2,000年前の巻物を読むために、研究者がまずやったのは、新しい巻物に文字を書いて、それを炉に入れて炭にすることでした。本物の巻物は一つとして開けないし、失敗すれば取り返しがつかない。だったら同じものを自分たちで作って、好きなだけ壊して試せばいい。2026年9月16日に学術誌PLOS Oneで発表された研究は、この発想を本当に実行したものです。
ヴェスヴィオ火山が封じた図書館
舞台はイタリアのナポリ近郊、古代ローマの町ヘルクラネウムです。西暦79年、ヴェスヴィオ火山の噴火でポンペイと一緒に埋まりました。ヘルクラネウムを覆った火山灰と岩の厚さは約20メートルで、町は丸ごと地下に閉じ込められています。
1752年、その地下から一軒の大きな邸宅が掘り出されました。「パピルス荘」と呼ばれる建物で、中から1,800巻あまりのパピルス(草の茎から作った古代の紙)が見つかっています。古代ギリシャ・ローマの図書館が、当時の蔵書ごと残っていた唯一の例です。中身の多くはエピクロス派の哲学書で、写本として後世に伝わらなかった、ここでしか読めない文章ばかりだとされています。
ただし、どの巻物も真っ黒な炭になっていました。噴火の熱で、推定400〜900℃の高温にさらされたためです。形は残っているのに、広げようとすると砕ける。18世紀以来、手で開こうとして壊れた巻物は少なくなく、いまも数百巻が巻かれたまま、ナポリの国立図書館に保管されています。

炭のインクと炭の紙
開けないなら、開けずに読めばいい。ここ十数年で進んだのが、巻物をX線で撮影して、コンピュータの中で仮想的に広げる方法です。シンクロトロン(強力なX線を出す大型施設)で巻物を丸ごと断層撮影し、層の重なりを一枚ずつ追いかけて平らに直します。賞金付きの公開コンペ「Vesuvius Challenge」がこの方法で成果を出していて、いくつかの巻物の中身が読まれ始めています。
それでも、根本的な壁が一つあります。当時のインクは、ススや木炭を水と樹脂で練った炭素インクです。それを書き付けたパピルスも、噴火の熱で炭になった。つまりインクも紙も、どちらも炭素のかたまりです。X線はものを通り抜けるときの吸収の差で像を作りますが、炭と炭では吸収にほとんど差が出ません。X線で見ると、文字がある場所とない場所がほぼ同じに見えてしまいます。
そこに一つの手がかりが見つかっていました。2016年、フランスの研究チームがヘルクラネウムの巻物の断片2つをシンクロトロンで調べたところ、文字の部分から鉛(なまり)が検出されたのです。インクの成分なのか、インクを乾かす添加剤だったのかは今もはっきりしません。ただ、鉛のような重い元素はX線をよく吸収します。文字に鉛が入っていれば、X線の像に文字だけが浮かび上がる理屈です。
問題は、本物の巻物では確かめようがないことでした。どの巻物に鉛が入っているのかもわからないし、貴重な巻物をシンクロトロンにかけるには施設の予約も費用もかかる。仮説はあっても、試す場所がなかったわけです。
偽物を作って焼く
そこで研究チームが取った手が、冒頭の「自分で作って壊す」でした。カリフォルニア大学バークレー校のダグラス・セイラー氏を中心に、アメリカの国立標準技術研究所(NIST)、ロンドン大学ユニバーシティ・カレッジのパピルス学者、イギリスのラザフォード・アップルトン研究所が組んだチームです。
材料は、できるだけ2,000年前に寄せています。パピルスはエジプト製の現代品で、作り方は古代とほぼ変わりません。ペンは葦(あし)の筆。インクは、日本のプラチナ万年筆が作っている顔料インク「カーボンインク」を使いました。ススを水に分散させた炭素インクという点で、古代のインクと同じ系統の品です。
ここに鉛を足します。使ったのは硝酸鉛(しょうさんなまり)という水に溶けやすい鉛の塩で、これをインクに混ぜると、インクはヨーグルトを少し薄めたくらいのとろみに変わったそうです。それでも水で調整すれば、はっきりした線や文字が書けました。
鉛の量は、勘で決めたわけではありません。2016年の分析では、本物の巻物の文字に含まれる鉛は1平方センチあたり84マイクログラム(大きい断片)と16マイクログラム(小さい断片)と見積もられています。この数字に合わせるため、チームは15センチ四方の正方形をペンの線で塗りつぶし、どれだけのインクを使ったかを量りました。画家マレーヴィチの「黒の正方形」からの発想だそうです。結果、1平方センチを線で埋めるのに必要なインクは、わずか2マイクロリットルほど。ここから逆算して、本物と同じくらいの鉛が文字に残る濃さのインクを作りました。
そうして文字を書いたパピルスを巻き、密閉に近い鋼鉄の容器に入れて、酸素をほとんど入れない状態で炉で加熱します。出てきたのは、直径4センチ、長さ11センチほどの黒い筒でした。層はきつく重なり、うねりもあって、写真で見る限り本物とよく似ています。触れば本物と同じように砕けたそうです。
読めたのは鉛の文字だけ
まず平らな断片で、鉛の濃さを行ごとに変えて書いたものをX線で撮影しました。上の2行は鉛なし、次の2行は1平方センチあたり200マイクログラム、その下は段階的に薄くして25マイクログラムまで。結果ははっきり出ました。鉛なしの2行は、予想どおりX線の像に何も写りません。一方、鉛入りの行は全部写り、一番薄い25マイクログラムの行も読み取れました。本物の巻物で見つかった16〜84マイクログラムという値と重なる範囲です。
次は、巻いたままの模型です。NISTの断層撮影装置で、巻物を回転させながら1,001枚の像を撮り、3次元のデータに組み立てました。ここから、巻物の渦巻きに沿って線を引き、それを基準に層を平面に引きのばす専用のソフトを自作しています。文字を目立たせるための追加処理は一切していないのに、広げた像の一部には「the children of」という英語がそのまま読める状態で残っていました。

