サーベルタイガーの背骨に残された「稀な腫瘍」の痕跡 ― タールに沈んだ理由とのつながり

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絶滅したサーベルタイガー(スミロドン・ファタリス)の背骨を、犬や猫の脊椎手術を専門とする獣医外科医が3,722個も調べた——そんな研究が、獣医学の専門誌 Frontiers in Veterinary Science に2026年7月27日付で掲載されました。舞台はロサンゼルスのラ・ブレア・タールピット。調べた背骨からは、生まれつきの奇形が数百件、そして現代の大型哺乳類ではめったに見つからない「脊髄神経の腫瘍」の痕跡まで見つかっています。

筆頭著者はスウェーデンの IVC Evidensia アカデミーとチューリッヒ大学に所属する Hugo Schmökel 氏。もともとはダイアウルフ(氷期のオオカミ)の関節疾患を調べにラ・ブレアを訪れたところ、収蔵庫のスミロドンの椎骨に、ふだん診ている犬猫の患者と同じような病変が並んでいるのに気づいたのがきっかけだったそうです。

ラ・ブレア・タールピットという「肉食獣の罠」

ラ・ブレア・タールピットは、ロサンゼルスの市街地にある天然アスファルト(タール)の湧き出し地です。地面の割れ目から染み出したタールが池のようにたまり、そこに足を踏み入れた動物が抜け出せなくなる。氷期の終わりごろ、ここに沈んだ動物たちが何万年分も積み重なって、世界でも屈指の化石産地になりました。

ここが面白いのは、沈み方に偏りがあることです。まず草食動物がはまる。すると、その鳴き声やもがく姿に引き寄せられて肉食獣が集まり、獲物に手を出そうとして自分もはまる。この連鎖のせいで、ラ・ブレアはスミロドンやダイアウルフといった捕食者の化石が異常に多い「肉食獣の罠」として知られています。スミロドンだけで、背骨が調査に耐える状態で残っている個体が1,000頭近くにのぼるというのだから、規模が桁違いです。

生きている野生動物の脊椎をX線やCTで大量に調べるのは、現実にはほぼ不可能です。ところがラ・ブレアの収蔵庫には、ひとつの種の背骨が数千個単位でそろっている。絶滅動物のほうが、かえって「集団としての健康状態」を調べやすいという逆転が起きているわけです。

3,722個の椎骨から見つかった異常

研究チームが調べたのは、仙骨(せんこつ=骨盤とつながる背骨の根元の骨)849個、腰椎2,130個、第7頸椎743個の計3,722個。目視での観察に加えて、病変が疑われる49標本はカリフォルニア大学デービス校の獣医病院でCT撮影を行い、獣医放射線科の専門医2名が画像を読影しました。個体数は、いちばん数が多い仙骨をもとに「少なくとも849頭」と見積もられています。

出てきた異常は、数だけ並べてもかなりのものでした。椎骨の背中側のアーチが左右に分かれたままの「二分椎」が32個。隣どうしの椎骨がくっついて一本になった「ブロック椎」が48個。そして、本来と違う場所の形で作られてしまった「移行椎」——たとえば首の骨なのに肋骨付きの胸の骨のような形になっているもの——が226個。いずれも、生まれつき骨の作られ方がずれてしまう発生異常です。

ただ、この研究の主役はそこではありません。チームがもっとも注目したのは、たった3個の椎骨に残された、別の種類の痕跡でした。

桁違いに多い脊髄神経腫瘍の痕跡

その3個の腰椎には、神経が背骨から出ていくトンネル(椎間孔=ついかんこう)が、片側だけ大きく広がるという共通の特徴がありました。しかも穴の内側はなめらかに作り替えられていて、骨が壊されたというより、何かにゆっくり押し広げられたような姿をしています。うち2標本では、広がった穴が「ダンベル形」を描いていました。

人間の医療では、この「なめらかに広がった椎間孔」はよく知られたサインです。神経を包む細胞からできる腫瘍——シュワン細胞腫や神経線維腫といった脊髄神経腫瘍——が、トンネルの中でじわじわ育つと、周りの骨がこういう形に変わる。犬でも同じ現象が報告されています。骨しか残っていない化石から腫瘍そのものは確認できませんが、この形の変化は、脊髄神経腫瘍があったことを強く示唆する所見だ、というのが論文の主張です。

