小さな人形を木箱の上にちょこんと置くと、その人形に割り当てられた曲が流れ出します。人形を取り替えれば、音楽も変わる。スペインの製作者がひとりで組み上げた、幼い娘さんのための音楽プレイヤーです。
作った動機は、身もふたもないくらい具体的でした。娘はもう、パソコンで音楽をかけられるくらいには賢い。けれど、マウスはまだ渡したくない。だったらマウスのいらない再生装置を用意すればいい——その一点から、できあがるものの形がまっすぐ決まっていったところに、この工作のおもしろさがあります。
マウスを渡さないための設計
製作者はスペイン語の個人ブログ「Screen13」を書いている人で、Hackaday の記事では David と紹介されています。プロジェクトには「Mememe」という名前が付いていて、製作記が公開されたのは2025年7月。Hackaday がこれを見つけて取り上げたのは2026年8月3日なので、1年ほど経ってから拾われた工作ということになります。
本人の説明はこうです。娘はとても小さいけれど、とても賢い。マウスさえ渡せば、WinAMP を開いて自分で音楽をかけてしまうだろう。でもマウスは渡さない。ならば、代わりの操作方法を作るしかない。
そこで選ばれたのが、人形を置くという動作でした。人形ひとつが、プレイリストひとつに対応します。置けば鳴り、別の人形に替えれば別の曲が鳴る。文字を読む必要も、画面を見る必要もありません。本人はこれを「対象年齢1歳半のユーザーインターフェース」と書いています。
読み取りから再生までの流れ
中身は驚くほど素直です。人形の台座には RFIDタグ が仕込んであります。RFID は電波でやりとりする小さなICタグのことで、日本だと交通系ICカードや社員証でおなじみの技術です。
箱の上面には円形のくぼみがあり、そこが人形の定位置になっています。くぼみの真下にいるのが RC522 というRFIDリーダー。人形を置くとタグが読まれ、タグごとに固有の識別番号が Arduino Nano に渡ります。
Arduino Nano の中には、識別番号とSDカード内のフォルダ番号を対応させた表が書き込まれています。読んだ番号が表に載っていれば、DFPlayer Mini というMP3再生モジュールに「このフォルダを鳴らせ」と伝えるだけ。DFPlayer Mini は2ユーロほどの中国製モジュールで、SDカードスロットと小さなアンプを内蔵しており、シリアル通信で命令を送れば勝手に再生してくれます。音は、引き出しに眠っていた4Ωのスピーカーから出ます。
SDカードは FAT16 か FAT32 でフォーマットし、プレイリストごとに番号付きのフォルダを作ってMP3を放り込んでおく。1曲終われば次の曲へ進み、フォルダの最後まで来ると静かになります。

