【オルドビス紀の生物】オウムガイ – 深海に追い込まれた、新しい古生物

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名前オウムガイ(学名 Nautilus。ギリシャ語で「船乗り」の意味)
分類軟体動物 頭足類 オウムガイ目 オウムガイ科
時代現生。オウムガイ目は約4億年前(デボン紀)から続く。オウムガイ属そのものの化石は白亜紀以降
分布インド洋東部から西太平洋(フィリピン、パラオ、オーストラリア、ニューカレドニア、フィジー、サモアなど)
殻の直径16〜20cmほど。最大で約27cm(オーストラリア北西部の集団)
体重殻を含めて1kg前後、最大で約1.7kg
生息深度おもに100〜700m。殻は約800mの水圧でつぶれる

オウムガイは、イカやタコと同じ頭足類(とうそくるい)のなかまです。「貝」と名前に付きますが、二枚貝や巻貝とは別のグループで、殻を持つ頭足類として現在まで生き残っている唯一の系統です。殻は内側が空気の入った部屋に分かれていて、そこにたまる気体で浮力を調節します。同じしくみの殻を持つ祖先は約4億8000万年前のオルドビス紀の海で大繁栄し、しばしば「生きている化石」の代表として紹介されます。ただし現在のオウムガイ属がその頃の頭足類の姿をそのまま受け継いでいるわけではなく、その点はこの生物を扱う研究者のあいだで長く指摘されてきました。

姿と暮らし

殻の外側は白地に赤茶色の縞(しま)が入り、内側は真珠光沢を放ちます。生きているときは、殻の口から頭と触手だけを出して泳ぎます。触手は最大で90本ほどあり、イカやタコの腕とは違って吸盤がありません。ねばねばした粘液を出して物をつかみ、においを感じる器官としても働きます。頭の上には「フード」と呼ばれる革のような厚いふたがあり、危険を感じると体を殻に引き込んでフードで口を閉じます。

目は頭足類の中で特異で、レンズがありません。針で開けた穴から光を取り込むピンホールカメラと同じ構造で、像はぼやけますが、光の向きや明るさの変化は感じ取れます。2021年にゲノム(全遺伝情報)が解読され、レンズを作るタンパク質の遺伝子の一部が失われていることが確認されました。イカやタコが持つレンズ付きの目とは、遺伝子のレベルで別の道を歩んでいます。

暮らしている場所は、サンゴ礁の外側から深みへ落ち込む斜面です。日中は水深300〜700mの暗い場所にいて、夜になると100m前後まで上がってきます。泳ぎは、体の下にある漏斗(ろうと)から水を噴き出すジェット推進で、殻の口を前に向けて後ろ向きに進みます。速い動きは得意ではありません。食べ物はエビやカニなどの死骸、甲殻類が脱皮したあとの殻など、海底に落ちているものが中心で、生きた獲物を襲う様子は野外でも水槽でも確認されていません。肉のにおいをたどって遠くから寄ってくる嗅覚の鋭さで、海底のわずかな栄養を拾い集める暮らしをしています。

成長はとても遅く、野生では成熟までに12〜15年かかります。頭足類の多くが繁殖を終えると一生を閉じるのに対して、オウムガイは成熟してからも何年も生き続けます。オーストラリアのオスプレイ礁では、標識を付けた個体が5年後に再捕獲された記録があり、寿命は20年を超えると見られています。産む卵の数も少なく、1個の卵がかえるまでに1年近くかかります。

気室と浮力のしくみ

殻の内部は「隔壁(かくへき)」という仕切りで小部屋に分かれています。生まれたときは4室ほどで、成長するたびに体が前に進み、後ろに新しい隔壁を作って部屋を増やしていきます。成体では30室を超えます。体が入っているのはいちばん手前の大きな部屋だけで、奥の部屋には気体と少量の液体が入っています。

すべての隔壁の中央には穴があり、そこを「連室細管(れんしつさいかん)」という細い管が通っています。この管を通じて部屋の中の液体を出し入れすることで、体全体の比重を海水とつり合わせています。潜水艦のバラストタンクとほとんど同じ原理ですが、オウムガイの場合、液体の出し入れは浸透圧を使ったゆっくりした作業で、水圧が高い深みでは新しい部屋の液体を抜くのに時間がかかります。成長が遅い理由のひとつはここにあると考えられています。

殻の強度には限界があります。鹿児島大学の研究グループが1980年代に生きたオウムガイを加圧装置に入れて調べたところ、水深785〜830mに相当する圧力で殻がつぶれました。実際の生息深度の下限が700m前後にとどまるのは、この限界のすぐ手前で暮らしているためです。

オルドビス紀の海と、殻を持つ頭足類

殻に気室を持つ頭足類は、カンブリア紀の終わりに現れ、続くオルドビス紀(約4億8500万〜4億4400万年前)に爆発的に多様化しました。ただし、この時代の主役は巻いた殻ではなく、まっすぐな円錐形の殻を持つ種類でした。オルソセラスのような細長い殻や、エンドセラスのように殻の長さが数メートルに達したとされる大型種が海を泳ぎ回り、三葉虫やウミユリ、腕足動物とともにオルドビス紀の海底の風景をつくっていました。当時はまだ顎(あご)を持つ魚が現れておらず、殻を持つ頭足類は海で最大級の捕食者でした。

