セマグルチド(オゼンピック・ウゴービ)やチルゼパチド(マンジャロ・ゼップバウンド)といった「やせ薬」は、使った人の多くで体重がはっきり落ちます。2024年にJAMAに載ったチルゼパチドの試験では、平均で体重のおよそ4分の1が減っていました。ところが、同じ薬を同じように使っても、ほとんど減らない、あるいはまったく減らないという人が10〜15%います。なぜその人たちには効かないのか。これが、いまも分かっていません。
2026年9月24日にNatureのニュースがこの問いを取り上げていて、研究の現在地がまとまっていました。新しい論文が1本出たという話ではなく、「ここまで分かった、ここから先は分かっていない」を整理した記事です。効いた人の話はすでにあちこちで読めるので、ここでは効かなかった人の側から見ていきます。
効き方の個人差が研究の優先課題に
GLP-1受容体作動薬は、食事をとると腸から出るGLP-1というホルモンの働きをまねる薬です。脳に働いて食欲を抑え、胃の動きをゆっくりにし、血糖も下げます。肥満と2型糖尿病の治療薬として広まったのは、この食欲を抑える力が強いからです。
その薬の開発に関わってきたトロント大学の内分泌学者ダニエル・ドラッカー氏は、Natureの取材に「反応にはとてつもないばらつきがあり、その理由を私たちは本当に理解していない」と話しています。薬を作った側の人がこう言うくらいなので、単純な話ではないのでしょう。
ばらつきの原因が分かれば、いまの薬が効かない人向けの新しい薬を作れるかもしれませんし、その人に合った薬を最初から選べるようになるかもしれません。米国内分泌学会(The Endocrine Society)はこの問題を分野の優先課題に挙げていて、性別、遺伝、行動のちがいなど、いくつもの方向から調べる動きが出ています。ただし同じ学会が2026年9月に出した声明では、肥満治療で個人に合わせた「精密医療」はまだ「おおむね願望の段階」とされています。研究は始まったばかり、という位置づけです。

女性のほうが落ちる、ホルモン補充療法を受けている人はさらに落ちる
そのなかで、すでにデータが積み上がっている手がかりが一つあります。性別です。
臨床試験のデータでも、実際に処方された人たちの記録(リアルワールドデータ)でも、女性のほうが男性より体重がよく落ちるという結果が一貫して出ています。2025年にJournal of Diabetesに載った試験データの分析、2026年にObesityに載った実臨床の分析、どちらも同じ方向でした。
さらに踏み込んだのが、メイヨー・クリニックのグループが2024年にMenopause誌に出した研究です。セマグルチドを使っている閉経後の女性106人の診療記録を調べたところ、ホルモン補充療法(閉経で減ったエストロゲンなどを補う治療)を受けていた16人は、12か月で平均16%の体重が減っていました。受けていなかった90人は12%です。人数は少ないものの、途中のどの時点で比べても補充療法を受けていた人のほうが減り幅が大きく、偶然とは考えにくい差でした。
同じグループは2026年に、チルゼパチドでも同じことを調べています。こちらは120人の記録で、ホルモン補充療法を併用していた人のほうが12か月で約35%多く体重が落ちていました。薬が変わっても、ホルモン補充療法との組み合わせで結果が上向く、という傾向は同じです。
エストロゲンはGLP-1と同じ脳の場所に効いている
ここで浮かび上がってくるのが、エストロゲンです。ホルモン補充療法で補われる女性ホルモンで、閉経後は体の中で作られる量が大きく減ります。ドラッカー氏は、エストロゲンがやせ薬の効果を高めている可能性があると見ています。分子レベルの仕組みはまだ分からないとしつつ、そこは解明できるという手応えを語っています。
根拠になるのは動物実験です。2024年にEndocrinology誌に載った研究では、エストロゲン自体に摂食を減らす作用があり、しかもGLP-1が働くのと同じ脳の領域に作用することが示されています。別の研究では、GLP-1とエストロゲンを組み合わせると、それぞれ単独のときの足し算を超えて体重が落ちる、つまり相乗効果があることも報告されています。
つまりこういう見立てになります。GLP-1受容体作動薬は脳の食欲の回路に働きかける薬で、エストロゲンも同じ回路に働く。閉経後でエストロゲンが減った状態だと、その回路への働きかけが薬だけになって効きが鈍る。ホルモン補充療法でエストロゲンを戻すと、薬が本来の力を出す。効く・効かないの差は薬の側ではなく、薬を受け取る体の側のホルモン環境にあるのではないか、という筋書きです。

ただ、これはあくまで仮説の段階です。メイヨーの2つの研究はどちらも過去の診療記録を見返した観察研究で、くじ引きで割り付けて比べる無作為化試験ではありません。ホルモン補充療法を受けている人は、ほてりや寝苦しさが軽くなって生活習慣を整えやすい、といった別の理由で体重が落ちている可能性も残ります。研究者自身もそこは指摘しています。また、この説明は閉経後の女性にしか当てはまらないので、男性の効かない10〜15%や、若い女性の効かない人については、まだ何も言えていません。
遺伝の影響は「まともなデータがほとんどない」
性別・ホルモンの次に有力な候補は遺伝ですが、こちらはさらに手前の段階です。
コペンハーゲン大学で遺伝疫学を専門にするルース・ルース氏は、肥満そのものの遺伝については多くのことが分かっている一方で、やせ薬への反応に遺伝がどう関わるかについては「良いデータがほとんどない」と話しています。太りやすさに関わる遺伝子はこの十数年で大量に見つかっていますが、「この遺伝子を持つ人にはこの薬が効きにくい」と言えるほどの研究はまだ積み上がっていない、ということです。
薬の効き方の遺伝を調べるには、薬を実際に使った大勢の人の遺伝情報と体重の推移をセットで集める必要があります。これらの薬が広く使われるようになったのはここ数年なので、データがそろうのはこれからです。
分かっていること、分かっていないこと
整理すると、こうなります。
分かっているのは、10〜15%の人にはほとんど効かないこと。女性のほうがよく落ちること。閉経後の女性では、ホルモン補充療法を受けている人のほうが減り幅が大きいこと。動物では、エストロゲンがGLP-1と同じ脳の領域に働き、組み合わせると相乗効果があること。
分かっていないのは、効かない人の体の中で何が起きているのか、その仕組みそのもの。エストロゲンが人でも本当に薬の効きを左右しているのか。遺伝がどれだけ関わるのか。そして、男性や閉経前の女性で効かない人の理由です。
いま効いていない人にとって、この記事の内容がすぐ何かの答えになるわけではありません。ホルモン補充療法を体重のために始めるべきだと言える段階でもなく、研究者もそこは慎重です。ただ、「効かないのはやり方が悪いから」ではなく、まだ解明されていない体側の要因がある、という見方が研究者の間で共有され、優先課題として調べられている。その現在地を知っておくだけでも、薬との付き合い方は少し変わるように思います。薬の効きが悪いと感じているなら、量ややめどきを自分で判断せず、処方している医師に相談してください。
出典
体重の約4分の1が減った試験:Aronne et al., JAMA 331, 38–48 (2024)
性差の分析:Yang et al., Journal of Diabetes 17, e70063 (2025)
閉経後女性とホルモン補充療法(セマグルチド):Hurtado et al., Menopause 31, 266–274 (2024)
閉経後女性とホルモン補充療法(チルゼパチド):米国内分泌学会による研究紹介(2026年1月29日)
米国内分泌学会の声明:The Endocrine Society, Scientific Statement on Obesity(2026年9月)


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