アテネのパルテノン神殿は、直線と直角でできた建物に見えて、実際にはあちこちがわずかに曲がっています。柱が立つ床は中央が盛り上がり、柱は中ほどがふくらみ、四隅の柱だけが少し太い。この微妙なゆがみは「人間の目の錯覚を打ち消して、建物をまっすぐに見せるための工夫」だと説明されてきました。建築史の教科書にも、観光ガイドの解説にも出てくる有名な話です。
オックスフォード大学の数学者Alain Goriely(アラン・ゴリエリ)氏は、2026年9月に学術誌『Royal Society Open Science』に載った論文で、この説明を一つずつ検討し、「歴史的な証拠は不十分で、科学的な証拠はまったくない」と結論づけました。論文の題は「錯視という錯視——パルテノンに光学補正は存在しない」。曲線そのものは本物です。否定されたのは、その理由のほうでした。
2000年語り継がれた「錯視補正」説
パルテノン神殿は紀元前447年から432年にかけて、アテネのアクロポリスの丘に建てられました。設計は建築家のイクティノスとカリクラテス、全体の監督は彫刻家のフェイディアスです。幅約30.9m、奥行き約69.5mの長方形で、外周を46本の柱が取り巻いています。
錯視補正説の出どころは、神殿の完成からおよそ400年後、紀元前1世紀のローマの建築家ウィトルウィウスが書いた『建築書』です。古代から伝わる唯一の建築理論書で、そこには次のような趣旨の記述があります。床を水平に作ると中央がくぼんで見えるので、中央を高くしておく。隅の柱はまわりが空で輪郭がくっきりするぶん細く見えるので、直径の50分の1だけ太くする。高い位置にあるものは小さく見えるので、そのぶん大きく作る。
ただし、これはギリシャ人自身の証言ではありません。パルテノンを建てた人たちが何を意図していたのかを記した同時代の記録は、一つも残っていないのです。
この説が一気に広まったのは19世紀でした。1838年のヨーゼフ・ホッファー、1851年のフランシス・ペンローズらが神殿を精密に測量し、床の曲線が施工の誤差ではなく意図的なものだと確かめます。ペンローズは実測図を収めた大判の本の中で、ウィトルウィウスの説明を受け入れてよいと書きました。実測という新しい事実と、古代の一文がここで結びつき、その後の建築史の教科書が図入りで繰り返したことで、定説として固まっていきます。
論文によれば、これまでに提案された「光学補正」は少なくとも12種類あります。Goriely氏はそのうち主要な4つ——水平部材の曲線、柱のふくらみ、隅の柱の太さ、高い位置にある像の比率——を順番に検討しました。
実測された三つの数字
まず、実際にどれだけ曲がっているのかを見ておきます。
一つめは床です。柱が直接立つ最上段の床面をスタイロベートと呼びますが、これは平らではなく、端から中央に向かってゆるく盛り上がっています。高低差は最大で約6cm。幅30m、奥行き70m近い床に対しての6cmです。同じ曲線は、柱の上に載る水平の梁(エンタブラチュア)にも、地面の下に隠れている基礎にも入っています。
二つめは柱のふくらみで、エンタシスと呼ばれます。日本では法隆寺の柱のふくらみを指す言葉としても知られています。パルテノンの柱は高さ約10.4mで、上に行くほど細くなりますが、その細り方が一直線ではなく、中ほどが外側へわずかに張り出しています。ペンローズの実測値をもとにした論文の計算では、直線的に細くした場合とのずれは高さ約5mの位置で最大になり、その量は約18mmでした。あまりに小さいので、パルテノンのエンタシスは長く気づかれず、1814年に建築家チャールズ・ロバート・コッカレルが調査してようやく見つかったほどです。
三つめは隅の柱です。四隅の柱は根元の直径が約1.947mで、ほかの柱の平均約1.905mより約4.2cm太くなっています。割合にして約2%。ウィトルウィウスの言う「50分の1」とほぼ一致します。

上の図は、床の盛り上がり・柱のふくらみ・隅の柱の太さを、わかりやすいように大きく誇張して描いたものです。実物のずれはこれよりはるかに小さく、数cm単位にとどまります。
どれも偶然では説明がつかない精度で作られていて、意図的な設計だという点には専門家のあいだで異論がありません。問題は、何のためだったのかです。
補正するはずの錯視が見つからない
