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天の川の中心には、太陽の約400万倍の質量を持つブラックホール「いて座A*(エースター)」があります。遠くの銀河にある活動的なブラックホールと違って、いて座A*はとても静かで、周りのガスをほんの少しずつしか飲み込んでいません。その「餌」がどんな材料でできているのかを、ジェイムズ・ウェッブ宇宙望遠鏡(JWST)で調べた論文が、2026年10月19日に『The Astronomical Journal』に載りました。マギル大学の博士課程の学生 Nicole M. Ford さんが筆頭の14人のチームです。分かったのは、ブラックホールのすぐそばのガスが、太陽より重い元素に富んでいること。ただし、ガスがブラックホールへ落ちやすくなるほどではありませんでした。
ブラックホールを巻く3本の腕「ミニスパイラル」
いて座A*の周り、半径およそ1.5光年の範囲には、暖かい電離ガス(電子がはぎ取られて光るガス)と塵が、3本の腕を持つ渦のような形で広がっています。北の腕、東の腕、西の弧と呼ばれる3本で、まとめて「ミニスパイラル」と呼ばれます。その外側には冷たい分子ガスの環があり、腕はそこから内側の熱い領域へガスを運ぶ通り道になっています。腕どうしが出会う場所には「バー」と呼ばれる構造もあります。
電波や赤外線でこの渦を観測した研究は何十年も積み重なっていて、北の腕と東の腕を流れるガスは視線方向に秒速100〜400キロで動き、バーのほうはほぼ止まって見えることまで分かっています。けれども、ガスにどんな元素がどれだけ含まれるかは、中間赤外線のスペクトルをこまかく分けて測らないと決まりません。地上からは大気に邪魔される波長なので、JWST の出番です。

JWST の中間赤外線分光器で22時間
チームは JWST の MIRI という装置の中分解能分光器を使い、2024年4月8〜9日と9月6日に、銀河中心の中心部0.1パーセク(約0.3光年)を観測しました。波長4.9〜27.9マイクロメートルを4つのチャンネルに分け、長いもので1チャンネルあたり22.3時間の露出です。この波長帯には、ネオン・アルゴン・硫黄・ニッケル・鉄のイオンが出す「微細構造線」と呼ばれる輝線がいくつも並んでいて、どの線がどれだけ強いかから、ガスを照らす紫外線の強さや、各元素の量、塵に閉じ込められている元素の割合を読み取れます。
観測した範囲には、バーと北の腕のほかに、X7 と呼ばれる小さな塊など、1秒角より小さいガスの塊がいくつも写っていました。これらはブラックホールから0.05パーセク以内にあり、こちらへ向かう視線速度が秒速600キロを超えるものもあります。論文はこれを「青方偏移したコンパクトな構造(BC構造)」と名づけて、バー・北の腕と並べて3種類のガスの性質を比べました。
重元素は太陽の1.8倍、組成は周りの星と同じ
結果は、ネオンとアルゴンがどちらも太陽の約1.8倍(対数で約0.26)でした。領域や元素によるばらつきを含めても1.4〜2.2倍の範囲に収まり、バー・北の腕・BC構造のどれでもほぼ同じ値です。天文学では水素とヘリウムより重い元素をまとめて「金属」と呼ぶので、論文の言い方では「ガスは太陽よりやや金属に富む」ということになります。
この値には、比べる相手があります。いて座A*の周りの星団には若くて重い星が多く、なかでもウォルフ・ライエ星と呼ばれる高温の星が約30個あります。これらの星の組成は、過去の観測から太陽の1〜2倍と見積もられてきました。今回測ったガスの組成はそれとぴったり重なります。つまり、いま渦を巻いているガスと、周りで輝く若い星は、同じ材料から生まれたと考えるのが自然です。論文は、ブラックホールの周りに濃いガスの円盤ができ、それが崩れて星になったという「その場で星ができた」シナリオと整合する、と書いています。星とガスが遠くで一緒に生まれてから中心へ移ってきた可能性も否定はできませんが、この若い星団についてはそうした説は分が悪いとされています。
マギル大学の発表は、この重元素の由来を「長い時間をかけて爆発した星たちが撒いたもの」と説明しています。超新星が鉄やネオンのような元素を作り、それがガスに混ざったという筋書きです。
金属が多くても、落ちるほどではない
ここからが、この論文のいちばん面白いところです。ガスがブラックホールへ落ちていくには、冷えて縮まなければなりません。重元素は冷却を助けるので、金属に富むガスほど速く冷えて、ブラックホールに落ちやすくなるはずです。ところが、先行する理論研究によれば、ガスが効率よく冷えて降着円盤へ流れ込めるかどうかの境目は、太陽の約3倍の金属量にあります。今回の1.8倍は、その境目に届いていません。
いて座A*が静かなブラックホールである理由のひとつは、どうやら餌の性質そのものにありそうです。Ford さんは発表の中で、この黒い穴が「ほかの超大質量ブラックホールよりはるかに少ない物質を、もっとゆっくり食べている」ことを確かめるには、食べられる材料の性質を見る必要がある、と述べています。
