【ジュラ紀の生物】ブラキオサウルス – 命名者は陸の動物と書いたのに、半世紀以上湖に沈められた恐竜

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名前ブラキオサウルス(Brachiosaurus altithorax)。属名は「腕のトカゲ」で、長い前脚にちなむ。種小名は「深い胸」
分類竜盤類・竜脚類・ブラキオサウルス科
時代ジュラ紀後期(キンメリッジアン期〜ティトニアン期)。最初の標本は約1億5400万〜1億5300万年前の地層から出た
発見地アメリカ・コロラド州フルータ近くのコロラド川の谷(モリソン層)
全長18〜22m
体重約28〜47トン(研究によって幅がある)。56〜58トンとする推定もある
頭の高さ9mを超えたと考えられている

ブラキオサウルスは、ジュラ紀後期の北アメリカにいた竜脚類です。前脚が後ろ脚より長く、肩が高い位置にあるので、背中は首の付け根に向かって上り坂になっていました。20世紀の半ばまで、この恐竜は重すぎて陸では体を支えられず、湖に浸かって鼻先だけを水面に出していた、と描かれることがよくありました。現在は、陸の上で高い木の葉を食べていた動物と考えられています。

姿と暮らし

最初の標本は、1900年7月4日、シカゴのフィールド・コロンビアン博物館(現在のフィールド博物館)の調査隊が、コロラド州西部で見つけました。調査を率いたのはエルマー・リッグス、最初に骨を見つけたのは助手のハロルド・メンケで、出てきたのは長さ2mを超える上腕骨でした。リッグスは1903年にこの骨格をブラキオサウルスと名づけ、当時知られていたなかで最大の恐竜として報告しています。

この標本(FMNH P 25107)には、胴の骨、腰、尾の付け根、上腕骨、大腿骨などが残っていますが、頭と首の骨はありません。図鑑や博物館でよく見る、頭を高く掲げたブラキオサウルスの姿の多くは、タンザニアのテンダグル層から出た近縁の竜脚類をもとにしています。この動物は1914年にブラキオサウルスの別種(Brachiosaurus brancai)として記載され、ほぼ全身の骨格が1937年にベルリンで組み立てられました。2009年、イギリスの古生物学者マイク・テイラーが両者の骨を比べて26か所の違いを挙げ、タンザニアのほうは別属のギラッファティタン(Giraffatitan brancai)とするのが妥当だと結論しました。ブラキオサウルスはギラッファティタンより胴が長く、尾も長かったと考えられています。首と頭は、いまもギラッファティタンなど近い仲間の骨から補って復元されています。

首の骨や胴の骨の中には気嚢(空気の袋)が入り込んでいて、骨は見た目より軽くできていました。長い首と高い肩のおかげで、頭は地上9mを超える高さに届いたと考えられ、主に地上5mより上の木の葉を食べていたと推定されています。食べていたのは針葉樹、イチョウ、木生シダ、ソテツのなかまなどです。リッグスは1904年の論文で、アパトサウルスやディプロドクスは後ろ脚で立ち上がれたかもしれないが、前脚の長いブラキオサウルスには難しかっただろうと書いています。この見方は、いまの研究とも食い違っていません。

化石の出るモリソン層は、雨季と乾季のある半乾燥の平野でできた地層です。同じ地層からは、アパトサウルス、ディプロドクス、カマラサウルス、バロサウルスといった竜脚類のほか、肉食恐竜のアロサウルスも出ています(ジュラ紀の世界全体については地球年表のジュラ紀の記事にまとめています)。ただしブラキオサウルスはこの地層ではまれな竜脚類です。2003年の集計では、200か所を超える産地から見つかった標本は12体で、カマラサウルスの179体、アパトサウルスの112体に比べてずっと少数でした。

水の中から陸に上がるまでの復元の変遷

19世紀の終わりから20世紀の半ばにかけて、竜脚類は水辺の動物として描かれるのが普通でした。数十トンもある体は陸では重すぎるので、浮力を借りて湖や沼で暮らしていた、という考えです。1897年には画家のチャールズ・ナイトが、首だけを水面から出した竜脚類を描いています。

ところが、ブラキオサウルスを命名したリッグス自身は、1904年に出した詳しい記載論文の中で、この考えをはっきり否定していました。水辺で暮らす動物に見られる、短く曲がった脚や幅の広い足が竜脚類にはない。後ろ脚がまっすぐ伸びた四足動物は高台にすむものだけで、太く短い足の骨はゾウと同じく、水中や湿地を進むのには向いていない。足のつくりが何かを示すとすれば、それは陸を歩くための特殊化だ、という主張です。

この主張は広まりませんでした。水に浸かった竜脚類の絵は、その後も博物館の壁画や図鑑に繰り返し使われます。ブラキオサウルスの場合、そこに頭骨の形が加わりました。ブラキオサウルスの仲間の頭骨は、骨の鼻の穴が目の上の高い位置に大きく開いています。鼻の穴が頭のてっぺんにあれば、体を沈めたまま頭の先だけを出して息ができる、と考えられたのです。チェコの画家ズデニェク・ブリアンが1941年に描いた絵では、3頭のブラキオサウルスが湖の底に立ち、2頭は頭と首の上の方だけを水面に出し、1頭は完全に潜って湖底の水草を食べています。

1951年、ロンドン大学のケネス・カーマックが短い論文を出しました。肺が水面から何メートルも下にあると、胸にかかる水圧のせいで、長い首を通して空気を吸い込むことはできない、という指摘です。この時点で、湖底に立って首をシュノーケルにする暮らしは成り立たなくなりました。1975年にはウォルター・クームズが、竜脚類の胴が陸の動物と同じく高く幅の狭い形で、重さを支えるのに向いていること、まっすぐな脚、締まった足、骨を軽くする空洞、化石が陸でできた地層から出ることなどを並べ、竜脚類は主に陸で暮らし、ゾウのように時々水に入る程度だったと結論しました。

その後の研究も同じ方向を指しています。2001年、オハイオ大学のローレンス・ウィトマーは、現生の爬虫類や鳥類の鼻を調べ、恐竜の皮膚の鼻の穴は骨の大きな開口部の後ろではなく、鼻先寄りにあったと結論しました。2004年には、カナダ・カルガリー大学のドナルド・ヘンダーソンが竜脚類の体をコンピューターで水に浮かべ、気嚢をもつ竜脚類は浮きやすいうえに水中では姿勢が不安定だったという結果を出しています。体が浮いてしまうので、深い水の底に立つこと自体が難しかったことになります。鼻の穴の正確な位置については、その後も別の案が出ていて決着していません。

現在のブラキオサウルスは、乾いた平野を4本のまっすぐな脚で歩き、高い木の葉を食べる動物として復元されています。水に入ることがあったとしても、それは今のゾウが水辺に入るのと同じ程度だったと考えられています。

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