イギリス沖の北海の海底下に、シルバーピット・クレーターと呼ばれる直径約3kmの円形のくぼみが眠っています。発見から20年以上、「小惑星の衝突跡なのか、それとも別の地質現象なのか」で研究者の意見が割れつづけてきた場所です。この論争に、ついに決着がつきました。エディンバラのヘリオット・ワット大学のウィスディーン・ニコルソン博士らのチームが、約4300万〜4600万年前に直径160mほどの小惑星(または彗星)が海に衝突してできた痕だと確認したのです。研究は2025年9月、科学誌Nature Communicationsに発表されました。
北海の海底に眠る直径3kmのクレーター
シルバーピット・クレーターが見つかったのは2002年のことです。場所はイングランド・ヨークシャーの沖合およそ130km。石油・ガス探査のために海底下を音波で調べた地震探査データの中に、きれいな円形の構造が写り込んでいました。クレーター本体の直径は約3kmで、その周りを直径約20kmにわたって同心円状の断層のリングが取り囲んでいます。中央には、衝突クレーターによく見られる「中央丘」と呼ばれる盛り上がりもありました。
ただし、このクレーターは海の底に口を開けているわけではありません。海底からさらに700mも下の地層に埋もれています。堆積物の下に埋まっていたおかげで、波や海流に削られることなく、できた当時の形をよく保っていました。
20年以上つづいた「衝突か、塩か」の論争
円形の輪郭、中央丘、同心円状の断層。見た目は衝突クレーターの特徴をそろえています。それなのに、なぜ20年も決着がつかなかったのでしょうか。
理由は、見た目だけでは決め手にならないからです。実は、衝突以外のプロセスでも似たような円形構造ができることがあります。有力な対抗馬だったのが、地下の塩の層が動いたせいでできた、という説でした。北海の地下には厚い岩塩の層があり、塩は長い時間をかけて流動します。塩が抜けた場所の上の地層が陥没すれば、円形のくぼみができてもおかしくありません。ほかに、火山活動に関連した陥没だとする見方もありました。2009年にはロンドン地質学会でこのクレーターの成因をめぐる討論会まで開かれ、研究者の間で意見が真っ二つに割れる、ちょっとした名物論争になっていました。
衝突だと言い切るには、「衝突でしか作れない物証」が必要でした。それが長いあいだ見つからなかったのです。海底下700mに埋もれた地層が相手では、掘って直接調べるだけでも大仕事です。
決め手になった2粒の鉱物
論争を終わらせたのは、巨大な観測装置でも新しい掘削でもなく、たった2粒の砂粒サイズの鉱物でした。
研究チームは、クレーターの近くで過去に掘られた石油探査の井戸(掘削孔43/25-1)から回収されていた岩石の切りくずを、顕微鏡でしらみつぶしに調べました。すると、クレーターの底とほぼ同じ深さの層から、「衝撃を受けた」石英と長石の粒が2つ見つかったのです。これらの粒の内部には衝撃ラメラと呼ばれる無数の細かい縞状の割れ目が走っていて、この構造はおよそ10〜13ギガパスカルという桁外れの圧力がかかったときにしか生まれません。地震や地殻変動といった地球の営みでは、この圧力には届かない。届くのは、宇宙から高速で飛び込んでくる天体の衝突だけです。ニコルソン博士はこの発見を「干し草の山から針を探すような作業だった」と振り返っています。
チームはこの物証に加えて、最新の3D地震探査イメージングでクレーターの立体構造を描き直し、さらにコンピュータシミュレーションで衝突を再現しました。形の観察、鉱物の物証、物理モデルという複数の独立した証拠がすべて衝突説を指した——つまり、20年の論争は「見た目が似ている」の水掛け論ではなく、物証つきで決着したわけです。シミュレーションを担当したインペリアル・カレッジ・ロンドンのガレス・コリンズ教授は、「ついにシルバーブレット(銀の弾丸=決定的な証拠)を見つけた」と、クレーターの名前にかけて喜びを語っています。
復元された衝突の瞬間

そろった証拠から、約4300万〜4600万年前のその日に何が起きたのかも見えてきました。直径およそ160m——大きめのビル1棟分ほどの小惑星が、西の方角から浅い角度で当時の海に突っ込みました。衝突の瞬間、岩石と海水が混ざり合った高さ1.5kmものカーテンが立ち上がり、それが崩れ落ちると、高さ100mを超える津波が周囲へ広がっていったと推定されています。100mというと、30階建てのビルがまるごと沈む高さです。
幸い、当時この一帯に人類はいません(人類の祖先が現れるのは、ずっと後の話です)。それでも、直径160m程度の天体でこれだけの津波が起きるという復元結果は、現代の私たちにとって他人事ではありません。この規模の小惑星は、恐竜を絶滅させたとされる直径10km級に比べればはるかにありふれていて、将来地球に衝突する確率もそのぶん高いからです。もし同じものが今の海に落ちたら何が起きるのか。シルバーピットは、その予測の精度を上げるための貴重な実例になります。
海底クレーターの希少性と今後
地球は月と違って、クレーターがなかなか残らない惑星です。プレートの動きと浸食が、衝突の痕跡をどんどん消してしまうからです。確認済みの衝突クレーターは陸上に約200個ある一方、海底ではわずか33個ほどしか見つかっていません。今回の確定で、シルバーピットは恐竜絶滅と結びつけられるメキシコのチクシュルブ・クレーターや、西アフリカ沖で近年確認されたナディール・クレーターと同じ、正式な衝突クレーターの仲間入りを果たしました。
埋もれていたおかげで保存状態が非常によく、しかも3D地震探査で内部構造まで見通せるシルバーピットは、「衝突が惑星の地下をどう作り変えるのか」を調べられる貴重な天然の実験室でもあります。月や火星のクレーターは掘って調べるわけにいかないので、地球の海底に残ったこの標本から学べることは少なくありません。20年の論争の主役だったクレーターは、これからは衝突科学の教材として働くことになりそうです。
出典
Nicholson, U. et al. “Multiple lines of evidence for a hypervelocity impact origin for the Silverpit Crater” Nature Communications(2025年、オープンアクセス)
解説記事:ScienceDaily/Phys.org


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