ここで効いてくるのが数字です。脊髄神経腫瘍は、現代人では10万人あたり0.22〜0.38人しか発生しない、きわめて稀な病気です。ところがラ・ブレアのスミロドンでは、849頭のうち3頭。10万頭あたりに換算すると約353頭になり、単純に並べれば桁が3つ違います。しかも3標本は別々のピットから出土した別個体で、年代も約1.2万年前・1.3万年前・2.8万年前とばらけている。一時期の一家系だけの話ではなさそうなのです。

なぜ稀なはずの腫瘍がこれほど見つかるのか。論文が候補に挙げるのが、絶滅間際の近親交配です。ヒトでは脊髄神経腫瘍の多くが遺伝子の変異と結びついており、個体数が減って血縁の近い交配が増えれば、有害な変異が集団に広がりやすくなります。実際、氷期の終わりにはマンモスやオオツノジカなどでも、近親交配のサインとされる骨の異常が増えていたことが報告されています。ラ・ブレアのスミロドンに並ぶ大量の発生異常も、同じ流れで説明できるかもしれない——そういう筋書きです。

痛みとタールを結ぶ仮説

そして論文は、この病気を「なぜラ・ブレアに化石が多いのか」という最初の話に接続します。脊髄神経腫瘍は、犬では痛みや跛行(はこう=足を引きずること)、筋肉のやせを引き起こすことが知られていて、ヒトでも患者のおよそ75%が痛みを経験します。待ち伏せて獲物に飛びかかるスミロドンの狩りにとって、腰の痛みは致命的なハンデだったはずです。

狩りができなくなった捕食者は、死体あさりや「楽な獲物」に頼るしかなくなります。タールにはまって動けない草食動物は、まさにその楽な獲物でした。Schmökel 氏は「罠にかかった獲物は、痛みを抱えた捕食者にとってとても魅力的だ」と述べています。つまり、病気の個体ほどタールの縁に踏み込むリスクを取り、自分も沈んだのではないか。もしそうなら、集団の異変と、この場所に化石が積み上がった理由が、背骨の病気という一本の線でつながることになります。

解釈上の留意点

ただし、この筋書きには注意書きがいくつも付きます。論文自身がはっきり書いている点も含めて、押さえておきたいところです。

まず「10万頭あたり353頭」は、わずか3標本から出した推定値で、統計的な幅はかなり大きいはずです。しかも論文は、この数字を現代人の発生率と直接比較はできないと明記しています。ラ・ブレアに沈んだ動物たちは、生きていた集団をまんべんなく写した標本ではないからです。むしろ「弱った個体ほど沈みやすい場所」だとすれば、病気の割合が高めに出るのは当然で、その偏りごと数字に含まれています。

「痛いから獲物に手を出して沈んだ」という行動の説明も、化石から直接確かめられるものではなく、あくまで提案された解釈です。近親交配説についても、論文は「もっともらしいが、まだ検証されていない仮説」と位置づけています。ラ・ブレアのスミロドンからは解析に使えるDNAがまだ回収されておらず、近親交配の程度そのものを測れていません。発生異常の原因としては、感染症や環境中の毒性物質といった別の可能性も残されたままです。

それでも、集団が縮んでいく動物に何が起きるのか——有害な変異がたまり、病気が増え、行動まで変わっていくかもしれない——という連鎖を、1万年以上前の骨から読み取ろうとした点は、この研究の大きな見どころだと思います。同じ問題は、いま個体数を減らしている絶滅危惧種でも現在進行形で起きています。氷期の捕食者の腰の骨は、現代の保全生物学にそのままつながる話でもあるのです。

出典

Hugo Schmökel, Francesca Del Chicca, Regine Hagen Argudin Pina, “Foraminal widening indicating a spinal nerve tumor in the saber-tooth cat Smilodon fatalis from Rancho La Brea,” Frontiers in Veterinary Science, 2026年7月27日公開(オープンアクセス)。DOI: 10.3389/fvets.2026.1857385

研究の概要は EurekAlert! のプレスリリースSmithsonian Magazine の記事 でも紹介されています。

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