脳を縮ませながら、鼻先だけを大きくしていた北海道のトガリネズミ

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北海道大学植物園の標本館に、オオアシトガリネズミの頭骨が136個体分しまわれています。1948年から1988年にかけて、北海道の苫小牧市で集められたものです。北海道大学と東洋大学の研究グループがこの標本を採集月ごとに並べ直して計測したところ、冬に採れた個体は、脳の入る部分がはっきり小さくなっていました。

頭骨が季節にあわせて縮み、また戻る。哺乳類としてはかなり異様なこの現象が、日本の種で詳しく確かめられたのは今回が初めてです。成果は2026年8月19日、英国王立協会の学術誌 Proceedings of the Royal Society B に掲載されました。

北海道大学植物園に収められた136個体

調べられたのはオオアシトガリネズミ(Sorex unguiculatus)という種です。名前に「ネズミ」とついていますが、ネズミの仲間(げっ歯類)ではありません。真無盲腸目(しんむもうちょうもく)トガリネズミ科という、モグラに近いグループです。以前は食虫目と呼ばれていた仲間で、分類の見直しにともなって現在の名前になりました。

体重は6〜19グラム、頭から胴までの長さが5〜10センチほど。日本のトガリネズミとしては最大種ですが、それでも手のひらに載る大きさです。北海道の森の落ち葉や腐葉土の層に浅いトンネルを掘り、ミミズや土の中の昆虫を食べて暮らしています。

この研究が博物館の標本を使ったのには理由があります。生きた野生個体を傷つけずに、頭骨の寸法を何度も測り直すことは事実上できない、と池田悠吾さんは説明しています。しかもこの種は寿命が2年に届きません。春から秋のあいだに生まれ、ひと冬を越して繁殖し、2度目の冬を迎える前にほとんどが死んでしまう。裏を返せば、各月の標本をそろえれば、一生分の変化がそのまま並ぶことになります。

研究グループは体重と頭骨の乾燥重量に加えて、頭骨の10項目と下顎の4項目を計測しました。さらに、頭骨を背面・側面・腹面の三方向から、下顎骨を側面から撮影し、幾何学的形態測定法という手法にかけています。骨の決まった位置に目印の点を打ち、その点どうしの位置関係から「形そのもの」の変化を数値で扱う方法です。大きさが増えたか減ったかだけでなく、どこがどう歪んだのかまで見えるようになります。

脳を削って冬を越す仕組み

この現象には名前がついています。1949年にポーランドの哺乳類学者アウグスト・デーネルが報告したので、デーネル現象と呼ばれます。ヨーロッパのトガリネズミで最初に記載され、その後いくつかのトガリネズミ類やイタチの仲間でも見つかりました。

なぜ縮むのか。省エネのためだと考えられています。トガリネズミ類は代謝がきわめて高く、飼育下では毎日、体重の半分を超える量の餌を食べます。それでいて冬眠をしません。餌が乏しくなる冬のあいだも、雪の下で動き続けなければならない。脳はエネルギーの消費が大きい器官なので、そこを小さくすれば消費を抑えられる、という理屈です。

ふつう哺乳類では、いったん縮んだ脳や骨が再び成長することはありません。だからこそこの現象は、寒冷地への特異な適応として注目されてきました。

ただし報告はヨーロッパと北米の一部に偏っていました。トガリネズミ類の種数がむしろ多い北東アジアでは、まとまった研究がほとんどありません。北海道には4種が同じ地域に暮らしていて、冬の厳しさも十分なのに、実態が分かっていなかったのです。そしてもうひとつ、これまでこの現象は「冬に頭骨や体が全体として小さくなること」だと理解されてきました。

