嵐を予知するガラス瓶「ストームグラス」の正体は温度計だった

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ストームグラスという道具があります。密閉したガラス容器に薬品を溶かした液体が入っていて、中で白い羽のような結晶が育ったり、消えたりする——インテリア雑貨として今も売られているので、雑貨店で見かけたことがある人も多いはずです。この瓶、もともとは飾りではなく「天気予報の道具」でした。19世紀のイギリスで、ある海軍中将がこれを使えば嵐を予知できると信じ、熱心に広めたのです。その人物の名はロバート・フィッツロイ。若き日のチャールズ・ダーウィンをビーグル号に乗せて世界一周した、あの艦長です。

嵐を告げるとされたガラス瓶

ストームグラスの中身は、アルコールと水の混合液に、樟脳(しょうのう)などいくつかの薬品を溶かしたものです。密閉されているので中身が増えたり減ったりすることはないのに、日によって液が澄んだり濁ったり、結晶が羽のように伸びたり縮んだりと、表情がくるくる変わります。

当時の売り文句では、この変化がそのまま天気の予告だとされていました。液が澄んでいれば晴れ。濁れば曇りや荒天。結晶が羽のような形で立ちのぼれば雨、さらに高く伸びて上のほうに白い斑点が動けば嵐——という具合に、結晶の量や形のパターンごとに読み方が決められていたのです。船乗りにとって嵐の予知は文字どおり命に関わりますから、海の上でこれが本当に使えるなら、たいへんな福音だったはずです。

ダーウィンを乗せた艦長と天気予報の誕生

この道具を強く推したフィッツロイは、ただの愛好家ではありません。1831年から1836年にかけてビーグル号の艦長として世界一周の測量航海を指揮し、その船に博物学者として乗っていたのがダーウィンでした。航海の後、フィッツロイは気象の研究に進み、1854年には現在の英国気象庁(Met Office)にあたる組織を創設します。天気の「予報」を意味する forecast という英単語は、フィッツロイ自身が作った言葉です。占いや言い伝えではなく、各地の観測データにもとづいて天気を予測する——今の天気予報の原型を築いた、気象学の草分けといえる人物です。

そのフィッツロイが、観測拠点に温度計や気圧計といったまっとうな計器を配備する一方で、ストームグラスも記録の対象にして1860年代に熱心に普及させました。彼の考えでは、風には「電気的な張力」のようなものがあり、それが瓶の中の結晶の変化を引き起こしている、というのが装置の原理でした。嵐が近づけば大気の電気的な状態が変わり、それが密閉した瓶の中にまで届いて結晶に現れる——そういう理屈です。

ちなみにストームグラス自体はフィッツロイの発明ではなく、彼自身が認めているとおり、その時代より少なくとも100年は前から存在していた道具です。フィッツロイはそれを拾い上げて、権威とともに世に広めた立場でした。

1863年の検証が下した判定

ところが、フィッツロイが普及に励んでいたまさにその時代に、この装置を実験で確かめた人がいました。科学者のチャールズ・トムリンソンです。トムリンソンは1863年、学術誌 The Philosophical Magazine に検証結果を発表し、こう結論づけました。ストームグラスは粗雑な一種の示温器(サーモスコープ=温度の変化だけを示す器具)として働いており、観察の道具としては、ほとんどの用途で温度計に劣る——。

つまり、瓶が反応していたのは天気ではなく、温度だけだったのです。しかも「粗雑な温度計」ですらなく、目盛りで温度を読み取れるわけでもないので「温度計より劣る示温器」という、さらに一段厳しい判定でした。

仕組みを分解すると、こうなります。主役の樟脳はアルコールにはよく溶けますが、水にはあまり溶けません。ストームグラスの液はアルコールと水の混合液なので、樟脳はちょうど「溶けきるかどうか」の瀬戸際あたりの濃度に置かれています。この状態だと、気温が上がれば溶ける量が増えて結晶が消え、下がれば溶けきれなくなった分が結晶として析出します。一緒に入っている塩類は、結晶が羽のような複雑な形に育つのを助けているようですが、これも天気とは関係ありません。液の表情の変化は、要するに気温の上げ下げをなぞっていただけでした。

雨の前に結晶が伸びたように見えることがあるのは、荒天の前に気温が下がることがしばしばあるから、と考えれば説明がつきます。ただそれなら、最初から温度計を見ればいい話です。

145年後の再検証と同じ結論

この話が面白いのは、決着がそこで終わらなかったことです。2008年、結晶成長の専門誌 Journal of Crystal Growth に、ストームグラスの結晶を現代の実験装置で調べた論文が掲載されました。温度を制御しながら結晶の成長パターンを観察するという、19世紀には望めなかった精度の検証です。その結論は、結晶の成長を引き起こしているのは温度変化である、というもの。1863年のトムリンソンと、145年の時を隔てて同じ答えに着地したわけです。

ガラスの状態と実際の天気のあいだに意味のある相関は見つかっていません。それでも愛好家の中には、直射日光を避けて屋外に置くなど設置の条件さえ正しければ当たる、と主張する人が今もいます。ただ、その根拠は個人の体験談にとどまっていて、検証に耐えた報告は出ていません。

では、船乗りたちの天気予報を本当に変えたのは何だったのか。ストームグラスではなく、電信でした。各地の観測データを電線で即座に集められるようになったことで、嵐の接近を離れた場所へ事前に知らせる、という現代の予報の形が初めて可能になったのです。フィッツロイはこの電信を使った暴風警報の仕組みを立ち上げた先駆者でもありました。彼の本当の功績は、瓶ではなくこちらの側にあります。なおフィッツロイ自身は、予報事業への批判にさらされるなか、1865年に自ら命を絶っています。

ひとつ付け加えるなら、この結末はストームグラスを「無価値」にしたわけではありません。温度に応じて結晶が育ったり消えたりする様子は、溶解度という化学の基本を目で見せてくれる教材そのものですし、単純に眺めて美しい。天気は当てられなくても、雑貨として生き残ったのには理由があります。

解釈上の留意点

「ストームグラスは完全なインチキだった」と言い切るのは正確ではありません。温度に反応する装置としては実際に機能しており、科学の側が言っているのは「天気との相関が見つからない」ということです。気圧や湿度がまったく影響しないと証明されたわけではなく、「もし影響があるとしても、検出できないほど小さい」というのが正直なところです。また、中身の薬品はいずれも取り扱いに注意が必要なもので、本記事は自作をすすめるものではありません。

出典

この記事は、Hackadayの解説記事「FitzRoy’s Glass: Victorian Weather Marvel Or Glorified Thermometer?」(2026年8月6日)をもとに、以下の一次資料・原論文を確認して書いています。トムリンソンによる1863年の検証は The Philosophical Magazine 掲載の原論文(Internet Archiveで閲覧可)、2008年の検証は Journal of Crystal Growth 掲載の論文(DOI: 10.1016/j.jcrysgro.2008.01.037)で確認できます。フィッツロイの経歴は英国気象庁(Met Office)の公式資料にもとづいています。

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