届くはずのない光子が届いていた——史上最強のガンマ線バーストが物理学に残した1個の謎

スポンサーリンク

2022年10月9日、観測史上もっとも明るいガンマ線バーストが地球に届きました。GRB 221009A と名づけられたこの爆発は、あまりの強さに地球の上層大気を電離させたほどで、研究者のあいだでは「史上最強(Brightest Of All Time)」の頭文字をとって BOAT と呼ばれています。

この爆発から届いた光の中に、1個だけ、どう考えても来られないはずの光子が混じっていました。

エネルギーは300テラ電子ボルト。目に見える光の光子にくらべて、およそ100兆倍のエネルギーを持っています。発生源までの距離はおよそ20億光年。物理学の教科書どおりに計算すると、こんな光子が20億光年を旅して地球に届く確率は、ゼロと言ってしまってかまわないほど小さい。それが届いた。

2026年に物理学の専門誌 Physical Review Letters に載った論文は、この「届くはずのないもの」に説明をつけようとしています。提案されている答えは、いまの物理学の標準的な枠組みの外側にあるものです。

ロシアの観測所がとらえた1個の光子

ガンマ線バーストは、大質量星が崩壊したり、中性子星どうしが衝突したりしたときに起きる、宇宙でもっとも激しい爆発のひとつです。GRB 221009A は、NASA のスウィフト衛星やフェルミ衛星が最初にとらえ、その後、世界中の観測装置が一斉にこの方向を向きました。

中国の LHAASO(ラーソ、高高度宇宙線観測所)は、爆発直後の2000秒のあいだに5000個を超える高エネルギー光子を記録し、そのうち8個は10テラ電子ボルトを超えていました。これだけでも、後で説明するように「多すぎる」数です。

ところが、それをはるかに上回るものが別の場所で見つかっていました。ロシア・コーカサス地方のバクサン観測所にある Carpet(カーペット)という装置です。Carpet は、宇宙から飛んできた粒子が大気にぶつかって生む粒子のシャワーを地上でとらえる装置で、爆発から4536秒後、つまり1時間あまりたってから、GRB 221009A の方向から飛んできた1個の光子らしい信号を記録していました。

最初の速報では約251テラ電子ボルトとされていましたが、装置全体のデータを使った解析が2025年にまとまり、エネルギーは300テラ電子ボルト(誤差はプラス43、マイナス38)と見積もられました。方向と時刻の両方が偶然一致する確率は1パーセント弱、宇宙線の陽子などを光子と見間違えた確率は数千分の1と報告されています。1個の信号なので「光子らしい」という留保はつきますが、Carpet の研究チームは本物の光子とみています。

なお、LHAASO がこの光子を見ていないのは、光子が飛んできた方向が LHAASO の視野のはしにあたっていたためで、メキシコの HAWC 観測所からは地平線の下だった、と説明されています。

なぜ「届くはずがない」のか

上の図のように、宇宙空間は完全な真空ではありません。宇宙が生まれて間もないころに放たれた光が、いまも宇宙全体に薄く満ちています。宇宙マイクロ波背景放射(CMB)と呼ばれるもので、1立方センチメートルあたり400個ほどの光子が、どの方向にも飛び交っています。

ふつうの光にとって、この背景放射は何の障害にもなりません。光子どうしはぶつからずにすり抜けます。ところが、片方の光子のエネルギーが極端に高くなると話が変わります。高エネルギーの光子と背景放射の光子がぶつかると、2つの光子が消えて、電子と陽電子(電子の反粒子)のペアに姿を変えてしまうのです。アインシュタインの E = mc² が示すとおり、十分なエネルギーがあれば光は物質に変わります。

この「光子が消える」反応が起きるかどうかは、2つの光子のエネルギーの組み合わせで決まります。数十テラ電子ボルトくらいまでの光子なら、おもにぶつかる相手は銀河が放ってきた赤外線や可視光(背景光)で、こちらは密度が低いのでまだ生き残る余地があります。しかし300テラ電子ボルトともなると、相手はいたるところに満ちている宇宙マイクロ波背景放射そのものになります。逃げ場がありません。

論文の著者たちは、既知の物理だけで計算した場合、Carpet がこの光子を1個でも受け取る期待値は10のマイナス96乗個、と書いています。1の前に0が96個並ぶ数で割った程度、という意味です。爆発源から放たれた光子の数を多少多めに見積もっても、この差はまったく埋まりません。

