チリ北部のアタカマ砂漠は、世界でいちばん乾いた場所として知られています。雨はほとんど降らず、わずかな水分は太平洋から流れ込む霧が運んでくるだけ。場所によっては、まとまった雨が数十年単位で記録されていない地域もあります。
そのアタカマから、カピバラの歯が出てきました。
カピバラは、世界最大のネズミの仲間です。日本では温泉に浸かる姿でおなじみですが、本来の暮らしは水辺そのものです。川や湿地のそばで水草や岸辺の草を食べ、危険を感じれば水に飛び込み、川づたいに群れで移動します。水がないところでは生きていけません。南米大陸のほぼ全ての国に分布しているのに、チリにだけいないのは、アンデス山脈という壁に加えて、そもそも水辺がないからです。
その水辺の動物の化石が、なぜ世界一乾いた砂漠から出たのか。2026年9月に学術誌 Scientific Reports で発表された論文が、この一本の歯から当時の風景を復元しています。
歯一本が語る880万年前の風景
見つかったのは、カピバラの左の上あごの、いちばん奥の大臼歯の一部です。長さは約17ミリ。現生のカピバラではなく、絶滅した近縁のカルディアテリウム属(Cardiatherium)のものと判定されました。カピバラの仲間の化石としては、チリで最古の記録です。

出土地は、アタカマ砂漠南部の海沿いの町カルデラの近くにある、バイア・イングレサ層という地層です。ここは世界最大級のクジラ化石の密集地「セロ・バジェナ(クジラの丘)」がある地層でもあり、古生物学者にはよく知られた場所です。歯が埋まっていた砂岩は、1000万年前から700万年前ごろに浅い海の底に積もったもので、歯そのものの年代は約880万年前、地質年代でいえば中新世(ちゅうしんせい)の後期にあたります。
ここで研究チームが注目したのは、歯そのものより「同じ地層から他に何が出ているか」でした。
まず、淡水魚の化石。それからガビアル類のワニの化石。ガビアルは細長い口をした魚食性のワニで、川や湖のような淡水域に暮らします。海の堆積物の中に淡水の生き物が混ざっているということは、すぐ近くに川が海へ注いでいたことを示します。
さらに、プラントオパールと呼ばれる微小なガラス質の粒も見つかっています。これは植物が根から吸い上げたケイ酸が細胞の中で固まったもので、植物が枯れて土に還ったあとも残り、形を調べれば、どんな植物だったかが分かります。この地層のプラントオパールは、ヤシと、被子植物(花を咲かせる植物)の存在を示していました。今のアタカマにヤシは生えません。
加えて、土の中にできた炭酸塩の安定同位体の分析からは、当時の植生が「C3植物」と呼ばれる、比較的湿った環境を好む種類のグループで占められていたことも読み取れました。
水辺の草食動物、淡水の魚とワニ、ヤシの林、湿った土地の植物。ばらばらに見ると偶然で済ませられそうな証拠が、一か所にそろっています。研究チームはこれらを合わせて、880万年前のアタカマ南部には、年間を通して水が絶えない川と湿地が広がり、カピバラの群れを長期間養えるだけの生態系があった、と結論づけています。

