長崎県の対馬にだけ暮らすツシマヤマネコに、尾の長さがふつうの半分ほどしかない個体が見つかりました。撮影された写真だけ見れば、飼い猫と交じった雑種ではないかと疑いたくなる姿です。ところが全ゲノムを読んでみると、そう単純な話ではありませんでした。交雑の証拠は出ず、代わりに別の重い数字が浮かび上がっています。
対馬で見つかった短い尾のヤマネコ
ツシマヤマネコは、大陸のアムールヤマネコと同じ系統に属する野生のネコ科動物で、日本では対馬にしかいません。環境省のレッドリストでは絶滅危惧IA類、つまり「ごく近い将来に野生での絶滅の危険性が極めて高い」と評価される区分に入っています。環境省の最新の調査によると、島の北側にあたる上島(かみじま)に定住しているのは推定方法によって約90頭または約100頭、南側の下島(しもじま)では少なくとも17頭が確認されているにすぎません。
環境省などが2024年から2025年にかけて行った調査で、尾に異常のあるツシマヤマネコが島内の複数の地点で少なくとも3頭確認されました。このうち1頭を環境省が捕獲してレントゲンを撮ったところ、尾の長さは104ミリ。オスの成獣ならふつう245ミリ前後ある尾が、およそ半分しかありませんでした。尾の骨は9〜10番目の尾椎(びつい)あたりから先がはっきり写らず、けがで失ったというより、もともとそこまでしか伸びていない形でした。検査後、この個体は野外に戻されています。

まず疑われた飼い猫との交雑
短い尾やカギ形に曲がった尾は、飼い猫ではめずらしくありません。ジャパニーズボブテイルやマンクスといった品種はまさにその特徴で知られていて、原因となる遺伝子もTBXTやHES7など、いくつかが特定されています。どちらも体の軸、つまり背骨がつくられる過程にかかわる遺伝子です。
そして対馬には飼い猫もいます。ヤマネコと飼い猫のあいだで子が生まれることは、実際に起こりえます。飼い猫の品種「ベンガル」は、ツシマヤマネコの仲間であるベンガルヤマネコと飼い猫を掛け合わせて作られた品種だからです。飼い猫の遺伝子が野生のヤマネコの集団に入り込んでいくことを遺伝子浸透(いでんししんとう)と呼び、感染症とならんで、ツシマヤマネコ保全の大きな懸念事項とされてきました。
短い尾の個体が見つかったとき、真っ先に交雑が疑われたのは自然な流れです。ただ、見た目だけでは判断がつきません。飼い猫との交雑なのか、野生の集団のなかで起きた変異なのか、生まれつきの発生の異常なのか、あるいはけがなのか。しかもこの判断は、その個体を野に戻してよいか、飼育下での繁殖に加えるかといった、やり直しのきかない決定に直結します。そこで麻布大学とアニコム先進医療研究所の松本悠貴さんを中心に、環境省対馬野生生物保護センター、京都大学野生動物研究センター、京都市動物園などが共同で、ゲノムを丸ごと読んで調べることになりました。
全ゲノム解析の結果
調べたのは短尾の1頭だけではありません。比較のために、ほかのツシマヤマネコ15頭、対馬に住む飼い猫5頭、大陸のアムールヤマネコ4頭を加えた計25頭のゲノムを読み、個体ごとにDNAの文字が1つ違う場所(一塩基多型、SNP)を380万か所比べました。
結果は明快でした。遺伝的な近さを平面上に並べる主成分分析では、短尾の個体はツシマヤマネコの集団のど真ん中に位置し、飼い猫との中間に寄ることはありませんでした。それぞれのゲノムがどの集団にどれくらい由来するかを推定する解析でも、交雑を検出するための別の手法でも、近年に飼い猫と交じった痕跡は出てきません。母親からだけ受け継がれるミトコンドリアDNAも、ほかのツシマヤマネコと同じ型でした。念のため調べたほかの15頭についても、結論は同じです。
飼い猫の短尾の原因として知られるTBXTとHES7についても確認されましたが、機能に影響するような変異は見つかりませんでした。飼い猫で分かっている仕組みでは、この個体の尾を説明できないということです。
交雑ではないと分かって残ったもの
ここまでなら「疑いは晴れた」で終わる話です。ところがゲノムには、もうひとつ別のことが書かれていました。