LHAASO の10テラ電子ボルト超の光子8個も、程度は違いますが同じ問題を抱えていました。20億光年先から10テラ電子ボルトの光子が届くこと自体、背景光の吸収を考えると相当に苦しいのです。

これまでの切り札では100倍足りない

ここで登場するのが、アクシオン様粒子(ALP)です。

アクシオン様粒子は、まだ見つかっていない仮説上の粒子で、暗黒物質の有力候補のひとつでもあります。質量がきわめて小さく、電気を帯びず、ふだんは何とも反応しません。ただし一つだけ変わった性質があって、磁場の中を通るとき、光子と入れ替わることができるとされています。光子がアクシオン様粒子に変わり、しばらく進んでから、また光子に戻る。素粒子物理でよく知られたニュートリノ振動と似た仕組みです。

アクシオン様粒子の姿でいるあいだ、その粒子は宇宙マイクロ波背景放射とも背景光ともぶつかりません。つまり、光子は旅の途中でしばらく「透明」になれる。これが、遠くの天体から届く高エネルギー光子の説明として、以前から提案されてきたアイデアでした。

実はこの論文の著者、イタリア国立天体物理学研究所(INAF)のジョルジオ・ガランティ氏とイタリア国立核物理学研究所(INFN)のマルコ・ロンカデッリ氏は、2023年の時点で、LHAASO の10テラ電子ボルト超の光子をアクシオン様粒子で説明する論文を出しています。そのときの計算では、ローレンツ不変性の破れ(後述)ではこの光子たちを説明できず、アクシオン様粒子が必要だ、という結論でした。

では、同じアクシオン様粒子で300テラ電子ボルトの光子も説明できるか。2人は今回、その計算をやり直しました。答えは「できない」でした。LHAASO の光子を説明できる範囲の性質をもつアクシオン様粒子を使うと、Carpet が受け取る光子の期待値はせいぜい1万分の1個。観測を統計的に「あり得た」と言うには、20分の1個程度は必要です。およそ100倍、届きません。

ガランティ氏は、Carpet の新しいデータを見て、これまで提案されていた説明では足りないと分かった、と語っています。式に場当たりな補正を加えるのではなく、観測を一貫して説明できる理論の枠組みを探した、と。

もうひとつの仮説、ローレンツ不変性の破れ

2人がたどり着いたのは、ローレンツ不変性の破れ、と呼ばれる考え方です。

ローレンツ不変性は、アインシュタインの特殊相対性理論の土台になっている性質で、簡単に言えば「光の速さは、光のエネルギーによらず一定である」というルールです。ふだんの物理学では、これは破れないものとして扱います。

ただし、重力を量子力学で記述しようとする理論の一部では、途方もなく高いエネルギーの領域で、この性質がわずかにゆらぐと予想されています。時空そのものが、極端に小さな尺度では泡のようにゆらいでいるかもしれない、という考えです。そのゆらぎの名残として、光子の速さがエネルギーによってほんのわずかに変わる可能性が指摘されてきました。

この効果が実在すると、光子と背景放射の光子がぶつかって消える反応の条件がずれます。300テラ電子ボルトの光子がぶつかれる相手は、宇宙マイクロ波背景放射の中でも特に高いエネルギーを持つ光子だけになり、そうした光子は数が少ないので、宇宙は高エネルギー光にとって「透明」に近づきます。著者たちの表現を借りれば、高エネルギーの光子だけが通れる追い越し車線のようなものです。

計算の結果、ローレンツ不変性がある特定のエネルギー尺度(プランクエネルギーと呼ばれる量子重力の目安より数桁小さい値)以下で破れていれば、Carpet の光子は「届いてもおかしくない」ものになりました。しかも、この値は、これまでに他の観測から出されている制限とも矛盾していません。

2つの仮説を1つの枠に収める

ただし、ローレンツ不変性の破れだけでは、今度は LHAASO の10テラ電子ボルト超の光子が説明できません。あちらはアクシオン様粒子が必要でした。

そこで2人は、アクシオン様粒子とローレンツ不変性の破れが同時に存在する枠組みを組み立てました。この2つは、これまで別々の研究として発展してきたもので、両方を一つの計算に入れて矛盾なく成り立つかを確かめたのは今回が初めてだ、とロンカデッリ氏は述べています。