錯視補正説は、二段構えの理屈でできています。「まっすぐに作ると、ゆがんで見える錯視が起きる」。だから「逆向きにゆがませて、まっすぐに見せた」。Goriely氏が突いたのは一段めでした。直すべき錯視が、そもそも確認されていないというのです。
床の曲線から見ていきます。視覚の研究では、まわりに余計な線がなければ、まっすぐな水平線はまっすぐに見え、曲がった線は曲がって見えることがわかっています。長い水平線が自分の重みで垂れたように見える、という錯視は報告されていません。人の目はむしろ直線からのずれに敏感で、論文が控えめな実験値をもとに見積もったところでは、25m離れた位置から検出できるずれは1.5〜5cm程度です。6cmの盛り上がりは、近くからなら原理的には見える大きさということになります。そして見えた場合、それは「まっすぐ」ではなく「上に反っている」と知覚されます。実際、神殿の角に立って床の縁を見通すと、曲線ははっきり見えます。ガイドが観光客を角に連れていって曲線を見せ、そのうえで「まっすぐに見せるための工夫です」と説明するのは矛盾している、と論文は指摘しています。
地下の基礎まで同じように曲がっていることも、この説では説明できません。誰の目にも入らない場所だからです。
柱についても同じです。「側面がまっすぐな柱は、中ほどがへこんで見える」という錯視は、論文によれば科学的に示されたことが一度もありません。2007年には神殿の立体的な復元を使ってこの点を直接確かめる実験が行われましたが、そうした錯視は出ませんでした。しかも18mmのふくらみは、ほとんどの距離からは知覚の限界を下回ります。
Goriely氏は歴史の流れからも疑問を投げかけています。エンタシスはパルテノンより100年ほど前の神殿にすでにあり、たとえばイタリア南部パエストゥムのヘラ神殿では、ひと目でわかるほど強くふくらんでいます。のちのローマ建築でも、エンタシスはよく目立つ形で使われ続けました。錯視の補正が目的だったなら、何世紀も過剰に補正し続け、パルテノンでだけ見えないほど正確に効かせ、その後また過剰に戻ったことになります。「曲がった柱のほうが美しいと考えられていた」とするほうが、ずっと単純な説明です。
隅の柱には、根拠として引かれる実在の錯視があります。明るいものは暗い背景の上で実際より大きく見えるという「光滲(こうしん)現象」です。ほかの柱は神殿内部の暗がりを背にして太く見え、隅の柱だけは明るい空を背にして細く見える。だから太くした、という理屈になります。しかしこの現象が確かめられているのは、紙に描いた図形を使った実験室の中だけで、実際の建物で測られたことはありません。同じ太さの柱が並ぶ建物は世界中にありますが、隅の柱だけ細く見えるという報告もないといいます。さらに論文は、両隅の柱がそろって空を背に見える立ち位置を地図の上で割り出し、それがごく限られた場所でしかないことを示しました。大半の位置からは、補正がかえって不揃いを生むことになります。
紙の上の錯視と現実の建物
床の曲線の説明には、ヘリング錯視が持ち出されることもあります。放射状に広がる線の上に平行な2本の直線を引くと、直線が外側へふくらんで見える、1861年に報告された有名な錯視です。神殿では柱がこの「交差する線」の役をして、水平線を曲げて見せるというわけです。
けれどもこの錯視は、線が斜めに交わるときに起き、直角に近い角度で交わるとほぼ消えます。パルテノンの柱はわずかに内側へ傾いてはいますが、その角度は約0.4度で、柱の中心線を延ばして交わる点は上空およそ2kmになります。論文が同じ傾きで図を描いてみても、錯視は現れませんでした。
論文の議論でいちばん面白いのはここから先です。ヘリング錯視のような幾何学的な錯視がなぜ起きるのかについて、論文は視覚研究者のHoweとPurvesの理論を引いています。人の視覚は立体の世界で角度を正しく見積もるように調整されていて、その仕組みを平らな紙に当てはめたときに誤差が出る、という説明です。そうだとすれば、「紙の上で錯視が起きるのだから、実物の建物でも起きるはずだ」という推論は順序が逆になります。紙の上で錯視が起きるのは、現実の世界ではそれが起きないように目ができているからです。
