南極の「血の滝」——赤い水の素性を、そこに住む微生物が明かした

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南極に、血のように赤い水が流れ出している場所がある。テイラー氷河という氷河の先端で、氷の割れ目からにじみ出した水が白い斜面を赤く染め、下の凍った湖へ落ちていく。1911年、スコット隊の地質学者グリフィス・テイラーがこれを見つけたときは、赤い藻が原因ではないかと考えられた。のちに正体は鉄だと分かり、いまは「ブラッド・フォールズ(血の滝)」と呼ばれている。

色の説明はついた。ついていなかったのは、その水がどこから来たのかだ。8月3日付で Nature Geoscience に載った論文は、この問いに新しい種類の証拠を持ち込んだ。水の化学組成ではなく、そこに住んでいる生き物の遺伝子を読んだのである。

氷河の下に閉じ込められた塩水

上の図のように、血の滝の水は氷河の表面が溶けたものではない。氷の下にたまった塩水が、氷の中を通る細い水路を伝って先端まで上がってきて、割れ目から外に出ている。これまでの調査では、氷の厚さ400メートルほどの下、出口から数キロ奥にたまりがあると見積もられている。

この塩水は、ふつうの海水よりずっと塩辛く、鉄が桁違いに多い。溶けている鉄は1リットルあたり350マイクロモル以上——重さにすると20ミリグラムを超える。日本の水道水の基準(鉄0.3ミリグラム毎リットル以下)の60倍以上にあたる量だ。

ただし、氷の下にある間の水は赤くない。鉄は酸素と出会っていない形で溶けているので、見た目は透明に近い。外に出て空気に触れた瞬間に鉄が酸化し、そこで初めて赤くなる。2022年の研究では、この赤の実体は教科書どおりの錆(結晶質の酸化鉄)ではなく、鉄と塩素に富んだ非晶質のナノ粒子——結晶の形をとらない、ごく小さな球——だと報告されている。結晶でないため、鉱物を調べる標準的な手法では長らく見落とされていた。

海由来か、風による運搬か

塩水が海に由来するらしい、という見方自体は新しくない。主要なイオンの組成も、水素や酸素の同位体比も、海水を思わせるものだった。2004年と2007年には、塩水の中から見つかった細菌が、冷たい海にいる細菌と遺伝子でよく似ていることも報告されている。2009年には、この細菌群が光も酸素もない環境で硫酸と鉄を使って生きていることが Science 誌に発表され、血の滝は一躍有名になった。

それでも決着がつかなかったのは、南極の内陸で海の生き物の痕跡が見つかること自体が、長い論争の的だったからだ。

マクマード・ドライバレー——氷にほとんど覆われていない、南極でも特異な乾いた谷——を含め、南極大陸のあちこちの陸上から、海の珪藻(けいそう。ガラス質の殻を持つ植物プランクトン)の殻が見つかっている。その解釈は大きく三つに分かれてきた。過去に海が入り込んで置いていった、強風が海から運んできた、あるいはその両方が重なった、である。この論争は、南極の氷床が過去の温暖期にどこまで後退したかという、もっと大きな問題に直結している。

血の滝の場合も同じで、「海の生き物に似たものがいる」ことは、そのまま「水が海由来である」ことにはならない。風が運んできただけかもしれない。今回の研究チームが取り組んだのは、この分岐だった。

赤い泥だけが持っていた海の顔ぶれ

これまでの調査が見ていたのは、ほぼ細菌と古細菌——細胞に核を持たない原核生物だった。研究チームが対象にしたのは、そこから外れていた真核生物、つまり細胞に核を持つ側の生き物である。珪藻、渦鞭毛藻(うずべんもうそう)、繊毛虫、ハプト藻といった、いずれも顕微鏡サイズの単細胞生物が含まれる。

解析にかけたのは167点。氷河先端で採った赤い氷・赤い泥・赤い堆積物と、比較用に同じ先端で採った赤くない堆積物、そしてドライバレー各地の湖や河川の試料、風で運ばれてきたものを捕まえる採集器の中身、さらに近くのマクマード湾の海水と海氷の試料である。マクマード湾と風の試料は、以前に別の研究で集められて公表済みのデータを再解析したものだ。

結果は、場所によってきれいに分かれた。

マクマード湾の珪藻は当然すべて海の種類。ドライバレーの湖や川では、逆に HantzschiaLuticola といった陸上・淡水の属が8割以上を占める。そして氷河先端は、この二つが同居する場所になっていた。赤い泥と赤い堆積物では珪藻の6割から8割が海の種類で、同じ先端でも赤くない氷や周囲の堆積物では逆に陸上・淡水の種類が8割以上だったのである。つまり赤い部分——塩水が滲み出して染めたところ——だけが、海の顔ぶれを持っていた。

