ビリヤードの球は、まっすぐ転がって、壁に当たると同じ角度で跳ね返る。ルールはそれだけです。摩擦も回転も考えなければ、物理の中でこれ以上ないくらい単純な仕組みだといえます。
その単純な仕組みに、原理的には「どんな計算でもできる」能力があることが、今年9月に発表された論文で示されました。書いたのはスペインのカタルーニャ工科大学(UPC)のエバ・ミランダ氏と、スイス連邦工科大学チューリッヒ校(ETH)のイサク・ラモス氏。平面のビリヤード台の壁の形をうまく設計すると、そこを跳ね回る球1個の軌道が「万能チューリング機械」の動きをそのまま再現する、という内容です。
万能チューリング機械というのは、1936年にアラン・チューリングが考えた計算の数学モデルのことで、いま私たちが「コンピュータで計算できる」と言うときの、その「できる」の定義そのものにあたります。つまりこの論文は、球1個と動かない壁だけで、コンピュータと同じ範囲の計算ができると証明したことになります。
これまでのビリヤード計算機に必要だった部品
ビリヤードと計算を結びつける発想自体は、実は新しくありません。1982年にエドワード・フレドキンとトマソ・トフォリが提案した「ビリヤードボール・コンピュータ」は、たくさんの球をぶつけ合わせることで論理回路を組む、というものでした。球どうしの衝突が「AND」や「NOT」の役割を果たします。
1990年には数学者のクリストファー・ムーアが、力学系(時間とともに状態が変わる系)が万能計算を行えることを示し、その舞台として3次元のビリヤード、つまり鏡の林の中を粒子が跳ね回るような系を提案しました。このときムーアは、2次元で球が1個だけだと、万能機械を隠す「場所」が足りないのではないか、という疑問を書き残しています。
その後の研究もおおむね同じ方向でした。球を増やすか、次元を増やすか、あるいは壁を動かすか。2025年10月には、フリッパー付きのピンボール台がチューリング機械を模倣できる、という論文も出ています。どれも「計算には何か追加の部品がいる」という前提を共有していました。
ムーアの問いへの答え
ミランダ氏とラモス氏の結果は、その追加の部品をすべて取り払っています。球は1個、台は平面、壁は固定。それだけで万能チューリング機械が作れる。ムーアが1990年に残した疑問に、36年後に「足りる」という答えが出た形です。
ミランダ氏は、ピンボール論文が出た直後にこの研究に取りかかったと語っています。同じ月に似た結果が出るのは研究者にとってつらいことですが、そのおかげで「自分たちにあって、あちらにないものは何か」を考えざるを得なくなり、答えは「フリッパーは要らない」だったそうです。フリッパーはピンボール台で唯一の「動く部品」であり、プレイヤーの手にあたります。ところが計算はフリッパーで起きているのではなく、台の壁の形で起きている。だからプレイヤーも、動く部品も、3次元も要らない、というのが今回の論文の主張です。
ムーアは「次元」を数えていました。しかし本当に必要な資源は次元ではなく、境界(壁)の幾何学だった。ミランダ氏はここが視点の転換だったと述べています。

壁の形がプログラム、軌道がアルゴリズム
では、壁の形にどうやってプログラムを書き込むのか。論文の構成をかいつまむと、次のようになります。
チューリング機械には、0と1が並んだテープ、テープを1マスずつ読み書きするヘッド、そして「いまどの状態か」を表す有限個の内部状態があります。ビリヤード台では、内部状態のひとつひとつが台の中の短い線分に、状態から状態への遷移が線分と線分をつなぐ通路に置き換えられます。
テープの中身とヘッドの位置は、球が線分のどこにいるか、という1本の座標にまとめて押し込まれます。ここで使われるのがカントール集合という、区間を3分割して真ん中を捨てる操作を無限に繰り返してできる数学の対象です。この方法だと、無限に長いテープの情報を有限の長さの線分に符号化できます。
ヘッドを1マス動かす操作は、焦点を共有する2枚の放物線状の壁で実現されます。難しいのは読み書きのほうで、球が「0を読んでいる」のか「1を読んでいる」のかで進路を振り分ける壁は、無限回振動する曲線になり、記号を書き換える場所ではごくわずかに傾けてあります。こうした台は多角形ではなく、いくらでも細かい構造を境界に含んでいますが、数学的にはごく普通の意味でのビリヤードです。
もうひとつ重要なのが「可逆性」です。今回の構成は可逆チューリング機械、つまり計算を逆向きにたどれる機械に対して行われています。1973年にチャールズ・ベネットが、どんな計算も可逆な機械で実行できることを証明しているので、可逆機械だけ扱えば十分なのです。そして可逆であることが、複数の通路を1本に合流させても、別々の遷移から来た軌道が混ざらないことを保証しています。ビリヤードの跳ね返りはもともと時間を逆向きにしても成り立つ運動なので、この相性のよさは偶然ではありません。
ミランダ氏の言葉を借りれば、計算するビリヤード台はコンピュータには見えず、気まぐれに引いたような角や弧だらけの、下手な迷路に見えるそうです。プログラムは壁の形で、アルゴリズムは文字どおり軌道そのもの。そして球は1個しかない。
球がいつか戻ってくるかどうかは決められない
ここからが、この論文でいちばん面白いところです。ビリヤード台がコンピュータと同じ能力を持つなら、コンピュータが持つ限界も、そっくりそのまま受け継ぐことになります。
その限界の代表が「停止問題」です。あるプログラムを動かしたとき、それがいつか終わるのか、永遠に走り続けるのか。個々のケースなら答えられることも多いのですが、チューリングは1936年に、あらゆるプログラムと入力についてこの問いに正しく答える手順(アルゴリズム)は存在しない、と証明しました。これが停止問題の決定不能性です。
今回の台では、この停止問題が幾何学の問題に姿を変えます。ミランダ氏とラモス氏は、計算が停止状態に達したときに、球が壁に直角にぶつかるように台を設計しました。直角にぶつかった球は来た道をそのまま引き返します。つまり、それまでの軌道を逆にたどって出発点に戻り、周期軌道(同じ道をぐるぐる回り続ける軌道)になる。一方、計算が終わらなければ、軌道は永遠に閉じません。