錯視は気分や印象の問題ではなく、実験で測定できる生理的な反応です。だから補正説を支持するのであれば、頼るべきはウィトルウィウスの文章ではなく実験心理学だ、とGoriely氏は書いています。検証の場所として挙げているのが、アメリカ・テネシー州ナッシュビルにある原寸大の複製です。1897年の博覧会のために建てられたもので、床の曲線や柱のふくらみまで再現されています。
フリーズの人物の頭が大きい理由
四つめは彫刻の比率です。神殿の高い位置を帯状に取り巻く浮き彫り(フリーズ)の人物像は、身長が頭の長さの7.40〜7.45倍で、現代人の標準とされる約8倍に比べて頭が大きめです。見上げる人の目からは足元より頭のほうが遠いので、そのぶん頭を大きく彫っておいた——これも補正の一例とされてきました。
論文の答えは単純です。比べる相手が間違っている、というものです。同じ紀元前5世紀の彫刻家ポリュクレイトスの作とされる像は、「槍を持つ人」が7倍、「勝利の紐を結ぶ人」が7.4倍で、フリーズとほぼ同じ比率です。約8倍を理想としたのはリュシッポスですが、彼が活躍したのはパルテノンより1世紀あとでした。
加えて、約8倍という数字は20世紀の人の体をもとにしています。当時のギリシャの男性の平均身長は約165cmで、現在の約180cmよりかなり低く、背が低いほど頭の比率は大きくなります。身長165cmに対応する比率は約7.5倍。フリーズの人物は、当時の人の体と当時の美の基準をそのまま写したものとして説明がつきます。
人の目にはそもそも、距離や角度が変わっても物の大きさを一定に感じ取る「大きさの恒常性」という働きがあります。3階のバルコニーに立つ人を地上から見上げても、頭の小さな人には見えません。高い位置の像にわざわざ補正をかける必要は、もとから薄いのです。
残された問い:曲線は何のためか
では、曲線は何のためだったのか。Goriely氏自身が認めているとおり、補正説を退けても、この問いには答えが出ていません。
床については、排水のためという見方があります。論文は実際に計算もしています。床の傾きは平均で約0.2度。神殿の石材であるペンテリコン大理石はほとんど水を通さないので、雨水は表面を流れます。論文は列柱の立つ外周部が雨にさらされていたとみて、厚さ1mmの水の膜が約30mの床を流れ切る時間を見積もり、約2.2時間という値を得ました。勢いよく流れ落ちるほどではないものの、水たまりを防ぐ程度の効果はあるという結果です。19世紀にペンローズはこの可能性を退けていますが、論文はその判断には根拠がないとしています。視覚の研究者で論文には加わっていないハーバード大学医学大学院のMargaret Livingstone氏も、New Scientist誌の取材に対して、道路と同じで排水のためだったのだろうと述べています。
ただ、排水では梁の曲線までは説明できません。設計者が排水を意図していたかどうかも不明です。
論文が最後に示すのは、もっと地味な見方です。理論の裏づけはないまま、職人のあいだで受け継がれてきた経験則だったのではないか、というものです。例として挙げられているのは、風水による建物の向きの決め方や、音響をよくするために壺を壁に埋め込んだヨーロッパの教会、そして地震よけの壺やお守りを寺院や塔の下に埋めた日本の習慣です。日本の寺が地震に強かったのは壺のおかげではなく、木組みと木材のしなやかさのおかげでした。効き目の理由が別のところにあっても、決まりごとは建築の一部として残り続けます。紀元前5世紀のギリシャには構造力学も、錯視の理論もまだありませんでした。パルテノンの曲線も、目的が忘れられた決まりごとの一つだった可能性があります。
論文には余談も一つあります。Goriely氏は2025年9月、主要な対話AIに「建築の光学的な洗練とは何か」と尋ねてみたそうです。どれも錯視補正説を自信たっぷりに答え、代表例としてパルテノンを挙げました。何世紀も繰り返し書かれてきた説明を学習しているのだから当然の結果で、AIは定着した言い伝えを増幅する装置になりやすい、というのが氏の見立てです。
結びでGoriely氏は、この論文をいったん置いて街を歩いてみてほしいと読者に呼びかけています。まっすぐな梁や柱を持つ建物はどこにでもあります。その梁は垂れて見えるか。柱はへこんで見えるか。自分の目で確かめれば、補正説が成り立つかどうかはわかる、と。


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