論文によれば、光子とアクシオン様粒子が同じ程度にローレンツ不変性を破る、という条件を置けば、両者の入れ替わりは影響を受けず、10テラ電子ボルト級の光子はアクシオン様粒子で、300テラ電子ボルトの光子はローレンツ不変性の破れで、それぞれ説明がつきます。GRB 221009A の高エネルギー光子をまとめて説明する筋書きができた、というわけです。

上の図は、この2つの仕組みを並べたものです。左は光子が磁場の中でアクシオン様粒子に姿を変えて背景放射をすり抜ける様子、右はローレンツ不変性の破れによって、ぶつかれる相手が減った光子が通り抜ける様子を示しています。

1時間の遅れも同じ枠組みで説明できる

この筋書きには、もう一つ都合のよい点があります。

Carpet の光子は、LHAASO がとらえた光子群より1時間あまり遅れて到着していました。ローレンツ不変性が破れていると、光子の速さがエネルギーによってわずかに変わります。20億光年という距離を進むあいだにその差が積み重なり、高いエネルギーの光子ほど遅れて着く、ということが起こりえます。

実際、別の研究者(ドミトリー・オフェンゲイム氏とツヴィ・ピラン氏)が2025年に発表した論文では、この1時間あまりの遅れがローレンツ不変性の破れで説明できるとされ、そのときに必要なエネルギー尺度が計算されています。今回の論文がはじき出した上限値は、その値と食い違いません。「届いたこと」と「遅れたこと」の両方が、同じ一つの仮説でつじつまが合う。著者たちはこの点を「そそられる一致」と表現しています。

まだ1個の光子の話であること

ここまでの話は、きれいにつながっているように見えます。ただ、いくつかの点は押さえておく必要があります。

まず、これはたった1個の信号にもとづく議論です。Carpet の解析はていねいに行われていますが、1個は1個です。同じような事象が別のガンマ線バーストで、別の装置でも見つかってはじめて、「届くはずのないものが届く」ことが確かめられます。

次に、この解釈に対しては反論もあります。別の研究グループは、LHAASO と Carpet のデータを合わせて解析し直したうえで、今回の説明に必要なローレンツ不変性の破れの大きさは、地上の大気中で粒子シャワーがどう発達するかという別の観測から否定される、と主張しています(こちらは査読前のプレプリントです)。この種の制限が本当に当てはまるかどうかについては、今回の論文の著者たちも補足資料で自分たちの見解を述べていて、議論は続いています。

そして、既知の物理だけで説明する試みも消えたわけではありません。爆発源から飛び出した陽子や中性子が、地球の近くまで来てから光子を生む、というアイデアが提案されています。今回の論文はそれらについても検討し、GRB 221009A の実際の環境ではうまくいかないと結論していますが、こうした「地味な説明」の可能性を完全に閉じるには、まだ観測が足りません。

著者たち自身も、論文の末尾で、この結果は今後の観測による確認が必要だと明記しています。2つの手がかりが本物の発見かどうかは、時間が教えてくれるだろう、と。

もし本物なら、話は大きくなります。ローレンツ不変性の破れは、量子重力の効果が観測にかかった最初の例になるからです。地球上のどんな加速器でも届かないエネルギーの物理を、宇宙のかなたの爆発が代わりに実験してくれていることになります。ロンカデッリ氏の言葉を借りれば、宇宙そのものが量子重力の実験室になる。

来られないはずのものが来た。その1個の光子が、ただの見間違いだったのか、それとも物理学の教科書に新しい章を書き足す最初の一文だったのかは、次のガンマ線バーストを待つほかありません。

参考

G. Galanti, M. Roncadelli, “Lorentz-Violating Scenarios for the Highest-Energy Photons from GRB 221009A,” Physical Review Letters (2026)
https://doi.org/10.1103/zjh2-mc47
無料で読めるプレプリント版:https://arxiv.org/abs/2504.01830

Carpet-3 による300テラ電子ボルト事象の報告:D. D. Dzhappuev et al., Physical Review D 111, 102005 (2025)

ScienceAlert “Physicists Detect a 300 TeV Photon That Should Never Have Reached Earth”(2026年9月24日)
https://www.sciencealert.com/physicists-detect-a-300-tev-photon-that-should-never-have-reached-earth

コメント

タイトルとURLをコピーしました