目の奥に2mm角のチップ、視野の真ん中を失った人が本を読めるまで

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目の奥に2mm角のチップを差し込むと、視野の真ん中が見えなくなった人が、また文字を読めるようになる。そんな装置が、欧州30か国で正式に販売できるようになりました。「PRIMA(プリマ)」という網膜インプラントで、開発元の米Science Corporationが2026年7月22日、EUの医療機器規則にもとづくCEマーキング(欧州で製品を売るための適合認証)の取得を発表しています。臨床試験に加わった患者の8割が、視力検査表で10文字以上を読めるようになりました。

治療の届かなかった地図状萎縮

対象になるのは、加齢黄斑変性(かれいおうはんへんせい)という目の病気のうち、「地図状萎縮(ちずじょういしゅく)」と呼ばれる進んだ段階の患者です。網膜の中心にある黄斑という部分で、光を電気信号に変える視細胞が少しずつ死んでいき、見ているまさにその場所に、じわじわ広がる暗い穴ができます。世界でおよそ500万人が抱えていて、北米では法的な失明の2割ほどを占めるとされています。

やっかいなのは、周りは見えているのに真ん中だけが抜けることです。歩くことはできても、本の文字も、目の前にいる人の顔も分からない。進行を遅らせる薬はここ数年で承認されましたが、いずれも月1回や2か月に1回の注射が必要なうえ、死んだ視細胞を生き返らせるものではありません。細胞治療や遺伝子治療を含めて、失われた視力を取り戻せた治療は、これまでひとつもありませんでした。

電源と映像を兼ねる赤外線

ただ、視細胞が死んでも、視覚の経路がすべて失われるわけではありません。視細胞から信号を受け取っていた網膜の神経細胞も、そこから脳へ情報を運ぶ視神経も、多くはそのまま残っています。切れているのは、鎖のいちばん最初の輪だけ。PRIMAは網膜を治そうとするのではなく、その最初の輪に電子部品を置き換えて差し込む、という発想で作られています。

チップは2mm角、厚さ30マイクロメートル。髪の毛の太さの3分の1ほどで、視細胞1個の背丈の半分くらいしかありません。そこに100マイクロメートルの画素が378個並んでいて、それぞれが光を電気に変える小さな太陽電池になっています。手術ではこれを、萎縮した網膜の下に滑り込ませます。固定用の画びょうのような金具は使わず、そのまま網膜の下に収まります。

映像を送るのは、カメラの付いた専用メガネです。前方の景色を撮って処理し、メガネの内側のプロジェクターから、波長880ナノメートルの近赤外線でチップに投影します。チップの各画素はその光を電流に変え、すぐそばの双極細胞(視細胞のひとつ内側にある中継役の神経細胞)を刺激します。ここから先は、もともとの網膜の情報処理がそのまま働きます。

この赤外線が、映像と電源を兼ねているところが設計の要です。画素が受けた光そのものが電気のもとになるので、目の中に電池もケーブルも要らず、眼球に穴を開けたまま配線を通す必要もありません。しかも投影される赤外線はチップの範囲だけに絞られ、メガネのレンズは透明のままです。だから患者は、真ん中はチップの像で、周りは自前の目で、同時に見ることができます。

12か月時点の成績

販売許可の根拠になったのは「PRIMAvera」という臨床試験です。ヨーロッパ5か国の17施設で、両目に地図状萎縮があり、片方の目は視力がlogMAR 1.2(およそ0.05)以下という60歳以上の38人にチップを埋め込みました。参加者の平均年齢は78.9歳です。

12か月の検査まで到達したのは32人でした。残る6人のうち3人は亡くなり、1人は辞退、2人は検査を受けられませんでした。主要な評価は「視力検査表で10文字以上(logMAR 0.2以上)改善したか」で、32人のうち26人、81.3%がこれを満たしています。検査できなかった6人ぶんを統計的に補って38人全体で推定した場合は79.9%で、Science社の発表はこちらの「80%」を使っています。

視力の改善幅は、平均で25.5文字。検査表で5行ぶんを超える伸びです。いちばん改善した人は59文字ぶん動いていました。逆にメガネを使わない条件では、6か月でも12か月でも視力はほぼ変わっていません。つまり伸びたのはチップとメガネを使っているときの見え方で、もともとの目が良くなったわけではないということです。周辺の自然な視力も、手術前とくらべて有意な変化はありませんでした。

解像度の限界を超えた読字

ここまでなら「新しい人工網膜が効いた」という話です。おもしろいのは、チップ自体の性能を見たときです。

カメラを使わず、メガネから直接ランドルト環(切れ目のあるCの形をした視標)を映して測った「チップ本来の視力」は、平均でlogMAR 1.32、スネレン表記で20/417でした。100マイクロメートルの画素で像を切り取ったときに理論上たどり着ける上限が、ちょうどlogMAR 1.32。つまりチップは設計どおりの性能をきっちり出していて、そしてその設計どおりの性能というのは、まだ「ほとんど見えない」に近い粗さなのです。

