「アルゴリズムは自分を分かってくれている」——SNSが健康情報の入り口になった世界で起きていること

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「アルゴリズムは客観的で、自分のことを分かってくれている」——SNSで健康情報を追いかけていると、いつの間にかそんな感覚になっていないでしょうか。この感覚の正体を、医師免許を持つ調査報道記者が一冊の本にまとめました。デボラ・コーエン氏の『Bad Influence: How the Internet Hijacked Our Health』(Oneworld Publications、2026年)です。この本は2026年の王立協会トリヴェディ科学図書賞(イギリスの科学書の賞)の最終候補に残っていて、著者本人がLive Scienceのインタビューで、SNSが医療の理解をどう変えたのかを語っています。

先に断っておくと、これは実験や統計で何かを証明した研究発表ではありません。長年医療の現場と報道の両方を見てきた記者が、取材を重ねてまとめた「見立て」です。ただ、その見立てが単純な「SNSは悪い」論ではないところに、読む価値があります。

医師免許を持つ記者の視点

コーエン氏の経歴は少し変わっています。マンチェスター大学で医学の学位を取ったあと、医師としてではなく報道の道に進み、医学誌BMJで調査報道部門を立ち上げ、BBCの報道番組ニュースナイトでは健康担当としてコロナ禍の報道を率い、ITVニュースでは科学編集者を務めました。医療の中身と、情報がどう伝わるかの両方を知っている人です。

その氏が本のテーマに選んだのが、SNSと健康の関係でした。背景には無視できない数字があります。アメリカの調査機関ピュー・リサーチ・センターが2026年に公表した調査では、50歳未満のアメリカの成人のおよそ半数が、SNSのインフルエンサーやポッドキャストから健康や体調管理の情報を得ていると答えています。同じピューの別の調査(2025年10月、約5,100人対象)では、年齢を問わずアメリカの成人の36%が、SNSから健康情報を少なくとも時々得ているという結果も出ています。もはや一部の人の習慣ではなく、情報の入り口そのものが変わりつつあるわけです。

SNSが埋めた「診察室の隙間」

ここでコーエン氏は、意外な方向から話を始めます。SNSは、既存の医療が取りこぼしてきた人たちの受け皿になっている、というのです。

取材の中で繰り返し出てきたのは、女性たちの声でした。婦人科系の症状について「診察室で見てもらえない、話を聞いてもらえない」と感じてきた人たちが、SNSで初めて同じ悩みを持つ人とつながり、話を聞いてもらえた。女性の健康分野への研究資金がずっと不足してきたのは事実で、その空白にSNSが入り込んだ、という構図です。

情報の届き方の差も大きいと氏は指摘します。イギリスの国民保健サービス(NHS)の公式サイトは正確ではあるけれど、お世辞にも読みたくなる作りではない。一方のSNSは、短い動画で、体験談として、テンポよく語りかけてくる。しかも現実の医療は「リスクと利益をてんびんにかけましょう」「すぐには分かりません」としか言えない場面が多いのに、SNSはたいてい、はっきりした答えと手軽な解決策をくれます。どちらに引き寄せられるかは、考えるまでもありません。

そこに、冒頭の感覚が重なります。SNSのおすすめ欄は、自分が気にしていたことを、頼んでもいないのに次々と届けてくれる。取材に応じた人たちからは「アルゴリズムは自分より自分を分かっている」という言い方が繰り返し出てきたそうです。機械が選んでいるのだから中立で客観的なはずだ、という感覚も、そこに乗ってきます。

隙間を埋める声を選んでいる基準

ところが、と話は転がります。隙間が埋まること自体は本当でも、何で埋まるかは別の話でした。コーエン氏の言い方を借りれば、隙間は埋まる、ただし必ずしも正しいもので埋まるわけではない——そこが問題なのだ、と。

おすすめ欄に並ぶ健康情報は、医学的に正確かどうかで選ばれているわけではありません。選んでいるのはエンゲージメント、つまり「どれだけ反応を取れたか」です。いいね、コメント、シェア、最後まで見られたか。その数字が伸びた投稿が、次の人にも届く。それだけの仕組みです。

この仕組みが医療の話題に何をするか、氏が挙げる例がADHD(注意欠如・多動症)です。TikTokではいま、ADHDについての発信が「何がバズっているか」に合わせて作られている、と氏は言います。発信する側は反応がほしい。反応はお金につながる。だから、医学的な正確さよりも、広く「あるある」と思ってもらえる切り口が選ばれていく。その結果、ある病気についての世の中の理解そのものが、医学ではなくバズの論理で形作られていくことになります。念のため書いておくと、これはSNSで自分の症状に気づく人を笑う話ではありません。むしろ問題は情報を届ける側の構造にあります。