公開されているコードには、DFPlayer への問い合わせを3回続けて実行している箇所があり、そこにだけ「変なバグのせいで3回」というコメントが添えられています。理由は分からないが動くのでそのままにした、とのことです。
タグ選びで問題になる周波数の違い
製作記の中で、これから同じものを作る人がいちばんつまずきそうな箇所として名指しされているのが、タグ選びです。
ひとくちにRFIDタグといっても、よく使われる周波数帯は125kHz と 13.56MHz の二つあり、この二つに互換性はありません。125kHz帯は駐車場や倉庫の鍵に付いているタイプ、13.56MHz帯は交通系ICカードなどに使われているタイプです。RC522 が読めるのは 13.56MHz帯だけなので、間違えて125kHz帯を買うと、リーダーはうんともすんとも言いません。製作者は、人形の台座の裏に貼れるシール状の13.56MHzタグを選んでいます。
ただし、13.56MHz なら何でも読める、という話でもありません。同じ13.56MHz帯の中に、MIFARE(ISO/IEC 14443 TypeA)、TypeB、そしてフェリカ方式という別々の規格が同居しているからです。RC522 が対応するのは TypeA/MIFARE のみ。日本でいちばん身近なフェリカ方式のSuicaや、TypeBを使うマイナンバーカードは読めません。日本で同じものを作るなら、リーダーに合わせて MIFARE系のタグを買う必要があります。
鉛筆箱を再利用した筐体
箱そのものは、前世が鉛筆箱だった木の小箱です。中にはスピーカー、基板類、そして電源が押し込まれています。
その電源というのが、大袋のネスクイックに付いてきた景品のモバイルバッテリーだそうです。何年も引き出しで出番を待っていたものが、ここでようやく使われました。
外側は意外なほどきちんとしていて、スピーカー用の格子、音量調整のつまみ、曲送りのボタン、ランプ付きの電源ボタン、充電用のUSB-C端子が並んでいます。音量つまみは、ずいぶん前に地元の電子部品店の店主から「もう相当なビンテージだから」と譲り受けたものだとのこと。そして上面にあるのが、人形がぴたりとはまる、あの円いくぼみです。
増えていく人形という副産物
ここからが、本人も計画に入れていなかった部分です。
人形は日曜の蚤の市(フリーマーケット)で調達しています。娘さんが新しい曲を気に入るたびに、それに合う手ごろな人形を探しに出かける。見つけたら、ミニチュアゲーム「ウォーハンマー」用の円い台座を底に貼り、中にRFIDタグを入れ、識別番号をコードの表に書き足す。これで一体ぶんのプレイリストが増えます。
そうして棚の上には、アラジンの魔人やバルー、ピンクパンサーといった人形が並びはじめました。製作者はこの棚を「レコードのコレクションが人形になったようなもの」と表現しています。操作を簡単にするために始めた工作が、音楽を手に取れるモノに戻していた——という結果です。
締めくくりも軽やかで、娘は自分で音楽をかけて自分で変えられるようになり、マウスは依然として自分のもので、おまけに「必要だから」と堂々と蚤の市へ人形を買いに行ける、と書かれています。

先行する市販品とオープンソース版
「置くだけで鳴る」という発想そのものは、新しいものではありません。ドイツの Boxine 社が2016年に発売した Toniebox は、専用フィギュアを箱の上に置くと物語や音楽が流れる子ども向けオーディオプレイヤーで、いまは日本でも買えます。フィギュアの底で自動認識するという点で、考え方はまったく同じです。
自作の側にも先行例があります。Thorsten Voß さんが2018年ごろから公開している TonUINO は、Arduino+MP3モジュール+RFIDリーダーという、今回とほぼ同じ構成のオープンソースの子ども向け音楽箱で、専用基板や3Dプリント用のケースまで揃っています。Hackaday のコメント欄でも、構成の一致を指摘する声が出ていました。Hackaday 自身も、同じ発想の工作を過去に何度か取り上げています。
違いが出るのは、音源の置き場所です。Toniebox は無線LANとアプリで初期設定をして、音源はサービス側で管理されます。Mememe のほうは、SDカードに入れたファイルを鳴らしているだけなので、ネットにつながっていなくても動きます。手元で完結している、という一点は自作ならではです。
つまり Mememe は、まったく新しい仕掛けの発明ではなく、すでに確立した作り方を自分の家の事情に合わせて仕立て直した工作、ということになります。それでも、既製品を買わずに鉛筆箱と景品のバッテリーと引き出しのスピーカーで組み上げ、鳴らす曲も置く人形も自分で選んでいるところに、この一台の性格がよく出ています。
製作時の留意点
個人の趣味の工作であって、製品として売られているものではありません。玩具としての安全基準の試験を通ったものでもないので、同じものを作るなら気をつけたい点がいくつかあります。
ひとつは小さな部品です。シール状のRFIDタグは硬貨ほどの大きさで、人形の台座に貼ったり中に仕込んだりします。剥がれたタグや外れた台座を小さな子どもが口に入れる可能性は、あらかじめ考えておいたほうが安全です。台座はしっかり固定し、ときどき外れていないか確かめる手間が要ります。
音源の扱いにも一言。SDカードに入れる曲は、自分で用意する前提の設計です。手持ちの音源を家庭内で楽しむのと、それを配ったり公開したりするのとでは話が別なので、そこは分けて考えてください。
電源まわりも、モバイルバッテリーを木箱に閉じ込める構成です。発熱の逃げ道と、充電するときの扱いには余裕を見ておきたいところです。


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