ところが実際の参加者は、その粗さの向こう側の文字を読んでいました。32人のうち27人が、自宅でPRIMAを使って文字や数字や単語を読めたと報告しています。しかも読めたフォントの細かさは、最大で20/42相当。チップの物理的な上限のはるか先です。

種を明かすと、ズームと画像補正です。参加者はカメラ側の倍率を1倍から12倍まで自分で動かし、明るさやコントラストも調整していました。粗い画素で読めないなら、読めるまで対象を拡大してからチップに送ればいい——ハードウェアの限界を、手前のソフトウェアが肩代わりしている構図です。さらに、目を動かして視線でカメラの向きを変えられることも効いています。像を少しずつずらしながら見ると、画素の粗さを超えて細部が拾えるようになるためで、複数枚の写真から高解像度画像を作る超解像の処理と似た理屈だと論文は説明しています。

チップの解像度を上げなくても、見える範囲はまだ広げられる。それが、この試験のいちばんの収穫だったと言えそうです。実際、無線設計のおかげでチップは将来もっと画素の多い世代に載せ替えられるとされていて、性能の伸びしろはハードとソフトの両方に残っています。

販売開始までに残る手続き

この技術の出発点は、スタンフォード大学の眼科医ダニエル・パランカー教授が2005年に立てた構想です。眼球が透明であることを利用して、電力と映像をまとめて光で送り込めばいい、という考えでした。実用化はフランスのPixium Visionが進め、2024年4月にScience Corporationが資産と3件の臨床試験を引き継いでいます。試験結果は2025年10月にNew England Journal of Medicineでオンライン公開され、CEマーキングの取得発表はその9か月後でした。20年かかっています。

ただし、CEマーキングが下りたことと、患者が明日から手術を受けられることは、まだ別の話です。Science社自身、各国ごとの保険償還の申請と、手術を行う施設の立ち上げがこれから進行中だとしています。手術チームの研修も必要で、最初の商業手術はドイツで行われる見込みです。

日本を含むEU・EEA域外では、PRIMAはまだ販売されていません。米国ではFDAのブレークスルーデバイス指定と、2件の人道機器指定(両目とも進行した地図状萎縮で失明した患者向けと、遺伝性のスターガルト病向け)を受けていますが、これらは審査を速めるための指定であって、承認ではありません。売るにはHDEという別の承認を取る必要があります。日本での承認申請の動きも、現時点では公表されていません。

解釈上の留意点

まず、これは視力が元どおりになる装置ではありません。見えるようになるのは中心の視野で、粗い像を拡大しながら読む使い方になります。移動や周囲の把握には、残っている自分の周辺視野を使い続けることになります。

手術のリスクも小さくありません。12か月のあいだに、19人で26件の重篤な有害事象が起きています。すべて手術手技に関わるもので、装置そのものが単独の原因になったものはありませんでした。26件のうち21件は手術から2か月以内に発生し、そのうち20件は2か月以内に解消しています。22件は軽度か中等度でしたが、4件は重度で、黄斑円孔・眼圧上昇・網膜剥離・増殖硝子体網膜症でした。いちばん多かったのは眼圧上昇の6件で、これはすべて解消しています。また、術眼の萎縮面積は12か月で8.5平方ミリメートル広がり、手術していない反対の目の2.5平方ミリメートルより大きくなりました。論文は術後の変化によるものと説明しています。

効果の受け止め方についても、ひとつ気になる数字があります。生活のしづらさを測る質問票(IVI)では、行動の変化が確認できませんでした。論文は、この試験がそこまで検出できる規模ではなかったこと、極端に視力の低い人にはこの質問票の感度が足りない可能性を挙げています。満足度で中〜高と答えたのは32人中22人でした。文字が読めるようになったことが、暮らし全体をどれだけ変えるのかは、まだ数字になっていません。

参加者が38人という規模も、12か月という観察期間も、決して長く大きいわけではありません。追跡は36か月まで続く予定です。前身の少人数の試験では、4年後の時点で平均logMAR 0.64(32文字ぶんの改善)が保たれていましたが、今回の38人がどうなるかは、これからの報告を待つことになります。

出典

Holz FG, et al. “Vision Restoration with the PRIMA System in Geographic Atrophy Due to AMD.” New England Journal of Medicine 2026;394(3):232-242.
DOI: 10.1056/NEJMoa2501396PMCで全文を読む(無料)

Science Corp. Announces European Commercial Launch of PRIMA(Science Corporation・2026年7月22日)

Wireless retinal implant approved for sale across 30 countries(New Atlas・2026年8月5日)

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