上の画像は想像図です。論文には画家Mauricio Alvarez氏による復元画が添えられており、記事末尾の出典リンクから見られます。
短い脚でアンデスを越えられたのか
ここまでで「昔のアタカマは湿っていた」という話は成り立ちます。ところが、そうすると別の問題が出てきます。カピバラは、そもそもどうやってそこまで来たのか、です。
現在のカピバラの分布は、アンデス山脈の東側に限られています。ベネズエラやコロンビアからアルゼンチン北東部やウルグアイまで、アマゾン川流域を中心にした広大な低地です。一方、今回の化石が出たアタカマは、アンデスの西側、太平洋岸です。
その間に立ちはだかるアンデスは、880万年前の時点ですでに標高5000メートル級の壁として存在していたと考えられています。しかも中央アンデスの高原地帯は、高いだけでなく極端に乾いています。責任著者のプリシラ・マルティネス氏(アリゾナ大学)は、短い脚の齧歯類(げっしるい)がこれをどうやって越えたのか、と率直に疑問を投げています。
研究チームが出した答えは、「越えていない」です。
論文では二つの経路が検討されています。一つはアンデスを横切る回廊が当時あった可能性。もう一つは、南米大陸の北側を大きく回り込む経路です。アマゾン流域の湿地から、今のベネズエラ、コロンビア、エクアドル、ペルーの低地を通って太平洋岸に抜け、海沿いを南下してチリ北部に至るルートです。チームはこの北回りの筋を有力視しています。
どちらの経路にしても、意味することは同じです。カピバラが歩いて来られたということは、出発点から到着点まで、水辺が途切れずにつながっていたということです。大陸の東の湿地と西の海岸が、川や湿地のネットワークで一続きになっていた。一本の歯が示しているのは、アタカマの一地点が湿っていたという話にとどまらず、南米大陸の水の巡りが、今とはまるで違う規模でつながっていたという話なのです。
「4000万年前から砂漠」という前提
アタカマ砂漠については、長いあいだ「4000万年前ごろから乾き続けている、地球で最も古い砂漠の一つ」という見方が定説とされてきました。教科書的な説明として広く受け入れられており、共著者のマーク・クレメンツ氏(ワイオミング大学)によれば、乾燥期以外の時代をうかがわせる化石が他に出ていても、この見方に正面から異を唱える研究はほとんどなかったといいます。
今回の発見は、その前提に穴を開けます。少なくとも南部の海岸寄りの地域では、880万年前に湿った時代があった。4000万年間ずっと乾いていたわけではない、ということになります。
ただし、この話は慎重に受け取る必要があります。まず、証拠となる歯は一本だけです。その一本が、地元の化石愛好家から博物館に寄贈されたものだったという経緯もあり、研究チームも「奇跡的」と表現しています。さらに、今回の発見はアタカマの南端に近い海岸の話であって、砂漠の中心部にあたる超乾燥地帯とは別です。中心部については、逆にもっと古い時代から乾いていたとする研究も同じ年に発表されています。「アタカマ全体がいつ、どのくらい乾いていたのか」は、地域ごとに分けて考える必要がある問題として、これから議論が続いていくところです。
砂漠の過去を知ることの意味
今のアタカマにカピバラはいません。880万年前に水辺で暮らしていた群れは、その後の乾燥化とともに姿を消したはずです。あの復元画の中で川に浮かんでいたガビアルも、岸辺のヤシも、今は砂と塩の平原の下です。
マルティネス氏は、砂漠が気候変動にとても敏感な場所であることを指摘しています。年ごとのモンスーンの強弱ひとつで様子が変わる。だからこそ、人間が関わっていなかった時代に砂漠がどう変わったかを知ることが、これから人間の影響を含めて気候がどう動くかを考えるための基準になる、というのがチームの見立てです。
世界一乾いた砂漠の砂岩に埋まっていた、一本の歯。それが引っ張り出してきたのは、大陸規模で水がつながっていた、まったく別の南米の姿でした。
出典
Gutstein, C.S., Martinez, P.R., Carrapa, B. ほか (2026). Late Miocene capybara in the Atacama Desert reveals a wetter climate and a transcontinental dispersal pathway. Scientific Reports.(オープンアクセス)
https://doi.org/10.1038/s41598-026-67368-2
University of Arizona News(2026年9月16日、Daniel Stolte)
Capybaras in the desert? Fossil casts doubt on Atacama as world’s oldest continuously dry region
ScienceAlert(2026年9月25日、Jess Cockerill)
Water-Loving Capybaras Lived in The Atacama Desert 8.8 Million Years Ago


コメント