アフリカのサヘル地域が、緑を取り戻しつつあります。サヘルはサハラ砂漠の南縁に沿って、西のセネガルから東のエチオピアまで東西に延びる、幅800kmほどの半乾燥地帯です。1億5,000万人以上が暮らし、1970〜80年代には壊滅的な干ばつに見舞われて、飢餓の代名詞のように語られてきた土地でもあります。
そのサヘルで、いま井戸の水位が上がっています。場所によっては地下水位が4m以上上昇し、干ばつで干上がりかけていたチャド湖は、2024年に2万3,000km²を超える広さまで回復しました。1980年代半ばには2,300km²ほどまで縮んでいたので、およそ10倍。1960年代の広さに近づきつつあります。ニジェール南部では、木のなかった畑に約2億本の樹木が自然に再生し、野生では一度絶滅が宣言されたシロオリックス(湾曲した長い角を持つレイヨウ)は、チャドの自然保護区で600頭を超えるまでに増えました。
この変化を現地取材と水文研究(水の循環を調べる研究分野)から追ったのが、環境ジャーナリストのFred Pearce氏です。記事は環境メディアのYale Environment 360に掲載され、Live Scienceにも転載されました。今回はその内容を紹介します。なお、これは1本の新しい論文の発表ではなく、既存の研究と現地の証言をまとめた報道記事です。
モンスーンの北上が握る命運
サヘルの雨は、西アフリカモンスーンが運んできます。6月から9月にかけて、南のギニア湾から湿った風が吹き込み、内陸へ北上していく——この風がどこまで届くかで、その年の収穫が決まります。水文学者によれば、雨の帯が北緯15度あたりまで達すれば良い年、北緯10度で止まれば凶作。たった5度の違いが、生死を分けてきました。
20世紀後半の大干ばつでは、このモンスーンが何年も続けて手前で止まりました。飢えと病気で、最大100万人が亡くなったとされます。では、なぜモンスーンは北上をやめてしまったのか。そして、なぜいま戻ってきたのか。そのカギは、サヘルから遠く離れた海にありました。
北大西洋の水温を変えた大気浄化
国連のIPCC(気候変動に関する政府間パネル)が2021年にまとめた評価によると、サヘルに雨が戻った原因は北大西洋の強い温暖化にある——この点について、気候科学者の間には「高い確信度」があります。そして北大西洋を暖めた要因は2つ。地球温暖化そのものと、ヨーロッパと北米で石炭燃焼由来の硫酸塩エアロゾルが減ったことです。
石炭を燃やすと、硫酸塩エアロゾルという微粒子が大気中に放出されます。20世紀のあいだ、この粒子は北大西洋の上空にうっすらとした霞(かすみ)をつくり、日射をさえぎって海面を冷やしていました。海が冷えると、西アフリカモンスーンは北上できず、サヘルの手前で止まります。あの大干ばつの背景には、この仕組みがあったとみられています。
その後、欧米各国が大気汚染対策として排煙の浄化を進めると、エアロゾルの霞は薄れ、北大西洋は温暖化の影響もあわせて強く暖まりました。するとモンスーンは再びサヘルの奥まで北上するようになった。つまり、自国の空気をきれいにする政策が、意図しないまま、地球の裏側の雨を動かしていたことになります。この変化は1990年代に始まり、この5年で加速しています。

上の図のように、左が海面の冷えていた時代(雨の帯が南に下がり、サヘルが乾く)、右が海面の暖まった現在(雨の帯が北へ戻り、サヘルに雨が届く)という対比です。
雨だけでは説明できない地下水の回復
ただし研究者たちは、雨の増加だけではサヘルの「再湿潤化」を説明しきれない、とも指摘しています。地面の側でも、いくつもの変化が同時に起きているからです。
中でも興味深いのが、「土地が荒れたおかげで地下水が増えている」という逆説的な現象です。長年の干ばつでサヘルの土壌は硬く焼き固められ、表面にクラスト(固い皮膜)ができました。雨が降っても地面に浸み込まず、そのまま流れ出してしまう——モンペリエ大学の水文学者Christophe Peugeot氏の分析によると、この土壌の変質で、中央サヘルの流出量は近年約50%増えています。流れ出した水は川や涸れ谷(ワジ)を走り、くぼ地や池に集まって、そこからまとめて帯水層(地下水を蓄える地層)へ浸み込んでいきます。ユニヴァーシティ・カレッジ・ロンドンの水文地質学者Richard Taylor氏は、場所によっては年間の雨量よりも一度の雨の強さのほうが、地下水の涵養(かんよう)量を左右すると述べています。
実際、ニジェールの広い範囲で地下水位は平均4mほど上がり、帯水層の貯留量は約15%増えました。この現地データは、NASAの重力観測衛星GRACEの解析——地下の水が増えると、その場所の重力がわずかに強まるのを検出できます——とも一致しています。
このほか、深く根を張る野生の草に代わって、根の浅いトウジンビエやソルガムといった作物が広がったことで土壌の水分が失われにくくなったこと、石を等高線に沿って並べたり小さな穴を掘ったりして雨水を土に留める伝統的な水収穫技術が各地で復活していること、そして治安の悪化や設備の老朽化で大規模な灌漑(かんがい)事業が放棄され、川の水が取水されずにチャド湖まで流れ着くようになったことも、地下水の回復を後押ししているとみられています。
暮らしへの効果は、すでに現れています。世界銀行の支援プログラムのもと、チャド・ニジェール・カメルーンでは復活したオアシスの周りで小規模灌漑が再開されました。チャドの農家アシュタさんは、耕せる土地が4倍に増え、タマネギの収量が倍になったと語っています。
豪雨がもたらす新たな災害
ここまで読むと良いことずくめのようですが、戻ってきた雨には険しい顔もあります。サヘルの雨は、巨大な雷雨の集団(メソスケール対流系)がもたらす極端な豪雨に集中するようになりました。この雷雨群はいまや地球上で最も強力な部類とされ、激しい嵐の頻度は1980年代の約3倍に増えています。
2024年のモンスーン期には、ニジェールで15万戸以上の日干しレンガの家が洪水に流されました。ニジェールではいま、干ばつよりも洪水で亡くなる人のほうが多くなっています。雨が3倍になったということは、水害も増えたということでもあるのです。
先行きにも不確実さが残ります。気候モデルの多くは今世紀を通じてサヘルの雨がさらに増えると予測していますが、雨の降り方は今後も不安定なままとみられ、直近では強いエルニーニョの影響で、東部サヘルは干ばつ、西部は豊作と、地域によって明暗が分かれる可能性が指摘されています。緑は戻りつつある。ただ、その緑と付き合っていく難しさは、これからも続きそうです。
出典
Fred Pearce氏によるYale Environment 360の記事(Live Science転載版):‘Now our lives have changed’: Drop in coal burning is helping the African Sahel turn green after decades of drought(Live Science・2026年8月9日)


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