これらオルドビス紀の頭足類は、現在のオウムガイと同じ気室と連室細管を持ち、広い意味で「オウムガイ類」と呼ばれます。しかし分類上は別の目に属し、いずれも古生代のうちに絶滅しました。現在のオウムガイが属するオウムガイ目が化石記録に現れるのは、約4億年前のデボン紀です。オウムガイ目はその後、石炭紀からペルム紀にかけて大きく繁栄し、中生代にはアンモナイトと海を分け合いました。白亜紀末の大量絶滅でアンモナイトが姿を消したあとも、オウムガイ目のいくつかの系統は生き残り、そのひとつが現在まで続いています。

「生きている化石」という看板の中身

オウムガイは「4億年前から姿が変わらない生きている化石」と紹介されることが多い生物です。ところがオウムガイの研究を40年以上続けてきたワシントン大学のピーター・ウォードらは2016年の総説で、この呼び方を古生物学の大きな誤称のひとつだと書いています。

理由の第一は、時代のずれです。現在の「オウムガイ属」に含められる化石は、ウォードらの整理では古くても中生代の白亜紀までしかさかのぼりません。20世紀なかばの分類学者たちは、オウムガイ属には化石記録がまったくないとさえ結論していました。オルドビス紀に栄えたまっすぐな殻の頭足類は、系統としては遠い親戚にあたり、殻の巻き方も生息環境も現在のオウムガイとは違います。「オウムガイ類」という大きなくくりが4億8000万年続いているのは事実ですが、「オウムガイ」という生物そのものが4億年変わらずにいるわけではありません。

第二は、暮らし方の問題です。白亜紀や古第三紀のオウムガイ類の化石は、いずれも浅い海の地層から出ます。礁の斜面の深みに潜り、夜だけ浅場に上がってくる現在の生活は、化石記録からは読み取れません。ウォードらは、殻を割って食べる魚が進化し、より深い海へと広がっていくにつれて、オウムガイが少しずつ深場へ追いやられた結果だと解釈しています。深い海では成長が遅く、殻の限界深度は目の前です。水槽で飼うと野生の3倍の速さで成熟することからも、現在の生息地はこの生物にとって最適な場所ではなく、追い込まれた先の場所である可能性が示されています。この見方が正しければ、オウムガイは古い姿をそのまま保ってきた生物というより、深海という新しい環境に最近適応した生物ということになります。

第三は、遺伝子の証拠です。2017年にハーバード大学などのチームが、現在知られているすべての種のゲノム全体を比較しました。すると、殻の形で分けられてきた種のほとんどが遺伝的な区切りと一致せず、かわりに地理的に隔てられた集団ごとに5つのグループが見つかりました。これらの分岐は数百万年以内の比較的新しい出来事と見られ、集団のあいだでは今も自然選択の跡が検出されています。姿がよく似ているために気づかれなかっただけで、遺伝的にはいまも種分化が進行中の生物だというのが、この研究の結論です。

まとめると、「生きている化石」という言葉のうち、殻の基本設計が古生代に完成していた点は正しく、その意味でオウムガイは絶滅した頭足類の生態を推定する手がかりとして今も重要です。一方で、現在のオウムガイ属は白亜紀に現れた比較的新しい系統であり、深海での暮らしはさらに新しく、種の分化は現在も進んでいます。看板の文句ほど止まった生物ではありません。

現在の状況

オウムガイの殻は装飾品や土産物として世界中で取引されてきました。2012年の集計では、米国だけで50万個を超える殻や殻の加工品が輸入されていた記録があり、その多くはフィリピンの限られた漁場から出荷されたものです。成熟まで10年以上かかり産卵数も少ないため、集中的に漁が行われた海域では個体数が回復せず、局地的に姿を消した場所もあります。水中カメラを使った調査では、1平方キロあたりの個体数は10数匹程度と見積もられていて、漁の印象から想像されるほど多い生物ではないことが分かっています。

2016年10月に南アフリカで開かれたワシントン条約の締約国会議で、オウムガイ科の全種が附属書IIに掲載され、2017年1月から国際取引に輸出許可書が必要になりました。取引そのものは禁止されていませんが、持続可能な範囲であることを輸出国が証明する仕組みです。日本でも殻を土産物として持ち帰る場合、この規制の対象になります。

出典

Ward, P., Dooley, F. & Barord, G.J. (2016) Nautilus: biology, systematics, and paleobiology as viewed from 2015. Swiss Journal of Palaeontology 135, 169–185.
https://doi.org/10.1007/s13358-016-0112-7

Combosch, D.J. et al. (2017) Genomic signatures of evolution in Nautilus—An endangered living fossil. Molecular Ecology 26, 5923–5938.
https://doi.org/10.1111/mec.14344

Huang, Z. et al. (2021) Genomic insights into the adaptation and evolution of the nautilus, an ancient but evolving “living fossil”. Molecular Ecology Resources.
https://doi.org/10.1111/1755-0998.13439

蟹江康光・服部陸男 (1983) Shell Implosion Depth of Living Nautilus. 鹿児島大学南太平洋海域研究センター Occasional Papers No.1.
https://ir.kagoshima-u.ac.jp/record/5183/files/AN10030752_v1_p30-35.pdf

FAO Species Catalogue for Fishery Purposes No.4 Vol.1: Cephalopods of the World — Nautilidae.
https://fao.org/docrep/pdf/009/a0150e/a0150e04.pdf

CITES CoP17 Prop. 48: Inclusion of the Family Nautilidae in Appendix II (2016).
https://cites.org/sites/default/files/eng/cop/17/prop/FJ_US_Chambered_nautilus.pdf

Digital Atlas of Ancient Life: “Nautiloidea”(オルドビス紀〜デボン紀の頭足類の殻形の変遷)
https://www.digitalatlasofancientlife.org/learn/mollusca/cephalopoda/nautiloidea/

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