アルゼンチン沖、水深1,920メートルの岩だらけの海底に、色鮮やかな袋が一枚落ちていました。無人探査機が撮った写真を見ると、それが即席麺「ミーゴレン」の空き袋だとわかります。深海の岩と砂のなかで、その包装だけがやけに見慣れた色をしています。
この袋を見つけたのは、アルゼンチンの深海研究グループGEMPA(Grupo de Estudios del Mar Profundo de Argentina)を中心とする研究チームです。2025年7月から8月にかけて、シュミット海洋研究所の調査船ファルコー(too)号から無人探査機「スバスチャン」を降ろし、マル・デル・プラタ海底谷を17回にわたって潜航しました。目的は深海に暮らす生き物の調査でしたが、ごみがあまりに目につくので、あわせて記録することにしたといいます。その結果が2026年9月、学術誌『PLOS One』に論文として出ました。
17回の潜航で記録された29点のごみ
マル・デル・プラタ海底谷は、アルゼンチンの大陸棚の縁に刻まれた巨大な谷です。谷の入口は水深900メートルあたりから始まり、V字の谷らしい形は1,200メートルから3,500メートルのあいだで最もはっきりします。今回の潜航は水深878メートルから3,820メートルまでを対象に、合計で約240時間ぶんの映像を撮影しました。
その映像から拾い出せた人工物は29点。17回のうち10回の潜航で見つかっています。深さでいうと、いちばん浅いもので1,120メートル、いちばん深いものは3,800メートルを超えていました。素材の内訳は、プラスチックが27点、ゴムが2点。ゴムの2点は長靴と黄色い作業用手袋で、長靴はアルゼンチン製でした。
プラスチックの中身は、食品の包装や正体のわからない破片がいちばん多く、次いでポリ袋、そして漁業に使う道具が続きます。冒頭のミーゴレンの袋は、そのなかの「食品の包装」の一つです。少し深い1,949メートルの地点では、フックの付いたナイロンの綱も見つかっています。ほかにも、スナック菓子の袋、白い使い捨てカップ、ティッシュペーパーの包装、堆積物がぎっしり詰まったポリ袋、原形をとどめないほど劣化したプラスチック片など、顔ぶれはかなりばらばらです。

谷の中でごみが集まる場所
ごみは谷のあちこちに散らばっていたわけではなく、いくつかの場所にかたまっていました。いちばん密度が高かったのは谷の上流側、水深1,700メートルから2,000メートルのあたりで、2回の潜航ルートに沿って10点が集中していました。漁具4点のうち3点もここです。谷がぐっと深く切れ込んで幅が800メートルほどに狭まっている区間で、流れてきたものが引っかかりやすい地形だと研究チームは見ています。
そのほか、谷の幅が広がる水深2,500メートル付近、支流の谷が本流に合流する3,100〜3,200メートルの南側の壁、そして調査範囲でいちばん深い3,700メートル前後にも、それぞれ4〜5点ずつのかたまりがありました。3,100メートル台の壁では、カップとポリ袋とスナック菓子の袋が岩の隙間にまとめて挟まっていて、小さなごみ溜まりのようになっていたそうです。
研究チームが目をつけているのは、ごみが谷の北側の壁に偏っていたことです。この海域には南から北へ向かうマルビナス海流(フォークランド海流)が流れていて、その流れがごみを運び、谷の中に押し込んでいる可能性があると考えられています。
陸から流れてきたとは考えにくい理由
海底谷にごみが集まる話は、世界のあちこちで報告されています。地中海のシチリア島やサルデーニャ島の沖、アメリカ西海岸のモントレー海底谷などが代表例で、こうした場所では1キロメートルあたり50〜80点ものごみが記録されたこともあります。ただ、これらの谷には共通点があります。谷の入口が大陸棚や海岸のすぐそばまで伸びていて、川や沿岸から出たごみがそのまま流れ込む構造になっていることです。
