宇宙で骨折したらどうするのか。宇宙飛行の話を追いかけていると、たまにこの素朴な疑問にぶつかります。地上なら整形外科に行ってX線写真を撮ればすぐ分かることが、軌道上ではずっとできませんでした。国際宇宙ステーションを含めて、人が宇宙で使える医療用の画像診断は40年以上のあいだ超音波(エコー)だけで、X線写真を撮った例は一度もなかったからです。
その状況が、2025年春の民間宇宙飛行 Fram2(フラム2)で変わりました。乗員が機内で手や胸のX線写真を撮り、地上の放射線科医が「診断に使える画質」と判定した、という論文が2026年7月に放射線医学の専門誌 Radiology に載っています。しかも使った装置は宇宙用に開発したものではなく、地上で売られている携帯型のX線装置そのままでした。
超音波だけだった宇宙の画像診断
超音波は便利な装置です。手で持てるサイズで、放射線を出さず、電源さえあれば繰り返し使えます。ただ、弱点もはっきりしています。まず操作に慣れが要ること。プローブ(探触子)を当てる角度や場所で見えるものが大きく変わるので、きちんと使えるようになるまでの訓練が長い。次に、骨の向こう側や空気の入った部分は見えないこと。そして、皮膚との間に専用のゼリーが要ることです。
骨折や肺の異常、体内に入った異物といった「まさに緊急のとき」に頼りになるのはX線のほうで、論文の筆者らは、NASAが月・火星探査向けにリスクが高いとみている病状のうち、超音波よりX線のほうが診断や治療方針の判断に向くものが最大で22%ほどあると見ています。それでもX線が宇宙に上がらなかったのは、装置が大きく重いこと、放射線を出すこと、そして撮る側も撮られる側も動いていると像がぶれることが理由でした。何もかもが浮いている宇宙船の中では無理だろう、というのが長年の見立てだったわけです。
ところが地上では、ここ10年ほどで事情が変わっていました。バッテリーで動き、片手で持てるサイズのデジタルX線装置が市販されるようになり、競馬場やアメリカンフットボールの試合会場、電気の乏しい地域の巡回診療などで普通に使われるようになっています。医療資格のないスタッフが短い訓練で操作している現場も少なくありません。「これをそのまま宇宙に持ち込めるのではないか」というのが、メイヨー・クリニックの航空宇宙医学の研究者 Sheyna Gifford 氏を中心とするチームの発想でした。チームは2022年に、無重力状態を短時間つくれる放物線飛行で同種の装置を試し、手のX線写真が撮れることをすでに確かめていました。次は本番の軌道上です。
市販の携帯X線装置を積んだFram2
Fram2 は起業家の Chun Wang 氏が出資した民間ミッションで、乗員は4人。2025年3月31日にスペースXのファルコン9で打ち上げられ、高度425〜450kmの極軌道――地球の北極と南極の上を通る軌道――を人を乗せた宇宙船として初めて飛び、4月4日に太平洋に着水しました。飛行時間は3日と14時間です。
積み込まれたのは、X線を出す本体(発生器)と、X線を受けて画像にする板状の検出器の2点です。どちらも米国のFDA(食品医薬品局)の認可を受けた市販品で、それぞれ販売元と製造元から借りたものを、ミッション終了後に返しています。発生器はワイヤレスで、検出器は1回の撮影で骨と軟部組織を分けて写せる方式のもの。宇宙船に積むにあたって、スペースX側が衝撃・振動・温度・真空・電磁干渉・バッテリーの短絡や過充電といった一連の適合試験を行い、すべて通しています。
訓練は合計4時間。まず装置メーカーの担当者がスペースXのスタッフに約2時間教え、そのスタッフが乗員に2回に分けて教えるという二段構えです。乗員4人のうち3人が研究に参加し、打ち上げ前に地上で手・前腕・腹部・骨盤・胸部の写真を一通り撮って、飛行中と同じ手順を体に入れました。参加した3人はいずれも医療の専門家ではありません。