数字で見ると、マクマード湾と共通する配列型の割合は、氷河先端で9.34%、ドライバレーの水域で1.15%。珪藻に絞ればもっと差が開き、20.4%対1.5%になる。統計的な比較では、氷河先端の珪藻の顔ぶれはマクマード湾のものと区別がつかず(P = 0.10)、いっぽうドライバレーの水域や風の試料とははっきり分かれた(P ≤ 0.002)。

風の試料に残っていなかった痕跡

では、風が運んできた可能性はどうか。研究チームはそのために、谷に設置された採集器の中身を調べている。

海に近いエクスプローラー入江、氷河先端に近いボニー湖、そして先端にもっとも近いローソン川。いずれの試料からも、海の種類はごくわずかしか出てこなかった。ドライバレーの風は強いが、これまでの研究でも、風による生き物の行き来は同じ盆地の中では活発でも、谷や盆地をまたぐ移動は地形に阻まれて限られることが分かっている。

運ばれる側の事情もある。風に乗って長く飛べるのは小さくて丈夫な細胞で、飛んでいる間の衝突や破砕で傷むものは残りにくい。海の珪藻は淡水のものより大きく、ガラス質の殻が薄い傾向がある。さらに、氷河先端と海の両方で目立った渦鞭毛藻の一群(ギムノディニウム科)は、そもそも硬い殻を持たない。風に耐えて長距離を渡るのに向いた顔ぶれではない、ということになる。

ひとつ、正直に付け加えておくべき結果がある。同じ比較を原核生物でやると、海との共通性は出てこない。氷河先端と海の共通配列は9.26%、ドライバレーの水域と海の共通配列は10.13%で、差がない(P = 0.28)。むしろ氷河先端の細菌の顔ぶれは、地元のドライバレーの水や風のものに近かった。海の記憶が読めるのは真核生物の側で、細菌の側では現在の環境が上書きしてしまっている、という描像になる。

隔離の長さと、いま動いている証拠

もうひとつの手がかりが、配列のわずかな違いだった。

同じ属の中でも、配列を細かく見ると型が枝分かれしている。海と行き来が続いていれば型は共有されるし、切り離されて時間が経てば独自の型が生まれる。氷河先端の Chaetoceros は、海とひとつも型を共有しない独立した枝を作っていた。Fragilariopsis は海と共有する型を持ちつつ、先端だけの型も抱えている。対照的に、陸上・淡水の Hantzschia は、氷河先端でも海でもドライバレーでも型を広く共有していた。いまも行き来している生き物と、していない生き物の違いが、そのまま出た形になる。

そして今回の研究がDNAではなくRNAを読んでいることが、ここで効いてくる。DNAは死んだ細胞にも残るが、RNAは壊れやすく、活動している細胞から読める割合が高い。過去の残骸なのか、いま生きているのかを分ける手がかりになる。

読み取れたのは、光合成をしている真核生物が氷河先端の真核生物の平均4割強を占め、光合成・呼吸・細胞の修復・塩分ストレスへの対応にかかわる遺伝子が働いている、という状態だった。ドライバレーの水域の珪藻と比べると光合成や呼吸の経路が強く出ており、マクマード湾の珪藻と比べるとイオンの出し入れやタンパク質の品質管理、DNAの修復に多くを割いている。塩辛くて鉄の多い、酸化ストレスのかかる環境で暮らしているらしい姿が、そのまま遺伝子の使い方に出ている。

ずっと活発なわけではないだろう、というのが研究チームの見立てだ。塩水が流れ出すのは不定期で、そのあいだに氷河の融け水が混ざったり、乾いたりする。ここに出てきた生き物の多くは、休眠する仕組みを持っている。たとえば海の珪藻 Chaetoceros socialis は、活動している細胞から胞子に変わって少なくとも9か月は生き延びられ、低温で酸素のない環境ではその期間がさらに延びる。渦鞭毛藻や繊毛虫も、殻をかぶって休む段階を持つ。条件がそろったときだけ目を覚まし、あとは待つ——そういう暮らし方をしていると考えると、断続的にしか水の来ない場所で続いてきた説明がつく。

塩水湖の内側と外側の線引き

ここで、はっきりさせておきたいことがある。今回見つかった生き物は、氷の下の塩水そのものの中で見つかったわけではない。

論文は「塩水そのものからは真核生物はまだ検出されていない」と明記している。調べたのは、その塩水が氷河の先端から出てきて、地表の氷や泥や堆積物を赤く染めた場所だ。光合成の遺伝子が働いていたことからも分かるとおり、そこには日が差す。100万年以上ずっと暗闇にいた生き物が、暗闇の中で見つかった、という話ではない。