マル・デル・プラタ海底谷は違います。海岸から約250キロメートルも離れた沖合にあり、谷の入口は大陸棚とつながっていません。研究者のあいだでは「陸とつながっていない谷」と呼ばれる種類で、これまでは陸からごみが流れ込む経路がないため、ごみの研究対象としてあまり注目されてきませんでした。
それなのに、ごみはありました。しかも中身を見ると、綱やフックといった漁具、船内で保存の効く食品の包装、長靴に作業用手袋と、街から出るごみというより船の上で使われるものが目立ちます。研究チームはここから、このごみの主な出どころは陸ではなく、沖合で操業する船、とくに漁船だろうと推定しています。谷の真上やそのすぐ近くで捨てられたり流されたりしたものが、斜面を伝って落ち、谷の地形に捕まって溜まっていく、という筋書きです。この海域では、アルゼンチンマツイカやマジェランアイナメ(メロ)などを狙う底引き網や延縄(はえなわ)の漁業が何十年も続いてきました。
もちろん、袋一枚一枚の来歴を突き止めることはできません。あくまで「ごみの顔ぶれから見て、そう考えるのが自然」という推定です。
ごみに住みついていた生き物
29点のうち7点には、生き物がくっついたり、そばに寄り添ったりしていました。半分砂に埋まった黒いプラスチックシートにはフジツボの仲間や八放サンゴ(ソフトコーラルの仲間)が付着し、ポリ袋の上にはヒトデが、漁業用の綱には管をつくって暮らすゴカイの仲間が、ナイロンの糸にはイソギンチャクやサンゴと同じ仲間のポリプが住みついていました。半分埋まった白いプラスチック容器には、クモヒトデとホヤらしきものが付いていた例もあります。
生き物が付いていたのは、砂に埋まりかけたポリ袋や包装、それに綱や糸といった漁具ばかりでした。研究チームの見立てでは、これは偶然ではありません。砂に埋まったものはその場に固定されて動かなくなり、それだけ長く海底にあったことになるので、生き物が定着する時間があった、というわけです。深海の海底は柔らかい泥や砂が広がっていて、固い足場が少ない場所も多い。そこに硬いプラスチックや綱が持ち込まれると、生き物にとっては新しい「取りつく場所」になります。
ただし研究チームは、これを「ごみが生き物の役に立っている」とは受け取らないように釘を刺しています。人工物が深海の生態系に組み込まれてしまう、という事実を示しているだけで、もともと存在しなかった材料が海底の環境や生き物どうしの関係を変えてしまう可能性のほうを重く見るべきだ、という立場です。ポリ袋のようによく動くごみは、付着した生き物や卵を本来の生息域の外へ運んでしまうかもしれない、という懸念もあります。
数の上では少なめだったという意外な結果
ここまで読むと相当汚れた谷のように思えますが、量そのものは、世界の他の海底谷と比べるとかなり少ないほうでした。ごみが最も多かった潜航でも、約3.1キロメートルの走行で9点、1キロメートルあたり3点足らずです。先ほどの地中海の50〜80点とは桁が違います。研究チームのダニエル・ラウレッタ氏も、潜航を始める前はもっと汚れているだろうと予想していて、少なさのほうに驚いたと話しています。海岸からの距離、陸とつながっていない地形、アルゼンチンの大陸棚の広さが、ごみの少なさに効いているようです。
それでも、これで安心とはいきません。今回の数字は探査機のカメラに映ったものだけを数えた結果です。小さすぎるもの、堆積物に隠れたもの、ライトの届かない場所にあったものは数えられていないので、実際のごみは29点より多いと考えるのが自然です。それに、少ないとはいえ、水深3,800メートルを超える谷の底まで人工物が届いていることに変わりはありません。
研究チームは今後、アルゼンチン沖のほかの海底谷にも調査を広げて、マル・デル・プラタの状況が特別なのか、それとも南西大西洋ではふつうのことなのかを確かめていく計画です。深海の大部分は、まだ誰の目にも触れていません。その最初の一瞥(いちべつ)で出てきたのが即席麺の袋だった、というのは、なかなか重い話だと思います。


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