そして、医療の中身を知る氏にとっていちばん受け入れがたかったのは、その構造に医師自身が乗っているケースでした。手口として挙がるのが、パラソーシャルな関係——画面越しに毎日顔を見ているうちに、会ったこともない相手を友だちのように感じてしまう、あの一方通行の親近感です。インフルエンサーはこの親近感を意図的に育てる技術を持っていて、それを使う医師がいる。「私は医師です。私自身はこの治療をこう使っています」と肩書きと体験談で信頼を積み上げ、その先で、科学的な裏付けの乏しい治療を提供する自分のクリニックへ誘導する。氏はイギリスの医師規制機関が対応を考えるべき段階だと述べています。白衣が信頼の証ではなく、売り込みの道具になっている場面がある、ということです。

上の図のように、かつて健康情報は医師から患者へという一方向が基本でした。いまはその周りを、アルゴリズムが反応の取れやすさで選んだ無数の声が取り囲んでいます。その中には誠実な発信者もいれば、そうでない発信者もいて、見た目では区別がつきません。

見分けるための問いかけ

では、どう付き合えばいいのか。コーエン氏の答えは拍子抜けするほど地味で、だからこそ実行できるものです。発信者を見たら、こう自問する——この人はなぜ、私にこれを話しているのか。何かを売ろうとしていないか。この人はどうやってお金を得ているのか。効果を語るなら、副作用や害の話もしているか。何もしなかった場合や、別の選択肢と比べてどうなのか。

氏が強調するのは、SNSには本気で人の役に立とうとしている発信者も大勢いる、という点です。だから全部を疑えという話ではなく、信じる前にひと呼吸置いて、動機を確かめる癖をつける。それが氏の言う健康リテラシーの基本です。

ちなみに氏は、SNSで多用される「ドーパミン」のような言葉づかいにも釘を刺しています。人間はホルモンや神経伝達物質の袋ではなく、もっと複雑な存在なのに、SNSではそうした用語が単純化されて独り歩きしている、と。健康情報の世界では、それらしい専門用語こそ、立ち止まる合図かもしれません。

日本の状況と、この先の変化

ここまでの数字はアメリカの話で、日本にそのまま当てはめることはできません。日本には米国調査と同じ形式の代表的な数字がまだ揃っていませんが、傾向をうかがえる材料はあります。国立がん研究センターが日本人の代表サンプルを対象に行った調査(INFORM Study 2020)では、がんやうつ・不安障害の経験がある人ほど、インターネットで健康情報を探す傾向が強いという結果が出ています。つまり日本でも、切実な事情を抱えた人ほどオンラインの健康情報に向かう、という土台は共通しているとみてよさそうです。隙間を何が埋めるかという問題は、国を選びません。

そしてコーエン氏は、この構図がすでに次の段階に入りつつあることも認めています。ChatGPTのような大規模言語モデル(LLM)の登場です。執筆中は「本が出る頃にはSNSではなくAIの時代になって、内容が古くなるのでは」と考えたそうですが、実際にはSNSの利用は衰えず、SNSで話題を知り、AIに深掘りを頼み、それをもとに受診や治療を考える、という組み合わせ方が生まれつつある。AIは専門用語をかみ砕いてくれる可能性がある一方で、もっともらしい誤りを返すことも、使う人に調子を合わせすぎることも知られています。全体がどう組み合わさっていくのかは、氏自身「まだ分からない」としています。

診察室の外に広がった健康情報の世界は、もう元には戻りません。戻す必要もないのでしょう。ただ、その世界で情報を選んでいるのが正確さではなく反応の数だということだけは、画面をスクロールする側が覚えておいたほうがよさそうです。

出典

元記事:‘There’s a sense that these algorithms are objective and they get to know you’: How social media warps our understanding of healthcare(Live Science、2026年8月16日、Hannah Osborne)

書籍:Deborah Cohen『Bad Influence: How the Internet Hijacked Our Health』(Oneworld Publications、2026年)※2026年王立協会トリヴェディ科学図書賞 最終候補

統計:Pew Research Center「Who Are America’s Health and Wellness Influencers?」(2026年5月)Pew Research Center「Where Do Americans Get Health Information, and What Do They Trust?」(2026年4月)

日本の調査:国立がん研究センター INFORM Study 2020(オンライン健康情報探索とSNS利用に関する横断調査)

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