109年前に沈んだUボートから、TNTが北海に溶け出している

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デンマークの西岸、レム島の沖およそ10キロ。水深24メートルほどの海底に、全長51メートルの潜水艦が沈んでいます。ドイツ帝国海軍の「UC-30」。沈んだのは1917年4月、いまから109年前です。

この沈船のまわりの海水と泥、そこにいる生き物から、爆薬のTNTが検出されました。積まれたままの機雷が腐食し、中身が海に溶け出しています。ドイツのアルフレッド・ウェゲナー研究所を中心とする研究チームが、学術誌『Marine Pollution Bulletin』で報告しました。

帰港の途中で沈んだ機雷敷設潜水艦

UC-30は「UC II型」と呼ばれる、機雷を海に敷くための潜水艦でした。1917年3月、アイルランド沖に機雷を敷設する任務で出港しますが、エンジンの故障で引き返すことになります。基地のあるヘルゴラント島へ戻る途中、ユトランド半島沖に敷かれていたイギリス軍の機雷に触れて沈没し、乗組員27人が亡くなりました。

任務を果たせないまま戻ってきたので、機雷18個はそっくり艦内に残っていました。魚雷と8.8センチ砲の砲弾も合わせると、沈没の時点で積んでいた爆薬は推定で3,120〜4,812キログラムになります。

船の行方は長いあいだわからず、見つかったのは2016年です。デンマークのダイバー、ゲアト・ノーマン・アナセン氏が海底で発見しました。爆発物が残っているため、民間人がこの沈船に潜ることは禁じられています。今回の調査でも、試料を採りに潜ったのはデンマーク海軍のダイバーでした。共著者のひとりであるオーフス大学のカトリーネ・ユール・アンドレセン教授によると、研究チームが手順を伝え、ダイバーが沈船の各所と周囲の海底から泥・海水・生き物を集め、あわせて写真と動画も撮ってきたそうです。その映像は、機雷がどれくらいむき出しになっているかを判断する材料になりました。

海水と泥から検出されたTNT

分析の結果、UC-30のすぐそばの海水から、TNTが1リットルあたり最大72.6ナノグラム検出されました。あわせて「4-ADNT」が最大40.7ナノグラム、「2-ADNT」が最大62.7ナノグラム見つかっています。この2つは、TNTが細菌に分解されたり、海中で光を受けて変化したりしてできる物質です。TNTが変化してできる物質なので、これが出れば、そこにTNTがあった証拠になります。

泥のほうは、場所による差がはっきりしていました。機雷が収まっている縦穴(機雷筒)の中の泥にはTNTが1キログラムあたり平均3.11マイクログラム。それに対して、沈船の周囲の海底では平均0.01マイクログラムです。300倍ほどの開きがあります。

つまり、汚染はいまのところ船のごく近くにとどまっています。アンドレセン教授も、汚染源としては比較的局所的だろうと述べています。ただし同時に、船体の劣化が進んで機雷の中身がさらに露出すれば、状況は悪くなるとも指摘しています。

UC-30で漏出が進んでいる理由も、ダイバーの映像からわかっています。この船の機雷は海水にじかに触れる位置にあり、金属の外殻の大半がすでに腐食でなくなっていました。中のTNTが、海水に直接さらされている状態です。

籠に入れて沈めたムラサキイガイ

研究チームが知りたかったのは、検出されたTNTが生き物に何をしているか、でした。そこで使われたのがムラサキイガイです。ムール貝の仲間で、岩や杭に張りついたまま動かず、大量の海水を吸い込んでは濾(こ)して餌をとります。その場所の水に含まれるものが体にたまりやすいため、海の汚染を調べる指標として何十年も使われてきました。

実験の対象は、北海の3つの沈船です。UC-30のほかに、1914年のヘルゴラント・バイト海戦で沈んだドイツの軽巡洋艦「マインツ」(ドイツ海域)と、ドイツ海軍に接収されて弾薬輸送に使われ、1944年11月に沈んだオランダの漁船「KW58ヘンデリクス」(ベルギー海域)。いずれも弾薬を積んだまま沈んだことが記録で確かめられている船です。

