ボタン電池は飲み込んではいけません。子どもの誤飲事故で毎年のように注意喚起が出るとおり、電池が体内で漏れると化学やけどを起こします。ところが2026年9月、その常識をひっくり返すような電池がMITから発表されました。飲み込んで使うことを前提に設計され、役目を終えたら消化管の中で溶けてなくなり、残ったものは体に吸収される電池です。
ブタで実際に医療機器を動かしたところまで確かめられています。何が新しくて、何がまだ足りないのかを整理してみます。
体内で使う機器は、電池が一番の弱点だった
飲み込むタイプの医療機器は、すでにいくつも研究されています。胃の中から体温を測るセンサー、決まった場所で薬を出すカプセル、薬を飲んだかどうかを外に知らせるタグ。MITのジョバンニ・トラベルソ氏の研究室は、この分野で10年ほど前からいろいろな装置を作ってきました。
問題は電源です。これまでは外から電波で電力を送るか、胃酸から電気を取り出すか、あるいは小さなボタン電池を積むか、のどれかでした。ボタン電池はいちばん手軽ですが、中身はリチウムや酸化銀です。消化管を通る途中で外装が傷つけば、中身が漏れて粘膜を傷つけるおそれがあります。飲み込む機器が安全であるためには、電池そのものが安全でなければならない、というのがこの研究の出発点です。
マグネシウム、セルロース、蜜蠟でできた電池
そこで研究チームは、電池を作る材料を「体に入っても害がないもの」だけに絞りました。
電極はマグネシウム合金と三酸化モリブデン。マグネシウムもモリブデンも、人が少量なら必要とするミネラルです。この2つを組み合わせると、小型の電子回路を動かすのに十分な電圧が出ます。電極のあいだに入れる電解質には、生分解性のイオン液体をゲルにしたものを使いました。以前の体内用電池は生理食塩水のような電解質を使うことが多く、性能が出にくかったそうです。
いちばん工夫が要ったのは外側です。電池の部品を支えつつ、電気を通しにくくならず、最後は体に吸収される素材が必要でした。トラベルソ氏が着想を得たのは、駄菓子を包んでいる食べられる紙、いわゆるオブラートやライスペーパーの類だったといいます。セルロースのナノ繊維を結合剤にして、薄く多孔質な紙のような電池に仕上げ、それを蜜蠟(みつろう)に浸して胃酸から守っています。一部の試作品には、砂漠の植物から取れるキャンデリラワックスも重ねて、もう少し長く持たせています。

作られたのは2種類。直径7.5ミリの円盤型と、長さ24ミリの棒型です。円盤型はサプリメントに使われるような普通のゼラチンカプセルに収まる大きさで、実験室では約1.77ボルト、棒型は約1.84ボルトを出しました。
胃液の中で崩れ、ブタの体内で3日間働いた
まず、胃液に似た強い酸性の溶液に電池を浸けました。3日ほどは普通に動き、そのあと性能が少しずつ落ちていき、2週間ほどで崩れ始めます。完全に溶けてなくなるまでの期間は、MITの発表では数週間、Natureの報道では数か月とされています。いずれにしても、体に残り続けるものではありません。
次に、この電池を生分解性の電子部品と一緒にカプセルに詰めて、ブタに飲ませました。2つの実験があります。
ひとつは位置を知らせるRFIDタグです。モリブデンとセルロースで作られた生分解性のタグに円盤型の電池をつなぎ、消化管の中から外の受信機へ信号を送り続けました。届く距離は最大1.5メートル。この研究室が今年1月に発表した、外から電力をもらって動く受動型のタグより長い距離です。薬を飲んだかどうかを確かめる仕組みとして開発されているもので、2年ほどのうちに人での臨床試験を始める計画だそうです。
もうひとつは、胃の内壁に弱い電流を流す装置です。この装置は2023年に同じ研究室が発表したもので、電気刺激で胃の内分泌細胞を刺激すると、空腹を感じさせるホルモン「グレリン」が出ることが分かっていました。当時は酸化銀のボタン電池を2個積んでいましたが、今回それを棒型の新電池に置き換えています。ブタの胃で20分刺激すると、血中のグレリンが5割ほど増えました。刺激した場所に、目で見て分かる組織の傷はなかったとのことです。がんなどで食欲がなくなり体重が落ちる患者への応用が想定されています。

どちらの電池も、ブタの体内で最大3日間動きました。ただし電圧は日ごとに下がります。棒型は初日の約1.8ボルトから3日目には約1.45ボルトへ、円盤型は約1.7ボルトから約1.35ボルトへ落ちています。溶けながら働いているのだから当然ではあるのですが、「使える時間」がそのまま「溶ける速さ」で決まる電池だという点は押さえておきたいところです。
ひとつだけ、溶けずに出てきた部品
ここまで読むと「全部溶ける電池」に聞こえますが、正確には違います。電池そのものと、生分解性の部品は分解されました。しかし胃を刺激する装置に載っていたプリント基板は溶けず、そのままブタの体を通って排出されています。研究チーム自身も「基板を除けばほぼ全部が生分解性」という言い方をしています。
この研究に関わっていないノースウェスタン大学のジョン・ロジャース氏は、大型動物の消化管を通過しながら安定して動いたことを高く評価しつつ、装置のすべてを生分解性にできれば、残った部品が消化管に引っかかる心配もなくせる、と指摘しています。つまり、電池は溶けるようになったが、それを載せる機器の側にはまだ溶けないところが残っている、というのが現在地です。
容量の問題もあります。メリーランド大学のレザ・ゴッシ氏は、この電池が有望であることは認めたうえで、もっと本格的に使うには容量が今の10倍は要る、と述べています。円盤型の容量は1平方センチあたり2ミリアンペア時、棒型は最大3.5ミリアンペア時。低消費電力の回路を数日動かすには足りても、それ以上を求めると厳しい数字です。
研究チームが今後の課題として挙げているのは、寿命を狙って設計できるようにすることです。試作品どうしで性能にばらつきがあり、原因は層どうしの密着具合や電解質の広がり、蠟の厚みの差にあると見ています。蠟の層は単なる包装ではなく、電池の寿命を決める部品だとトラベルソ氏は言っています。製造をそろえて、数時間持つ電池と数日持つ電池を作り分けるのが次の目標です。
電池は溶ける時代になるのか
ボタン電池を飲み込んだら危ない、という前提はこれからも変わりません。今回の電池は、あくまで医療機器に組み込んで、医師の管理のもとで使うものです。ブタでの結果が人でもそのまま通用するかは、これから確かめる段階にあります。
それでも、体に入れる機器の電源が「漏れたら危険なもの」から「時間が来たら消えるもの」に変わる道筋が、動物で示されたのは確かです。トラベルソ氏は、体内で安全なだけでなく、排出されたあとに環境中でも分解される点をこの電池の利点に挙げています。飲み込むセンサーやカプセルが今後増えていくなら、その電源がどうなっているかは、意外と大事な話になりそうです。
出典
MITのプレスリリース:Batteries that safely break down in the GI tract could improve ingestible devices(MIT News、2026年9月21日)
Natureのニュース記事:Edible batteries power medical devices in the body(Nature、2026年9月21日)
Live Scienceの解説記事(外部研究者のコメントあり):Scientists made a paper battery you can swallow to power internal medical devices(Live Science、2026年9月21日)


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