打ち上げ翌日、乗員はまず「ファントム」と呼ばれる調整用の模型を撮りました。細かい網目や小さな円が並んだ板で、これを撮ればどれくらい細かいものまで写るかが分かります。同じ回にスマートウォッチも撮っています。機械の中身を分解せずに調べる「非破壊検査」の練習です。それから本命の手と前腕。ここまでを60分の作業時間の中で済ませました。打ち上げ3日目には、体の中心部にあたる腹部・骨盤・胸部を撮っています。撮った画像はその場で機内のコンピューターに送られ、乗員自身が「これは使える」「撮り直し」を判断しました。地上からのリアルタイムの指示はなく、手元の手順書だけで進めています。
放射線科医3人による地上での採点
帰還後、打ち上げ前に地上で撮った7枚と飛行中に撮った7枚を、研究にかかわっていない放射線科医3人が採点しました。どの写真が宇宙で撮ったものかは伏せたうえで、全体の画質・細かさ(空間分解能)・濃淡の見分けやすさ(コントラスト分解能)・位置決めの4項目を、1点(判読不能)から5点(優秀)で評価しています。3点以上が「診断に使える」というラインです。
結果は、画質・細かさ・濃淡の3項目で、地上と宇宙の写真に差がありませんでした。宇宙で撮った写真も平均4.8〜4.9点で、3人の評価者すべてがすべての写真に4点以上をつけています。ファントムの写真では1インチあたり80本の網目まで見え、スマートウォッチの写真では内部の部品が1mm以下の細かさで写っていました。撮った本人たちの感触も同じで、帰還2日後のアンケートでは3人とも「装置は扱いやすかった」「手順は分かりやすかった」と答えています。
この結果を受けて Gifford 氏は、診断に使えるX線写真を宇宙で撮ることは「誰にでもできる」と言い切っています。医療の素人3人が4時間の訓練で、しかもきわめて過酷な環境の中で、きちんとやり遂げたのだから、と。
無重力で手強かったのは位置合わせ
ただ、4項目のうち1つだけ、宇宙のほうが明らかに悪かったものがあります。位置決めです。手や前腕は地上と変わらず満点でしたが、胸部・腹部・骨盤といった体の中心部の写真では、地上の4.95点に対して宇宙では平均4.07点。統計的にも意味のある差でした。診断に使えないほどではないものの、ここが宇宙特有の難所だったことがはっきり出ています。
理由は単純で、何も固定されていなかったからです。地上のX線室では、被写体は台に乗り、発生器は天井や台から伸びたアームに固定されています。ところが Fram2 の機内では、発生器も検出器も乗員が手で持ち、ときどき船内の壁に押し当てて支える、という撮り方でした。専用のクランプや固定具はありません。撮る人も撮られる人も装置も、全部が浮いています。手や前腕なら検出器の上に載せて押さえれば済みますが、胸や骨盤となると、被写体・発生器・検出器の3つを一直線にそろえたまま静止させるのが難しくなります。

発生器から検出器までの距離も、地上の胸部撮影で標準とされる約180cmは船内では取れず、全部の撮影を130cmで統一しています。時間の制約もきつく、3日目の撮影では当初5枚ずつ撮る予定だったものが、位置合わせに手間取ったこともあって数を減らしました。研究に参加した3人のうち、実際に飛行中に撮影されたのは2人だけで、1人は自分の胸の写真を撮る時間がなかったとアンケートで書いています。乗員から出た改善要望も揃っていて、3人とも「発生器と検出器をしっかり固定できるクランプかベルクロが欲しい」という趣旨でした。
被ばく量と装置の帰還
放射線を出す装置を狭い船内で使うわけなので、被ばくの数字も見ておきます。撮影を受けた乗員1人あたりの装置による被ばくは、撮った枚数と部位によって0.3〜2.7ミリシーベルト。これは地上の病院で同じ検査を受けたときと変わらない範囲です。撮影中に船内に散る放射線を他の乗員が浴びた分はさらに小さく、1日目で0.0006ミリシーベルト、3日目で0.009ミリシーベルト程度と見積もられています。宇宙船に乗っているだけで受ける宇宙放射線のほうがはるかに大きく、ミッション全体の線量計の値は1.5ミリシーベルトでした。