今回の計測で、脳を収める脳函(のうかん)の高さが冬に大きく下がり、春に回復することが確認されました。デーネル現象のアジアでの確認は、これが初めてです。

逆向きに動いていた鼻先

ここまでなら、ヨーロッパで知られていたことが北海道でも起きていた、という話で終わります。おかしかったのは別の部位でした。

形の変化を幾何学的形態測定法で追うと、吻部(ふんぶ)——顔の前に突き出した鼻先の部分——だけが、脳函とは反対の動きをしていたのです。冬の個体の吻部は、春の個体に比べて高さで7%、幅で6%大きくなっていました。そして春になると、また小さくなる。

「データを解析していくうちに、何かがおかしいと気づいた」と池田さんは振り返っています。想定していた筋書きに、まったく当てはまらない動きでした。

数字だけ聞くと大きな変化に思えますが、実寸はごく小さなものです。冬の吻部の高さは2.43ミリ、幅は2.19ミリ。鉛筆の芯ほどの太さの中で起きている、7%と6%です。

つまりこの動物は、冬のあいだ頭骨を一様に縮めていたのではありませんでした。脳の入る部屋を削る一方で、鼻先だけは逆に太らせている。部位ごとに向きの違う「つくり変え」を、毎年やり直していたことになります。研究グループはこれを「逆デーネル現象」と名づけました。報告は世界で初めてです。

拡大の理由をめぐる三つの説

では、なぜ鼻先だけが大きくなるのか。ここは決着していません。論文が挙げている候補は三つです。

ひとつめは、噛む力を強めるため。吻部が大きくなれば咬合力が上がり、冬でも硬い獲物を食べられるようになる、という考え方です。ただし、もしそうなら下顎の形にも対応する変化が出るはずなのに、そちらには同じような変化が見られませんでした。この説を支える直接の証拠は乏しい、と論文は書いています。

ふたつめは、嗅覚を強めるため。北海道の冬は雪が深く、餌は雪と土の下にあります。においを頼りに探すなら、感度は高いほうがいい。ただし、においを受け取る組織そのものが冬に大きくなっているかどうかは、まだ確かめられていません。

三つめが、いまの証拠のもとでは最も妥当だとされている説です。鼻腔(びくう)を広げれば、そのぶん血管を張りめぐらせる余地が増える。凍える空気を吸い込んだとき、その血管網で温めてから奥へ送り込める——という筋書きです。池田さんは、こうして温められた空気が、冬に縮んだデリケートな脳に届くことで、認知機能を保つのに役立っているのではないか、と説明しています。

この三つめが正しければ、ふたつの動きがひとつの話につながります。脳を削るのは、冬にかけるエネルギーを減らすため。鼻を膨らませるのは、その削った脳を冷たい空気から守るため。削ることと足すことが、同じ目的のために同時に起きていたことになります。

もっとも、これはまだ仮説です。プレスリリースでも、冬の縮小と拡大が実際にどんな機能を持つのかの検証は今後の課題として挙げられています。北海道には残り3種のトガリネズミが暮らしているので、種間で比べれば、どんな条件でこの現象が強く出るのかも見えてくるはずです。北米やユーラシア大陸北部との比較も、次の一手として想定されています。

研究グループはもうひとつ、別方向の広がりにも触れています。脳や骨が季節に応じて縮み、また元に戻る仕組みが分かれば、脳の可塑性——構造が変わりうる性質——の研究にも手がかりを与えうる、という見立てです。

解釈上の留意点

いくつか、押さえておいたほうがいい点があります。

まず、鼻先が大きくなる理由は「分かった」わけではありません。三つの仮説はいずれも検証されておらず、三つめが最も妥当とされているのも、現時点の証拠と照らしたうえでの評価です。

次に、この研究は別々の個体を季節ごとに比べたものです。同じ1匹を追いかけて、その鼻が季節で伸び縮みするのを見届けたわけではありません。デーネル現象そのものについては、ヨーロッパのトガリネズミで同一個体を追跡した報告がすでにありますが、今回の吻部の変化については、そこまでの確認は取れていません。

また、使われた標本は数十年前に苫小牧市で集められたものです。現在の個体群がまったく同じ振る舞いをしているかは分かりませんし、気候変動との関係もこの研究の対象外です。

出典

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