研究チーム自身が示している見立ても、単純ではない。いまの真核生物の顔ぶれは、過去の海の侵入で入った系統が長く残ってきたことに加えて、昔のうちに谷の中で風によって配り直された分、そしてごく限られた現在の風による流入が、重なった結果だろう、としている。「海の侵入か、風か」という二択のうちどちらかが勝った、という決着ではない。

年代についても、今回の論文は数字を出していない。テイラー谷がかつてフィヨルドのような地形だった証拠はあるが、海がどこまで、いつ入り込んだのかは未解決だと書かれている。よく引かれる「150万〜200万年前」という数字は2009年の推定で、上級著者のアンドリュー・アレン氏も、およそ200万年前という言い方をしている。氷河がいつ塩水の上に乗り上げたのかを詰めるには、さらに解析が要る、というのが現時点である。

氷に覆われた水を探すときの前例

この場所がくり返し注目されてきた理由のひとつは、氷の下に閉じ込められた塩水という条件が、地球の外で探そうとしている環境とよく似ていることだ。木星の衛星エウロパや土星の衛星エンケラドスには、厚い氷の下に液体の水があると考えられている。冷たくて、塩辛くて、分厚い氷に蓋をされている——血の滝は、その条件を地上で直接サンプリングできる数少ない場所になる。

今回の結果は、そこにもうひとつの意味を足した。閉ざされた水の由来を、水の化学ではなく、水が置いていった生き物の遺伝子から読める場合がある、ということだ。氷の下の水にたどり着けなくても、それが染めた地面を調べれば、水の来歴の一部が読めるかもしれない。

もっとも、当の研究者たちにとっては新しい謎も増えたらしい。ここで見つかった光合成をする微生物は、ふつう鉄の乏しい海でよく育つ仲間である。ところが血の滝は、鉄が過剰なくらいある。アレン氏は、彼らがその鉱物の鉄をどう扱っているのかを知りたい、と述べている。閉じ込められた海の話は、まだ半分も読めていない。

解釈上の留意点

今回の成果は、真核生物という新しい角度から「血の滝の水は海に遡る」という説を補強したものであって、新しい生き物の発見でも、論争の終結でもない。細菌がいることは20年以上前から知られている。

試料167点のうち、マクマード湾の26点と風の14点は、以前に別の研究で集められて公表済みのデータを再解析したものだ。新たに採ったのは氷河先端とドライバレーの分になる。

種の同定にも限界がある。使われたのは遺伝子の一部の領域で、研究チーム自身が「この解像度では種レベルの固有性や新種の誕生を論じることは控える」と書いている。顕微鏡による形の確認は、試料の量と保存状態の都合でできなかった。今後、より長く読む配列解析や単一細胞の解析、形態の確認と組み合わせる必要がある、というのが著者らの整理だ。

風による運搬についても、否定されたのは「現在の風だけで説明する」という説明である。論文は、対象にしたのが1年かけて集めた現在の風の試料であることを断ったうえで、過去の風による堆積は今回の研究の解像度の外に残る、と明記している。まれにしか起きない長距離の移動が、地質学的な時間の中で大きな効果を持ちうることにも触れている。

出典

Zoumplis, A. et al. “Molecular evidence for a relict marine community in an Antarctic Dry Valleys subglacial brine-fed system.” Nature Geoscience (2026)(オープンアクセス)
https://doi.org/10.1038/s41561-026-02054-6

スクリップス海洋研究所(カリフォルニア大学サンディエゴ校)プレスリリース
Ancient Marine Life May Be Hiding In Antarctica’s Blood Falls

Scientific American(2026年8月3日)
How Antarctica’s Blood Falls came to be

Live Science(2026年8月3日)
Scientists uncover big clue as to how Antarctica’s mysterious Blood Falls came to be

Mikucki, J. A. et al. “A contemporary microbially maintained subglacial ferrous ‘ocean’.” Science 324, 397–400 (2009)
https://doi.org/10.1126/science.1167350

Sklute, E. C. et al. “A multi-technique analysis of surface materials from Blood Falls, Antarctica.” Frontiers in Astronomy and Space Sciences 9, 843174 (2022)
https://doi.org/10.3389/fspas.2022.843174

Lyons, W. B. et al. “The geochemistry of englacial brine from Taylor Glacier, Antarctica.” Journal of Geophysical Research: Biogeosciences 124, 633–648 (2019)
https://doi.org/10.1029/2018JG004411

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