、生きてきた年数は分かります。ただ、その年月を心臓や脳や腎臓が同じように過ごしてきたかどうかは、誕生日からは分かりません。同じ70歳でも、肝臓が若々しい人もいれば、実年齢より老け込んでいる人もいる——そういう「臓器ごとの歳の取り方の違い」を測ろうとした研究が、2026年8月14日付の医学誌『Nature Medicine』に掲載されました。
発表したのは、オーストリア・ウィーンにあるCeMM(分子医学研究センター)とルートヴィヒ・ボルツマン研究所ネットワーク医学(ウィーン大学)の研究チームです。責任著者はAndré Rendeiro氏。亡くなった方から提供された大量の組織画像をAIに学習させ、「組織の見た目から、その人の年齢を当てる」モデルを臓器ごとに作りました。さらにその先で、血液のデータだけから臓器ごとの老け具合を推定する、という一歩踏み込んだ試みまで行っています。
臓器ごとに違う老化の速さ
「人によって老け方が違う」のと同じように、実は同じ体の中でも、臓器によって老化の進み方は違います。これは医療の現場では経験的に知られてきたことですが、きちんと測るのは簡単ではありませんでした。臓器の老け具合を直接確かめるには、その臓器の組織を体から採ってきて、顕微鏡で見る必要があるからです。健康な人の肝臓や脳から、老化を測るためだけに組織を切り取るわけにはいきません。
そこで近年は、血液中のタンパク質やDNAの化学変化などから「生物学的年齢」——暦の上の年齢とは別の、体の状態から見た年齢——を見積もる研究が盛んに行われてきました。ただ、その多くは分子レベルの変化を手がかりにしたもので、組織そのものの「見た目」、つまり細胞や血管がどう並び、どう変わっていくかという構造の変化は、あまり使われてきませんでした。
25,712枚の組織画像で作られた「組織の時計」
今回のチームが目をつけたのは、まさにその「見た目」でした。使ったのは、亡くなった983人の提供者から採られた組織の顕微鏡画像です。脳、心臓、肺、膵臓(すいぞう)、皮膚、腸など、29の臓器・40種類の組織にわたる25,712枚。細かく分割すると約4億8000万枚の画像タイルになる規模のデータを、最新の画像認識AIで解析しました。
すると、年齢について何も教えていないのに、40種類すべての組織で、見た目を左右するいちばん強い要因が「年齢」だったことが分かりました。組織の構造には、それだけはっきりと時間の跡が刻まれている、ということです。チームはこれを土台に、組織の画像からその人の年齢を推定するモデル——いわば「組織の時計」——を臓器ごとに作りました。推定の誤差は平均4.9年。DNAの化学変化を使った既存の年齢推定よりも、組織ごとの病変をよく捉えていたといいます。
AIが老化の目印として拾っていたのは、組織の縮み、傷あとのような硬化、細い血管の消失、骨格筋にたまる脂肪、神経の細まりといった変化でした。そして、この時計で測ると、老化は体全体で一律には進んでいませんでした。肺・腎臓・膵臓・副腎では20〜40歳という早い時期から老化の加速が見られ、子宮では閉経の時期を境に大きな変化が現れました。多くの臓器がそろって老けている人もいれば、心臓や肺や胃など、特定の臓器だけが体の他の部分より目立って老けている人もいたのです。
血液から読み取る臓器の年齢差
ここまでで「臓器ごとの年齢」を測る物差しはできました。ただ、この物差しは組織を採らないと使えません。生きている人にそのまま使うのは難しい。そこでチームは、同じ提供者の血液に残された遺伝子発現——どの遺伝子がどれくらい働いているかのパターン——と、画像から測った臓器の年齢差を突き合わせました。「この臓器が実年齢より老けて見える人は、血液の遺伝子の働き方にこういう特徴がある」という対応関係を学習させ、血液のデータだけから臓器ごとの年齢差を推定する第二のモデルを作ったのです。
この血液モデルがよく機能したのは、体全体の老化、消化器系、そして脾臓(ひぞう)でした。すべての臓器を等しく読めるわけではありませんが、血液1回分のデータから、組織を採らずに臓器の老け具合を見積もる道筋が示されたことになります。
そして、この推定が実際の病気とどう対応するかを、健康な人と8つの病気の患者の血液データで確かめたところ、興味深い結果が出ました。血液モデルが「実年齢より老けている」と判定した臓器が、その病気に関わる臓器と重なったのです。脳卒中を経験した人では、年齢差がいちばん大きく出たのは脳でした。クローン病(消化管に慢性の炎症が起きる病気)の人では、食道・胃・小腸・大腸で年齢差が大きくなりました。そしてアルツハイマー病の人では、有意に年齢差が大きく出た臓器は脳だけ。血液を見ただけなのに、病気の場所を言い当てるように、その臓器の「老け」が浮かび上がったわけです。

ただし、この仕組みについてRendeiro氏自身が釘を刺しています。血液サンプルが臓器の状態を直接写しているわけではなく、学習した対応関係を通じて、その臓器の年齢差を推定しているにすぎない、と。血液はいわば「翻訳」を介して臓器の様子を語っているのであって、臓器そのものを覗く窓ではないのです。
実用化までの距離
誤解のないように書いておくと、これはまだ病院で頼める血液検査ではありません。研究チーム自身、臨床で使えるようになるまでには前向き研究(人を長期間追いかけて確かめる研究)、さまざまな集団での性能の検証、規制当局の承認が必要で、現実的には「数年、おそらく10年近く」かかるとしています。
研究の限界もはっきりしています。まず、組織の大半は亡くなった方から採られたものです。同じ人を長年追いかけて「実際に何年で老けたか」を測ったわけではなく、たくさんの人のスナップショットを並べて年齢との関係を読み取った研究です。また、血液モデルの評価は、すでに病気と診断された人が中心でした。症状が出る前の段階で異変を見つけられるかどうかは、まだ分かっていません。
因果関係にも注意が要ります。病気の人の臓器が老けて見えたからといって、老化の加速がその病気を引き起こしたとは言えません。病気が臓器を老けさせたのかもしれないし、両方が並行して進んだのかもしれない。今回のデータだけでは、どちらとも決められません。
もうひとつ添えておくと、市販の「生物学的年齢」検査キットについては、検査によって結果が大きくばらつくことが先行研究で指摘されています。今回の研究は、そうした市販検査の裏付けになるものではありません。あくまで研究段階の手法として受け取るのがよさそうです。なお、筆頭著者らと責任著者は、この研究に関連する特許について利益相反を申告しています(研究資金はイタリアのベンチャーキャピタルAngelini Venturesなどから提供されています)。
それでも、「老化」をひとつの数字にまとめてしまうと見落とすものがある、という指摘は示唆に富んでいます。日本では健康診断で血液を採る習慣が広く根づいています。その1本の採血から、いつか「あなたの心臓は歳相応ですが、腎臓は少し先を歩いていますよ」と分かる日が来るのかもしれません。心臓も脳も腎臓も同じ体に収まってはいるけれど、同じ速さで時間を過ごしているとは限らない——この研究が示したのは、そういう体の姿でした。
出典
Abila, E., Buljan, I., Zheng, Y., … Rendeiro, A. “Histological aging signatures for monitoring tissue-specific aging and disease” Nature Medicine(2026年8月14日)
https://doi.org/10.1038/s41591-026-04566-5
プレスリリース:Organs age at different speeds: a blood test might soon tell which ones(CeMM)


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