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アルツハイマー病の研究は長いあいだ、脳にたまる2つのタンパク質、アミロイドβとタウを追いかけてきました。マサチューセッツ工科大学(MIT)の Li-Huei Tsai さんの言葉を借りれば、最近まで誰も目を向けてこなかった「3つ目のもの」があります。脳の細胞の中にたまる、脂肪の粒です。Tsai さんの研究室の Leyla Anne Akay さんたちは、遅発性アルツハイマー病の最大の遺伝的なリスク要因である APOE4 という遺伝子の型が、なぜ脳の細胞に脂肪をためさせるのかを、ゲノム上の遺伝子を1つずつ止めていく実験で探りました。浮かび上がったのは、細胞どうしの合図の経路「Wnt(ウィント)」の弱まりです。論文は2026年10月15日に学術誌 Cell Stem Cell に出ています。
APOE4 と、脳の「絶縁材」を作る細胞
APOE という遺伝子は、体じゅうの細胞で脂肪を運ぶタンパク質を作ります。その型のうち APOE4 を持つ人は、遅発性アルツハイマー病になるリスクが3倍から12倍に上がります。この型が作るタンパク質は脂肪を運ぶ効率が悪いと考えられていますが、脳のどの細胞にどう影響するのかは、はっきりしていませんでした。Tsai さんの研究室は10年ほど前からこの問題に取り組み、神経細胞を支える星形の細胞(アストロサイト)にコレステロールがたまることや、神経の軸索を包む絶縁材「ミエリン(髄鞘)」を作る細胞(オリゴデンドロサイト)にもコレステロールがたまって、ミエリンを作る働きが落ちることを見つけてきました。
ミエリンは脂質でできた鞘で、神経の信号を速く確実に伝えるために欠かせません。2022年の研究で、APOE4 を持つオリゴデンドロサイトは脂肪の粒をため込み、ミエリンの形成がうまくいかないことが分かっていました。ただ、なぜたまるのかは謎のままでした。脂肪の粒がたまる理由はいくらでもありうる、と Akay さんは話しています。

遺伝子を1つずつ止めて、原因の経路を探す
研究チームは、APOE4 を2本とも持つヒトの iPS 細胞からオリゴデンドロサイトを作り、ゲノム編集技術 CRISPR で、タンパク質を作る遺伝子を網羅的に1つずつ止めました。それぞれの遺伝子を止めたとき、細胞の中の脂肪の粒が増えるのか減るのかを調べる「スクリーニング」です。先入観なしにあらゆる可能性を試せるやり方だと Akay さんは説明しています。
結果が指したのは、Wnt という細胞間の合図の経路でした。Wnt を働かせる側の遺伝子を止めると脂肪の粒が増え、逆に Wnt を抑える側の遺伝子を止めると粒が減ったのです。抑える側の代表が、この経路のブレーキ役である DKK1 という遺伝子で、これを止めると粒が減りました。並行して、細胞の DNA のどの部分が読み取りやすい状態にあるかを調べる解析(ATAC-seq)を、培養した細胞と亡くなった人の脳の組織の両方で行い、APOE4 を持つ試料では Wnt を働かせる遺伝子が読み取りにくくなっていることも確かめました。2つの独立した方法が同じ経路を指した、と Tsai さんは話しています。
なぜ Wnt が弱まるのかも追いました。APOE4 のオリゴデンドロサイトでは、Wnt の合図を伝えるタンパク質(β-カテニン)が少なく、それを分解する酵素 GSK3β が多くなっていました。GSK3β を増やす薬を正常な APOE3 の細胞に加えると脂肪の粒が増え、逆に GSK3β を抑える薬(CHIR99021)を APOE4 の細胞に加えると粒が減りました。オリゴデンドロサイトと神経細胞を合わせて育てた立体の培養組織(オルガノイド)では、GSK3β を抑えるとミエリンが増え、軸索の伸びも良くなりました。
マウスの海馬でも、脂肪が減ってミエリンが増えた
最後の試験は動物です。APOE4 を持ち、アルツハイマー病のタウの病変を再現するよう遺伝子を組み換えたマウスに CHIR99021 を投与すると、記憶に関わる脳の部位である海馬で脂肪の粒が減り、ミエリンが増えました。GSK3β を抑えて Wnt の働きを戻すことが、APOE4 による脂肪のため込みとミエリンの不足を立て直す糸口になりうる、という原理の証明です。
論文に関わっていないダンディー大学の細胞生物学者 Rosie Jackson さんは、死後の脳でも Wnt の弱まりの印が見られたことが、この経路と脂肪の粒の形成の「非常に強いつながり」を示していると評価しています。アミロイドβとタウだけでなく、たまった脂質を標的にする治療の可能性を開くもので、複数の薬を組み合わせて少しずつ違う要素を狙う考え方がこの分野では当たり前になりつつあり、脂質を狙うことはその大事な一部になる、というのが Jackson さんの見立てです。

ヒトではまだ確かめられていない
今回の結果は、培養したヒトの細胞とオルガノイド、そしてマウスで得られたものです。人で同じ効果が出るかは確かめられていません。GSK3β はタウをリン酸化する主要な酵素としても知られていて、著者たちはオリゴデンドロサイトの脂肪のため込みと神経細胞のタウの病変の間に、興味深い並行関係がありうると指摘しています。Akay さんと Tsai さんは、Wnt が脂質の代謝をどう変えるのか、GSK3β とタウのリン酸化がどうつながるのかを、次に調べるとしています。
研究の資金は Belfer 家財団と米国国立衛生研究所(NIH)から出ています。Akay さんと Tsai さんは、このスクリーニングの結果について特許を出願しています。
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出典
- Akay, L. A., Bright, A., Dong, D. et al. (2026) “Genome-wide CRISPR screen reveals that Wnt signaling regulates lipid accumulation in APOE4 oligodendrocytes” Cell Stem Cell(2026年10月15日・英語。本文は有料)
- 同研究の査読前版 bioRxiv(2025年10月・英語。全文無料)
- Live Science「A gene variant triples the risk of getting Alzheimer’s disease — fat buildup in brain cells may be to blame, study finds」(2026年10月19日・英語)
- GEN「How Alzheimer’s Risk Gene APOE4 Disrupts Myelination」(2026年10月・英語)


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