インドネシアのフローレス島で見つかった身長1メートルほどの人類、ホモ・フロレシエンシス。発見から20年以上たった今も、この人たちがどの系統から生まれたのかは決まっていません。南カリフォルニア大学の生物人類学者クリスティ・ルートン氏らのチームは、その手がかりを腰の骨に求めました。頭でも手足でもなく、骨盤(こつばん)の形を数値で比べ直した研究が、2026年8月25日付でアメリカ生物人類学会誌(American Journal of Biological Anthropology)に載っています。
島で見つかった身長1メートルの人類
ホモ・フロレシエンシスの骨は、2003年にフローレス島のリアン・ブア洞窟で発掘されました。もっとも保存のよい個体が「LB1」と呼ばれる成人女性で、身長はおよそ1メートル。生きていたのは今から10万年前から6万年前のあいだとされています。頭の中身、つまり脳の大きさはチンパンジーとあまり変わらず、体の小ささとあわせて「ホビット」という通称で呼ばれるようになりました。
この人類がどこから来たのかについては、大きく2つの考え方があります。ひとつは、ジャワ島などにいたホモ・エレクトス(原人)が島に渡り、世代を重ねるうちに小さくなったという説。島に閉じ込められた動物が小型化していく現象は、ゾウやシカでもよく知られています。もうひとつは、ホモ・エレクトスとは別の、もっと古くて体の小さいヒト属の系統が東南アジアまで広がっていて、その子孫だという説です。この2つに加えて、骨格に古い特徴が多いことから、もっとさかのぼるアウストラロピテクスに近い段階で分かれたのではないか、という見方も出されてきました。
「ルーシー似」と言われてきた腰の広がり
アウストラロピテクスというのは、300万年以上前のアフリカにいた、ヒトの祖先に近い仲間です。有名な「ルーシー」はその一体で、1974年にエチオピアで見つかった約320万年前の女性の骨格につけられた愛称。二本足で歩いていたことは確かながら、骨盤や脚の作りは現代人とはだいぶ違い、歩き方はもっとぎこちなかったと考えられています。
ホモ・フロレシエンシスがこのルーシーと比べられてきた理由のひとつが、まさに腰の骨でした。2004年に最初の記載論文が出たとき、LB1の骨盤は左右の腸骨(ちょうこつ、骨盤の上部で横に張り出している板状の骨)の開きが目立って大きく、ルーシーのようなアウストラロピテクス類を思わせる、と書かれています。この「腸骨の広がり」は、歩くときに脚を支える筋肉の付き方に関わる部分で、広がりが大きいほど、現代人より効率の悪い歩き方だったことの目安とされてきました。
手の骨もアウストラロピテクス類に似ている。肩や上腕はヒト寄り。足は親指がまっすぐそろってヒトらしいのに、指は長い。ホモ・フロレシエンシスの骨格は、こうした古い特徴と新しい特徴のつぎはぎで、どこを見るかによって印象が変わります。腰は、そのなかで「古い側」の代表格として扱われてきた部位でした。
測り方でぶれてきた数値の統一
ただ、ルートン氏らが取りかかってみると、話はそう単純ではありませんでした。腸骨の広がりを数値にする方法が研究者によってまちまちで、同じ骨を測っても方法しだいで答えが食い違う、という問題が以前から指摘されていたのです。「広がりが大きい」という評価そのものが、どの物差しで測ったかに左右されていました。
そこでチームは、まず腸骨の広がりを誰が測っても同じ値になる形で定義し直しました。そのうえで骨盤のほかの部分の計測値も加え、チンパンジー、ゴリラ、アウストラロピテクス類、ホモ・エレクトスなど絶滅したヒト属、そして現代人まで、幅広い比較用の骨盤をそろえます。LB1の骨盤がこの中でどこに位置するのかを、統計的に調べたわけです。

統計が示したヒト属寄りの骨盤
結果は、これまでの見立てをひっくり返すものでした。LB1の骨盤は、統計的にはホモ・エレクトスをはじめとする更新世(こうしんせい、約258万年前から1万年前までの時代)のヒト属と同じグループに入り、アウストラロピテクス類や類人猿とははっきり分かれたのです。20年にわたって「ルーシー似」の根拠のひとつだった腰が、物差しをそろえて測り直したら、ヒト側に落ちた。それがこの研究の芯です。