健康なムラサキイガイを1籠あたり50個ほど入れ、各沈船の3か所に設置しました。UC-30では、船尾にある機雷筒3本の、むき出しになった爆薬の真上に籠を直接くくりつけています。沈めておく期間は最低11週間。UC-30では約14週間後に引き揚げました。

引き揚げた貝の体を調べると、UC-30では59個のうち56個から、KW58では60個のうち51個から、TNTかその変化物が検出されました。マインツの貝からは何も出ていません。

濃度はUC-30のほうがはるかに高くなっていました。乾燥重量1グラムあたり、TNTが平均1.4ナノグラム、4-ADNTが15.6ナノグラム、2-ADNTが15.2ナノグラム。KW58の貝はそれぞれ0.6、0.5、0.4ナノグラムです。UC-30の貝では、TNTそのものより変化物のほうが10倍ほど多くたまっていました。

致死濃度の数千分の一で起きていた細胞の変化

貝の体からは爆薬成分が出ました。ところが、3つの沈船のどこでも、貝は1個も死んでいませんでした。オスとメスの比率にも、生殖腺の成熟具合にも、沈船ごとの差はありません。外から見るかぎり、どの貝も同じように生きていました。

濃度を考えれば、それも不思議ではありません。海の生き物に対するTNTの急性毒性は、半数が死ぬ濃度で1リットルあたり0.5〜10ミリグラムとされています。UC-30の海水で測られた最大値は72.6ナノグラム。1ミリグラムは100万ナノグラムですから、致死濃度の下限と比べても約7,000分の1です。これまでの毒性研究の多くは、実際の海ではまず見られない高濃度を、数日だけ与える実験でした。

違いが出ていたのは、細胞の中です。

研究チームは、貝の消化腺(中腸腺とも呼ばれ、肝臓に近い役割をする器官)を薄く切って染色し、顕微鏡で調べました。まず「リポフスチン」。酸化で傷んだ脂質などが分解しきれずに細胞内に残ったもので、酸化ストレスの目安になります。これが染まった面積の割合は、マインツの貝で平均6.80%だったのに対し、UC-30の貝では18.34%。3倍近い差です。有害物質にさらされたときに増える中性脂肪の蓄積も、マインツの1.68%に対してUC-30は2.72%でした。

逆に減っていたのがグリコーゲンです。貝にとって主要なエネルギーの蓄えで、染色された面積の割合で、マインツの貝が4.93%だったのに対し、UC-30は2.87%、KW58は2.67%。ほぼ半分です。活性酸素を処理する酵素カタラーゼのはたらきも、UC-30とKW58の貝で有意に下がっていました。

研究チームの解釈はこうです。有害物質が入ってくると、貝は解毒と防御にエネルギーを回す。そのぶん蓄えが減り、成長や繁殖に使える分が少なくなる。それが長く続けば、防御そのものを維持できなくなるかもしれない。ただし、初期の変化は元に戻らないものとは限らず、環境が良くなれば回復しうる、とも書かれています。

死なない。見た目も変わらない。それでも、実験室で「影響が出る」とされてきた濃度の数千分の一で、3か月あまりのうちに細胞レベルの変化は測れるようになっていた。これが今回の研究の中心にある結果です。

沈船どうしを比べる難しさ

この結果には、論文自身がいくつも留保をつけています。

まず、本来の「きれいな海」の対照がありません。計画では、ボルクム・リフグルントという自然保護区にも貝の籠を置いて基準にするはずでした。ところが、籠を載せた装置が行方不明になり、試料を回収できなかったのです。そこで、海水・泥・貝のどれからも爆薬成分が出なかったマインツが、結果的に対照の役を務めることになりました。

沈船ごとの条件もそろっていません。マインツとKW58は石炭、UC-30はディーゼルで動く船でした。どの船にも鉱物油系の潤滑油が使われ、鋼鉄の船体には鉛や銅を含む塗料が、木造のKW58にはコールタールなどが塗られていたはずです。沈船はそれぞれ固有の「汚染物質の混合物」を出していて、今回はそのうち爆薬成分しか測っていません。貝の出どころも、マインツとUC-30に使ったのはジルト島で採った貝、KW58に使ったのは洋上風力発電所の支柱から採った貝と、同じではありません。

