1848年10月18日の夜、イギリス南西部の町エクセターで、午後10時5分発の列車が16分遅れて出発しました。原因は雨でも霧でも機関車の故障でもなく、太陽です。太陽から吹きつけた粒子の嵐が地球の磁場を揺さぶり、駅と駅を結ぶ電信の針が勝手に振れて、「線路が空いた」という合図が届かなくなった。それで列車は動けなかった、という話です。
ただし、この出来事は長いあいだ「1841年」の話として語られてきました。1848年という日付が確定したのは、つい先日のことです。ランカスター大学のジム・ワイルド教授らの国際チームが、時刻表や当時の新聞、太陽の観測記録、オーロラの目撃談、そして地磁気の観測データを突き合わせ、155年間引用され続けてきた日付の誤りを正した研究を、2026年9月16日にアメリカ地球物理学連合の学術誌『Space Weather』に発表しました。
電信が乱れると列車が動けなくなる理由
1840年代のイギリスは、鉄道と電信(電線に電流を流して合図を送る通信)が同時に広がっていた時期でした。電信は人どうしの連絡だけでなく、列車の運行そのものに組み込まれていました。単線や見通しの悪い区間で列車どうしがぶつからないように、隣の駅へ電信で「いま列車を出してよいか」を問い合わせ、「線路は空いている」という返事が針の動きで戻ってきてから出発させる。そういう使われ方です。
ここで問題になるのが磁気嵐です。太陽の表面で大きな爆発が起きると、電気を帯びた粒子の塊が地球に向かって飛んできます。それが地球の磁場を激しく揺らすと、地上に張られた長い電線には、誰もスイッチを入れていないのに電流が流れ出します。電信の受信機は電流の向きで針を振らせる仕組みなので、この勝手な電流が混じると、針が意味のない動きをくり返し、正規の合図が読み取れなくなります。
1848年10月18日の夜、エクセターの駅でまさにそれが起きました。線路が空いているかどうかを確かめられない以上、列車は出せません。針が落ち着くのを待つあいだに、16分が過ぎたというわけです。

1871年の『Nature』に残された記録
この出来事が今日まで伝わっているのは、1871年に科学誌『Nature』に載った短い記事のおかげです。書き手は匿名で、内容は「サウス・デヴォン鉄道の電信が非常に強い磁気の乱れで妨げられ、エクセター発ニュートン・アボット行きの午後10時5分の急行が16分遅れた」というもの。日付は「1841年10月18日」と書かれていました。
この記事は長く忘れられていましたが、2013年にアメリカの研究者ウィリアム・ケイド氏が掘り起こし、以来「宇宙天気が人間の技術に影響を与えた、記録に残る最古の例」として、あちこちで引用されるようになりました。宇宙天気の歴史を語るときの定番として、1859年のキャリントン事象(史上最大級の太陽嵐で、世界中の電信が止まり、火花で電信技師が感電した)の前に置かれる話だったのです。
開通していない路線で起きた遅延という矛盾
ところが、この話をあらためて調べ直したワイルド教授のチームは、最初の段階でつまずきました。記事に出てくるサウス・デヴォン鉄道のエクセター側の区間は、1846年に開通しています。1841年には、そもそも線路がありません。走っていない列車が遅れるはずはないので、『Nature』の日付はどこかで間違っている、ということになります。
考えてみれば、記事が書かれたのは1871年で、出来事から30年ほどたっています。誰かの記憶や手元のメモを頼りに書かれた可能性は十分にあり、「1848」の末尾の8が「1」に化けたのだとすれば、活字の誤りとしてはごくありふれた種類のものです。チームはこれを誤植と見て、では本当はいつだったのかを突き止めにかかりました。
時刻表・新聞・磁力計を突き合わせる探偵仕事
手がかりは、いくつかの方向から集められました。
まず時刻表です。当時の地方紙『トリューマンズ・エクセター・フライング・ポスト』に載っていた運行表をたどると、エクセターを午後10時5分に出る列車が走っていた時期は限られていました。1848年10月の紙面には、たしかに「10 5」と印刷された列車があります。
次に空の記録です。当時すでに天文学者は太陽の黒点を毎日スケッチしており、1848年10月には大きな黒点群が観測されていました。同じ月の18日の夜には、イギリスからヨーロッパ各地にかけてオーロラが見えたという報告が新聞に残っています。緯度の低いイギリスでオーロラが見えるのは、強い磁気嵐が来ているときです。
決め手になったのは、ロンドンのグリニッジ天文台に保管されていた磁力計の記録でした。19世紀半ばの観測所では、地磁気の変化を感光紙に連続して描かせる装置がすでに動いていました。その記録を電子化したデータを見ると、1848年10月18日の夕方から夜にかけて、地磁気が激しく乱れています。午後10時前後のエクセターで電信の針が暴れたとしても、まったく不思議ではない状況です。
路線の開通年、10時5分発の列車が存在した期間、黒点、オーロラ、磁力計。どれか一つなら偶然で片づけられますが、すべてが同じ日を指しています。チームは「出来事はほぼ確実に1848年10月18日に起きた」と結論づけました。RAL Space(イギリスの国立宇宙研究所)のマイク・ハップグッド氏は、この作業を「探偵小説のようだった」と表現しています。
「最古の記録」の座は1847年のミッドランド鉄道へ
日付が7年ずれたことで、一つ変わったことがあります。エクセターの列車は「記録に残る最古の宇宙天気被害」ではなくなりました。現在のところ最も古い信頼できる記録は、1847年3月19日、イングランド中部のミッドランド鉄道で、オーロラが出た夜に電信が乱れたというものです。エクセターの出来事はその翌年ということになります。
とはいえ、話の重みが減ったわけではありません。電信という電気の技術が社会に根づいて数年もしないうちに、太陽の活動がそれを止め、列車の運行という「誰もが頼りにしているもの」に目に見える形で影響が出た。ワイルド教授は、この事件を「生まれたばかりの技術が、初めて宇宙環境の現実にぶつかった地点」だと説明しています。
そして、ぶつかる相手は当時も今も同じ太陽です。変わったのは人間の側で、頼りにしている技術が電信から送電網、衛星測位、通信網へと広がり、複雑になった分だけ影響を受ける場所も増えました。ハップグッド氏は、現代の観測や予報は1800年代とは比べものにならないほど進んだが、守るべき技術の弱さもそれ以上に増していると述べています。太陽の活動は約11年の周期で強弱をくり返し、次の山は2030年代に来る見込みです。
もう一つ、この研究が示しているのは、古い記録を残しておくことの価値です。170年以上前の地方紙の時刻表と、感光紙に描かれた磁力計の線が、それぞれ別の場所で保管されていたからこそ、今回の答えにたどり着けました。研究チームはそうした資料を電子化し、使える形で残していくことの大切さを強調しています。
出典
この記事は、以下のプレスリリースと論文をもとに書きました。
元論文(Space Weather、2026年9月16日公開、James A. Wild氏ら):
Did Space Weather Delay the 10:05 p.m. Train Departure From Exeter on 18 October 1841?
ランカスター大学のプレスリリース(EurekAlert!、2026年9月16日):
Mystery of one of the earliest recorded space weather impacts solved
RMIT大学のニュース記事(2026年9月17日):
Space weather mystery finally solved in new study
Space.com(2026年9月16日、Keith Cooper記者):
Space weather caused a 16-minute train delay in 1848: ‘Our research has a hint of a detective story’


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