衰えた免疫細胞を「若返らせる」――人で初めての臨床試験が始まる

医学・健康
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歳をとると、体を守ってくれる免疫の力はだんだん落ちていきます。風邪が長引きやすくなったり、ワクチンの効きが鈍くなったりするのも、その一部です。その「衰えた免疫細胞」を取り除くのではなく、もう一度若い状態に戻せないか——そんな狙いの治療を、人で初めて試す臨床試験が近く始まる見込みです。ロンドン大学(UCL)の研究をもとにしたもので、うまくいけば高齢期の免疫力の立て直しや、がん・HIV・認知症といった病気の治療にもつながる可能性がある、とされています。

免疫の老化と疲れたT細胞

免疫の主役のひとつが、白血球の一種であるT細胞です。体に入ってきたウイルスやがん細胞を見つけ、ほかの免疫細胞に指示を出して攻撃をまとめます。

ところが年齢を重ねると、このT細胞の一部が「疲弊(ひへい)」したり「老化」した状態になっていきます。数は増えるのに、本来の働きはうまく果たせない——指揮官が現場に出てこなくなるような状態です。これが免疫の老化(免疫エイジング)と呼ばれるもので、感染症にかかりやすくなったり、体の不調に立ち向かう力が落ちたりする一因と考えられています。慢性的な病気を抱えている人でも、同じように免疫が早く老け込む傾向が見られます。

試験で試すこと

今回の治療は、英国のバイオ企業SenTcell(センティーセル)が開発したものです。創業者は、長く免疫の老化を研究してきたUCLのアレッシオ・ランナ博士。発想がこれまでと少し違っていて、病気の細胞を直接たたくのではなく、免疫システムそのものが「脅威を見つけて反応する力」を取り戻すことを目指します。

仕組みとしては、疲れた免疫細胞の中で異常を引き起こしている代謝の経路を組み替え、若くて健康な細胞に近い性質を取り戻させる、という考え方です。投与のしかたは意外と身近で、液体の薬を筋肉に注射する形。多くのワクチンと同じやり方です。

第1相試験では、まず免疫の働きに乱れが見られる大人——免疫が老化している人や、慢性的なウイルス感染を抱えている人など——を慎重に選んで対象にする予定です。治療の前後で免疫の状態を詳しく調べ、健康な免疫の特徴を取り戻せるかどうかを見ていきます。

鍵を握るCD4+ T細胞とテロメア

研究チームがとくに注目しているのが、CD4+(シーディーフォー・ポジティブ)T細胞というタイプです。免疫の「指揮者」とも言われ、ほかの免疫細胞に「動け」と指示を出す役回りを担っています。ここが元気を取り戻せば、免疫全体の立て直しにつながるのではないか、という狙いです。

もうひとつの手がかりがテロメアです。細胞の中にある染色体の端には、テロメアという保護キャップがついています。靴ひもの先のプラスチック部分のようなもので、大事な遺伝情報がほつれないように守っています。このテロメアは細胞が分裂するたびに少しずつ短くなり、老化の度合いを測る目安として広く使われています。

「テロメアの川」という仮説

これまでの実験室レベルの研究では、若返ったCD4+ T細胞が、テロメアを含む小さな構造を血液中に放出するらしいことが示されています。研究者はこれを「テロメアの川(telomere rivers)」と名づけ、若返った免疫細胞が体じゅうのほかの組織の健康にまで影響を及ぼすしくみを説明できるのではないか、と調べています。

ただし、これはまだ仮説の段階です。ヒトでは確認されておらず、今まさに検証が進んでいる途中だという点は、押さえておきたいところです。

応用が期待される領域

この治療がうまくいけば、病原体や病気をひとつずつ相手にするのではなく、免疫の守る力そのものを底上げするという新しいアプローチになりえます。最初に想定されているのは、免疫が疲れ切ってしまう状態が関わる病気——慢性の感染症、自己免疫の病気、がんなど。さらに、健康なまま歳を重ねる(健康寿命を延ばす)ための研究にも、ヒントを与えるかもしれません。

HIVと一緒に生きる人は、治療の進歩で長く健康に暮らせるようになりましたが、それでも免疫の老化が早く進む特徴が残ることがあります。がんやそのほかの慢性疾患でも、似たような免疫の乱れが見られます。こうした「免疫の老化・疲弊」が共通の課題になっている領域に、まとめて効く可能性がある、というのがこの研究の面白いところです。なお、このプログラムは英国の規制当局(MHRA)の革新的医薬品の早期アクセス制度(ILAP)の支援も受けています。

解釈上の留意点

期待がふくらむ話ですが、現時点はあくまで「これから人で初めて試す」段階だということは、はっきりさせておきたいところです。試験はまだ始まっておらず、結果も出ていません。

しかも第1相試験は、主な目的が「安全に使えるか」と「体の中で狙いどおりに働くか」を確かめることにあります。「この病気が治った」という効果を示す段階ではありません。免疫の老化を本当に巻き戻せるのか、その効果がどれくらい続くのか、副作用はどうか——分かっていないことのほうがまだ多い、というのが正直なところです。アンチエイジングと免疫が重なる話題は注目されやすいぶん、結果を見届けてから判断する慎重さが要ります。

とはいえ、衰えた免疫細胞を「取り除く」のではなく「若返らせる」という発想を、実際に人で試すところまで来たこと自体は、ひとつの節目だといえます。

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