ちなみに当初の計画では、帰還後に乗員自身がもう一度同じ写真を撮って前後比較をする予定でしたが、乗員側の希望で被ばくを増やさないことになり、帰還後の撮影は乗員ではない別の人が同じ手順で行っています。装置の性能確認としてはそれで足りますし、被ばくは少ないほうがいいという判断自体はもっともな話です。
装置のほうは、着水と回収のときに発生器の外側のガードが曲がり、X線の出口についていたプラスチックのレンズが割れました。ただ、中身への影響はなく、帰還後の撮影でも打ち上げ前と変わらない画像が得られています。検出器も目視と品質検査を通りました。宇宙用に補強したわけでもない市販品が、打ち上げから帰還まで一通り耐えたことになります。
市販品で足りたという事実の意味
この研究が示したことを一言で言えば、「宇宙用の特別なX線装置を作らなくても、いま売っているものでかなりのところまで行ける」です。装置は借り物で、打ち上げ費用と適合試験はスペースXが持ち、訓練は4時間。それで診断に使える写真が撮れた。宇宙に何かを持ち込むときの費用と手間を考えると、ここは大きいと思います。
用途は乗員の体だけではありません。Gifford 氏が強調しているのは、宇宙服や電子機器のような「中を見たいが分解できないもの」の点検です。宇宙服の内部には分解して確かめられない部品が詰まっていて、それを傷めずに調べる手段は、事実上X線しかありません。今回スマートウォッチの中身が1mm以下の細かさで写ったのは、その用途に向けた予行演習でもありました。将来的には、軌道上で不調になった衛星の中を撮る、月面探査車に積んで地面を調べる、といった使い方も考えられています。
もちろん、これで宇宙の医療が一気に変わる、という話ではありません。論文自身が挙げている限界も明確です。撮影できた枚数が少なく、撮り直しの余裕もなかったこと。写真を読んだのは地上の医師で、月や火星への長期ミッションではリアルタイムの遠隔読影が難しいこと。撮影されたのが健康な乗員だけで、痛みで動けない人や意識のない人を撮る手順はまだ何も確かめられていないこと。それから、装置と検出器の間に置けるサイズのものしか撮れないので、船体そのものの点検には使えないことです。次にやるべきことも、論文の中で具体的に書かれています。どんな宇宙船にも取り付けられる固定具、位置ずれを撮影直後に指摘してくれる補助ツール、そして装置のさらなる小型化と頑丈さです。
それでも、「宇宙で骨折したらどうするのか」という問いに、40年ぶりに具体的な選択肢が一つ増えたことは確かです。答えは意外と地味で、地上のスポーツ会場や巡回診療で使われている装置を、そのまま持って上がればよかった。研究チームは今後、小型化と頑丈さを高めた装置が将来のミッションの医療キットに入ることを目指していて、同じ技術は地上の医療が届きにくい地域にも返ってくるだろうと見ています。
出典
Gifford, S. E. et al. “SpaceXray: Feasibility and Diagnostic Capabilities of On-Orbit Medical Radiography.” Radiology, Vol. 320, No. 1 (2026年7月14日公開、オープンアクセスで無料で読めます)
https://doi.org/10.1148/radiol.260258
北米放射線学会(RSNA)のプレスリリース(2026年7月14日)
First Diagnostic X-Rays in Space Mark New Era for Astronaut Health
Universe Today の紹介記事(Matthew Williams、2026年9月23日)
First Diagnostic X-Rays in Space Mark New Era for Astronaut Health


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