結果そのものも、「UC-30がすべての項目でいちばん悪い」という単純な形にはなっていません。リポフスチンや体内の爆薬成分はUC-30が最も高かった一方、酵素活性が最も低かったのはKW58でした。解毒にかかわる別の酵素(GST)では、UC-30とマインツのあいだに差が出ていません。酵素の活性は、汚染物質にさらされるとまず上がり、やがて阻害されて下がるという山なりの動きをすることが知られていて、ある一時点の数値だけでは読み取りにくいのです。

KW58にはもうひとつ事情があります。甲板の対戦車地雷のすぐ近くの泥からは、TNTが1キログラムあたり平均151.6マイクログラムと、UC-30の機雷筒よりはるかに高い濃度で見つかりました。それなのに、海水からは検出されていません。弾薬の大部分が泥に埋もれていて溶け出しにくいこと、海水の試料が船から50メートル離れた地点の2点だけだったことが関係していると考えられます。

そして、汚染がどこまで広がっているのかは、まだわかっていません。これまでの研究は弾薬や沈船のすぐそばに集中していて、離れた場所への広がりはほとんど調べられていない、と研究チームは書いています。

北海に残る弾薬とその扱い

UC-30は、数ある沈船のひとつにすぎません。北海のベルギー・オランダ・ドイツ・デンマーク・ノルウェーの海域には、軍事に関係する沈船が少なくとも680隻あり、そのうち250隻以上がデンマーク海域にあるとされています。アンドレセン教授が2024年にデンマーク環境保護庁向けにまとめた報告書では、デンマーク海域の沈船は全部で10,127隻、そのおよそ15%が2つの大戦の前後のものでした。

沈船とは別に、戦後に海へ捨てられた弾薬もあります。ドイツの北海とバルト海の海域だけで、通常弾薬は推定160万トン。このうち約130万トンが北海側です。ただ、北海の投棄場所では弾薬が数メートルの堆積物に覆われていて、溶け出しにくくなっています。むき出しのまま腐食が進んでいく沈船のほうが、爆薬成分の出どころとしては目立つ、というのが研究チームの見立てです。

では片づければよいかというと、簡単ではありません。水中で爆破処理をすると、場合によっては汚染物質をまき散らして状況を悪くすることが、別の研究で示されています。海流や海底の地形によって結果が変わるためです。引き揚げて無害化する方法は、危険で費用もかかります。ドイツではバルト海の弾薬回収に大きな予算がつき、沈船から爆薬を引き揚げて無害化する例もありますが、アンドレセン教授によればデンマークはまだそこまで進んでいません。

教授が参加するEUの研究プロジェクトでは、海底を這(は)って弾薬の位置を正確に地図にするロボットの開発が進められています。物によっては、ロボットが拾い上げて回収することも想定されています。

一方で、すべての沈船に手を入れる必要があるわけでもありません。砂に埋もれた沈船は、周囲の海を汚す危険がかなり低くなります。どこの沈船がいちばん環境への負担になっているかを見きわめ、そこから対処を決めていく。そのためにも、弾薬の残る沈船を継続して監視する必要がある、と論文は結んでいます。

UC-30の機雷は、いまも腐食が進んでいます。船が見つかってから10年、沈んでから109年。外殻が減れば、海水に触れるTNTは増えていきます。

出典

論文(オープンアクセス・全文無料):Schuster, R. M. ほか「Environmental risks from world war shipwrecks: Field-based biomarker evidence from caged mussels in the North Sea」Marine Pollution Bulletin 229巻(2026年8月)
https://doi.org/10.1016/j.marpolbul.2026.119738

オーフス大学のプレスリリース(EurekAlert!、2026年8月21日):Shipwrecks from WWI and WWII are polluting the North Sea

ScienceAlertの紹介記事(2026年9月17日):A WW1 Submarine Wreck Is Leaking Explosives Into The North Sea

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