すると「球の軌道は周期的か」という問いは、「このプログラムは停止するか」という問いとまったく同じ難しさになります。もし前者をどんな場合でも判定できる方法があれば、それは停止問題を解いてしまうので、そんな方法は存在しない。同じ理屈で、「球はいつか台の特定の領域に入るか」という問いも、一般には決められないことが示されています。
これは、精度の問題ではありません。ビリヤードは1960年代のヤコフ・シナイの研究以来、カオスの標準的な実験場でした。カオスでは、初期条件のわずかな違いが時間とともに拡大するので、先を見通すには桁数がどんどん必要になります。ミランダ氏はこれを「精度の壁」と呼び、今回示されたものを「論理の壁」と呼び分けています。方程式も初期データも完全に分かっていても、軌道がある領域に入るかどうかを決める手順そのものが存在しない場合がある、というのが後者です。
ただし、すべての軌道が謎に包まれるという意味ではありません。個別の具体例では答えが出ることも多い。存在しないのは、あらゆる場合を片づける「万能の判定法」です。ミランダ氏は、1928年にヒルベルトが立てた決定問題に1936年にチューリングが「否」と答えたその「否」を、論理の世界からビリヤード台の上へ持ってきたのだ、と説明しています。
現実の台では再現できない理由
念のため書いておくと、これでシリコンがビリヤード球に置き換わるわけではありません。今回の構成は理想化された数学のもので、テープの情報を線分上の1点に押し込む以上、いくらでも細かいスケールに情報を書き込む必要があります。現実の台と現実の球では、その精度は出せません。壁の一部が無限回振動する曲線になっていることも、物理的に作れる形ではないでしょう。
それでも、この種のビリヤードは単なる数学の遊びではないと著者らは考えています。壁の間を跳ね回る粒子という運動は、もっと複雑な物理系の骨組みとして使えるからです。たとえば硬い球からなる気体の運動は、そのまま高次元のビリヤードとして書き直せます。ミランダ氏はビリヤードを「古典力学の骨格のようなもの」と表現しています。
惑星は何個あれば計算するのか
論文の最後の節は、台の上から空へ移ります。天体の運動には硬い壁はありませんが、天体どうしの接近遭遇が壁の役割を果たしうる、というのが著者らの見立てです。長いケプラー軌道の弧が、短い接近によって区切られ、極限では反射のように見える。ミランダ氏の言い方では、衝突と衝突の間では重力が情報を運び、遭遇のたびに情報が変換される。
そこで出てくるのが「重力が計算するには惑星が何個必要か」という問いです。2体なら整然としたケプラーの世界。3体になるとポアンカレが見つけたカオスが現れる。ではその先に、ニュートン力学が任意のチューリング機械を模倣できるようになる最小の天体数、という別のしきい値はあるのか。著者らはこれを「n体問題のチューリング尺度」と呼んでいます。3かもしれないし、5かもしれないし、もっと多いかもしれない。完全に未解決の問いです。
ここは慎重に読む必要があります。太陽と8つの惑星で太陽系の主要天体は9個ですが、仮にチューリング尺度が9以下だと分かっても、太陽系がコンピュータになるわけではありません。質量も初期配置もきわめて特殊でなければならないからです。著者ら自身も、地球や水星の未来が数学的に決定不能だと主張しているのではない、とはっきり断っています。さらに、重力の軌道が有限の時間だけでなく任意に長い時間にわたって計算に従い続けることを証明する、という決定的な一歩はまだ踏み出せていません。
とはいえ、もし本当に3体まで減らせるなら、ニュートン以来手を焼いてきた三体問題に、カオスによる予測不能性とは別の、アルゴリズム的な決定不能性という新しい顔が加わることになります。論文はもうひとつ、球を波に置き換えたとき、つまり量子化したときにこの計算能力が生き残るかどうか、という問いも投げかけて終わっています。著者らの答えは「まだ分からない」です。
ビリヤード台という、誰でも思い浮かべられる道具の上で、「計算とは何か」と「なぜ未来を決められない場合があるのか」が一本の線でつながっている。1936年の論理学の結果が、90年後に台の上を転がる球1個の話になった、というのが今回の論文です。
出典
E. Miranda & I. Ramos, “Two-dimensional billiards are Turing complete,” Proceedings of the National Academy of Sciences 123 (37), e2614500123 (2026). オープンアクセス。
https://doi.org/10.1073/pnas.2614500123
プレプリント版(arXiv):https://arxiv.org/abs/2512.19156
カタルーニャ数学研究センター(CRM)による解説記事(著者インタビュー、2026年9月14日):A single ball on a fixed table can compute
ScienceAlert(2026年9月21日):A Single Ball on a Billiard Table Can Theoretically Perform Any Computation


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