研究チームは、ゲノムのなかで父親由来と母親由来の配列が同じになっている領域の割合から、近親交配の度合いを示す近交係数(きんこうけいすう)を計算しました。値が高いほど、血縁の近い個体どうしの繁殖が重なってきたことを意味します。飼い猫の平均は0.126、大陸のアムールヤマネコは0.172。それに対してツシマヤマネコは平均0.585。飼い猫の4倍を超える、きわめて高い値でした。
では短尾の個体は特別だったのかというと、その近交係数は0.587で、ほかのツシマヤマネコとほぼ同じです。つまり、この1頭だけがとりわけ濃い近親交配の産物だったわけではありません。短い尾を近親交配で説明しようにも、島のヤマネコは全員が同じくらい近親交配が進んでいる、という状況です。
この構図には前例があります。アメリカのフロリダパンサーです。フロリダ州南部に取り残されたピューマの集団は、個体数と遺伝的多様性が大きく減ったあと、尾の折れ曲がりのような特徴が高い頻度で現れるようになりました。尾の異常は近交弱勢、つまり近親交配が積み重なって体の不具合が出やすくなる現象のサインとして扱われ、別の地域からピューマを導入して遺伝的な多様性を補う「遺伝的救済」が行われたのちに、その頻度が下がったことが報告されています。
ツシマヤマネコの短い尾がフロリダと同じ性質のものだと決まったわけではありません。研究チームも、原因は未解明だと明記しています。複数の地点で尾の異常が見つかっていることから、生まれつきの要因、発生上の要因が候補に挙がる一方で、カメラの写真だけでは異常の程度が分からず、捕獲した1頭以外については外傷の可能性も否定できていません。それでも、ベンガルヤマネコ属で短尾の個体が記載されたのはこれが初めてで、小さく孤立した集団で体の異常が出始めたときに記録を残して注視することの意味は、フロリダの例が示しています。
見た目で判断しないということ
今回の研究の一番の教訓は、外見だけを根拠に保全上の判断をする危うさが、具体的な形で示されたことです。飼い猫との交雑に見えた個体は、ゲノムで見るかぎり交雑ではなかった。もし見た目で「雑種」と判断して繁殖から外していたら、ただでさえ少ない集団から、純粋な1頭を取りこぼしていたことになります。
一方で、研究チームは慎重な注釈も添えています。今回の手法が得意なのは近年の交雑を見つけることで、何世代も前の古い交雑や、ごくわずかな遺伝的寄与を検出するのはいまの技術では難しいこと。そして、この結果は対馬で飼い猫との接触リスクがなくなったことを意味しないことです。過去には野生のツシマヤマネコから、飼い猫由来と考えられるネコ免疫不全ウイルス(FIV)の感染が確認されています。対馬市にはネコの適正飼養条例があり、飼い猫は屋内で飼うよう努めること、飼っていない猫にみだりに餌や水を与えないことが定められています。
今後は、尾に異常のある個体の捕獲と検査、遺伝解析を積み重ねるとともに、糞から取れるDNAを使って個体を捕まえずに遺伝的な状態を追う手法の確立を進めるとしています。100頭に満たない集団で何が起きているのかを、写真ではなくゲノムで見ていく取り組みが、これから本格化することになります。
出典
Matsumoto, Y., Kaito, T., Taniguchi, K., et al. (2026). Genome-wide assessment of suspected domestic cat introgression in the critically endangered Tsushima leopard cat. Global Ecology and Conservation. https://doi.org/10.1016/j.gecco.2026.e04365
麻布大学プレスリリース(2026年9月1日)「短い尾をもつツシマヤマネコをゲノム解析、イエネコとの近年の交雑を示す証拠は認められず」 https://www.azabu-u.ac.jp/topics/2026/0901_49692.html
アニコム先進医療研究所 ニュースリリース(2026年9月1日) https://www.anicom-med.co.jp/news/20260901.html


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