もう一つ試したのが、手持ちの蛍光X線分析装置(XRF)です。X線を当てて、返ってくる光から元素の種類を調べる機械で、塗料の鉛を検査するような用途で市販されているものです。炭にした模型巻物にこの装置を近づけたところ、表面に触れなくても、いくつもの位置で鉛の反応が出ました。平らな断片でも、鉛入りの文字はすべて検出でき、鉛なしのものだけ無反応でした。
先に選ぶ、練習台で鍛える
この研究の主張は、二段構えの手順に集約されます。
一段目は選別です。数百巻ある未開封の巻物を、手持ちのXRFで一つずつ調べて、鉛の反応が出るものを先に見つける。鉛が入っている巻物はX線で文字が写りやすいので、貴重なシンクロトロンの利用枠をそこに優先して回せば、読める確率の高い巻物から順に手をつけられます。逆に、鉛が出ない巻物は今すぐ撮影しても読めない可能性が高いので、後回しにできる。装置は触れずに使えるため、巻物を傷める心配もありません。
二段目は訓練です。模型巻物は、書いた文章がはじめからわかっています。インクの鉛の量、筆跡、言語を変えて何本も作り、炭にして撮影すれば、「正解つきの練習問題」がいくらでも作れます。文字を読み取るアルゴリズムをそこで鍛え、答えを伏せて採点することもできる。鉛なしの炭素インクだけで書いた模型は、いちばん難しい問題として基準になります。本物の巻物を一度も危険にさらさずにアルゴリズムを育てられるのが、この方法の要点です。
気をつけておきたい点もあります。今回読めたのは、あくまで鉛を入れた模型の文字です。本物のヘルクラネウム巻物に、どれだけの割合で鉛入りの文字があるのかは、まだわかっていません。鉛なしのインクをX線で読む方法も、今回の論文では示されていません。手持ちのXRFで多数の巻物を効率よく調べる手順も、これから作る必要があると著者らは書いています。実際の巻物に適用して初めて、この手順が使えるかどうかがわかります。
それでも、方向は見えました。読めないものを前にして技術の進歩を待つのではなく、読めるものを先に見分け、練習台を自分で作る。2,000年前の図書館を相手に、いま取れる一番現実的な手だと思います。
出典
Seiler D, LaManna JM, McOsker M, Kreimer D, Daugherty MC, Dopke J. (2026) A model carbonized papyrus scroll opens a novel path to identifying readable scrolls of the Herculaneum Library. PLOS One 21(9): e0353485.
https://doi.org/10.1371/journal.pone.0353485(オープンアクセス、CC0)
Live Science「New trick could reveal text on 2,000-year-old scrolls charred by eruption of Mount Vesuvius」(2026年9月16日)
https://www.livescience.com/archaeology/romans/new-trick-could-reveal-text-on-2-000-year-old-scrolls-charred-by-eruption-of-mount-vesuvius


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