論文でチームは、ホモ・フロレシエンシスはヒトとよく似た形の二足歩行をしていたと考えられる、と書いています。ルートン氏はLive Scienceの取材に対して、腰の骨だけで判断するなら、この人類はおおむねヒトや他のヒト属と同じように見え、動き方もヒトに近かった可能性が高い、と述べました。腰の作りは、思われていたよりずっと私たちに近かったのです。
「近い歩き方」と「同じ運動能力」の違い
ただし、ここで話を「私たちと同じように歩いていた」にまで広げると、研究が言っている範囲を超えてしまいます。ルートン氏は同じ取材で、この人類は特に速い二足歩行者ではなく、長い距離を移動してもいなかった、とも言い切っています。論文の中でも、速く長く歩き回る種ではなく、木に登るような行動をある程度取り入れていたかもしれない、という書き方がされています。
つまり、骨盤の設計はヒト属の標準形に収まる。けれど、その設計で実際にどう暮らしていたかは、現代人の感覚とは違っていたはずだ、ということです。同じ骨盤の形をしていても、脚の長さや足の作りが違えば、出せるスピードも歩ける距離も変わります。「近い」と「同じ」はここで分かれます。
絞り込めなかった起源の候補
では、ホモ・フロレシエンシスの起源は決まったのでしょうか。答えは、決まっていません。今回の結果は、アウストラロピテクスに近い古い系統から分かれた、という説には不利です。ところが残った2つの説、ホモ・エレクトスが島で小型化した説と、別の小柄なヒト属の子孫だという説は、どちらも「更新世のヒト属」に含まれます。骨盤がヒト属寄りだと分かっても、この2つのあいだで軍配を上げることはできないのです。ルートン氏自身、証拠の多くはこの2つのどちらかを指しているとしたうえで、決着はそう早くはつかないだろうと話しています。
研究に加わっていないコロラド大学デンバー校の古人類学者ケイリー・オー氏も、同じ見方です。オー氏のチームは前年に、より限られた範囲で化石の骨盤を比べる研究を出していて、そこでもLB1はおおむねヒト寄りに出ていました。今回の結果はそれと矛盾しないとしつつ、初期のヒト属の骨格には大きさも形もかなりの幅があることが分かってきたとも指摘し、それがホビットの起源にとって何を意味するかは依然としてあいまいだ、と述べています。
ひとつの部位を丁寧に測り直したら、古い側の証拠がひとつ減った。その分だけ「ヒト属のどこか」という輪郭は濃くなりましたが、輪郭の内側は前より広く見えるようになりました。将来、古い骨に残ったタンパク質の分析などが進めば別の手がかりが得られるかもしれない、とルートン氏は期待をかけています。
留意点
今回の比較に使われたホモ・フロレシエンシスの骨盤は、LB1という一個体のものだけです。この種の骨盤がすべて同じ形だったかは分かりませんし、一個体の数値から種全体の歩き方や生活を語るには限界があります。あくまで「LB1の骨盤に限れば、統計上はヒト属に近い」という結果として受け取るのが正確です。
また、骨盤はヒト属寄りでも、手の骨などは今もアウストラロピテクス類に似た特徴を残しています。つぎはぎ状の骨格のうち、ひとつの部位の評価が動いたという話であって、骨格全体の見方が書き換わったわけではありません。
出典
元論文:K.L. Lewton, A.S. Hammond, N. Alamsyah, S. Noerwidi, T. Sutikna, M.M. Skinner, M.W. Tocheri. “Comparative morphometric analysis of the pelvis of LB 1 (Homo floresiensis).” American Journal of Biological Anthropology, 2026年8月25日公開(査読済み)。DOI: 10.1002/ajpa.70339


コメント