塵についても気になる結果が出ました。ふつう、鉄のような元素は5〜10%しかガスの中になく、残りは塵の粒に閉じ込められています。ところがミニスパイラルでは、ガスの中の鉄やニッケルがあまり減っておらず、塵がかなり壊されていることになります。塵を壊すのに効くのは衝撃波で、北の腕と秒速600キロで動く BC構造ではニッケルがバーよりはっきり多く、電離の度合いも高いことから、論文はこれらの小さな塊が局所的に速い衝撃波を受けている可能性を挙げています。小さなガスの塊こそがいて座A*の主な餌だという説もあるので、塊がどんな状態にあるかは、ブラックホールの食事の話に直結します。
なお、ガスを照らす紫外線については、ブラックホール自身からの寄与は小さく、約30個のウォルフ・ライエ星をまとめた光でおおむね説明がつくとしています。ネオンを電離している主役は IRS 16SE2 という1つの星で、バーが暗く見えるのはこの星から遠いか、光が遮られているためかもしれない、というのが論文の読みです。
同じチームの別の論文と、このブログの以前の記事
マギル大学の発表では、同じ研究室の Mayura Balakrishnan さんが率いた関連論文にも触れています。赤外線の輝線からいて座A*が過去に出した紫外線の量を推定できるかを調べ、輝線はまわりの局所的な条件に左右されるので、ブラックホールの活動の履歴を読む物差しにはならない、という結果でした。発表に添えられた論文番号は、同じ著者が今年5月に出した別の論文(X線で超新星残骸 Sgr A East をブラックホール周辺の光から切り分けたもの)を指していたので、出典欄では両方を挙げておきます。この5月の論文については、このブログでも銀河中心の「混ざった光」から超新星残骸だけを引き算したら、ブラックホールとの押し合いが見えたという記事で取り上げています。超新星残骸が1万年ほどのあいだ周囲を熱く乱し続けてきたという、あちらの話と、餌の金属量を測った今回の話を合わせると、いて座A*の「食の細さ」の背景が少しずつ見えてきます。
論文自身は、今回の金属量と塵の状態を、今後のガスの運動や降着のシミュレーションに組み込んでほしいと締めています。衝撃波と光電離のどちらが小さな塊を支配しているかは、酸素やネオンのもっと高い電離段階の輝線を、より高い感度で測れば切り分けられるそうです。
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出典
- Nicole M. Ford et al., “Ionization Structure and Metal Enrichment of the Galactic Center Minispiral Observed with JWST”, The Astronomical Journal 172, 267(2026年10月19日、オープンアクセス):https://doi.org/10.3847/1538-3881/ae994d(arXiv 版:https://arxiv.org/abs/2605.13995)
- Mayura Balakrishnan et al., “Infrared Line Diagnostics Fail to Constrain Sgr A*’s UV Output”, The Astrophysical Journal(2026年8月24日):https://doi.org/10.3847/1538-4357/ae908b
- Mayura Balakrishnan et al., “Isolating Sgr A East: The First Uncontaminated X-Ray Maps of a Galactic Center Supernova Remnant”, The Astrophysical Journal 1003, 128(2026年5月20日):https://doi.org/10.3847/1538-4357/ae5dbe
- McGill University Newsroom “The gas around Milky Way’s central black hole is rich in metals, study finds”(2026年10月19日):https://www.mcgill.ca/newsroom/channels/news/gas-around-milky-ways-central-black-hole-rich-metals-study-finds-375101
- Universe Today “The Gas Near Sagittarius A-star is Enriched in Metals, Probably from Supernovae Explosions”(2026年10月20日、Evan Gough):https://www.universetoday.com/articles/the-gas-near-sagittarius-a-star-is-enriched-in-metals-probably-from-supernovae-explosions


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