海底の通信ケーブルが、鳴いていないクジラの動きを捉えた

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北極圏スヴァールバル諸島の沖、海底に埋められた髪の毛ほどの太さのガラス繊維が、水の中を進む巨大な何かを捉えました。シロナガスクジラです。

ただし、拾ったのは鳴き声ではありません。体が水を押しのけたときに生まれる、ごく低い周波数の圧力の波でした。ノルウェー科学技術大学(NTNU)の研究者2人が、通信用の光ファイバーで「音を出していないクジラ」を追跡できることを示し、その結果を米国科学アカデミー紀要(PNAS)に発表しています(2026年6月23日公開)。

通信ケーブルが観測装置になる仕組み

海底ケーブルは、電話の通話から銀行のデータまで、世界の通信を運んでいます。稼働中のものは推定で約600本、総延長は93万マイル(約150万キロメートル)を超えます。地球を37周できる長さです。ケーブルの中身は極細のガラス繊維で、これを数百本束ねて樹脂や金属の外装で守り、直径にして2〜5センチほどの1本にまとめて海底に埋めたり固定したりしています。

この通信用の繊維を、そのままセンサーとして使う技術が分散型音響センシング(DAS)です。陸上の装置からレーザーの光をケーブルに撃ち込むと、ガラス内部の微細な乱れに当たった光の一部が跳ね返ってきます。ケーブルが外から圧力を受けてわずかに伸び縮みすると、跳ね返る光のタイミングが変わる。その変化を読めば、ケーブルのどの位置に、どんな振動が届いたかが分かります。何千個ものマイクを等間隔に並べたのと同じことが、すでに敷いてあるケーブル1本でできてしまう、というわけです。

NTNUのチームは2020年、この方法でクジラの鳴き声を拾えることに気づき、2022年に論文として発表しました。ヒゲクジラの仲間が出す低いうなりは、海の中を何千キロも伝わります。世界中に張り巡らされたケーブルでそれを聞けるなら、生息域や回遊ルートの変化を追う手段になります。

鳴いていない時間という空白

ただ、この方法には決定的な弱点があります。クジラは、ずっと鳴いているわけではないのです。

むしろ黙っている時間のほうが圧倒的に長く、しかも深く潜っているあいだの様子は、研究者から見てほとんど空白です。現在は吸盤式のタグを体に貼り付けて潜水中の行動を調べていますが、タグは外れやすく、長くは持ちません。海底で餌をとるコククジラのような種類は、とくに追いにくい対象です。

音を出していないクジラも、水の中を進んでいる以上、体の前の水を押しのけています。船が進むときに船首から波が広がるのと同じで、そこには超低周波の圧力の波が生まれているはずです。理屈のうえでは、ケーブルはそれも感じ取れる。

問題は、その信号が距離とともに急速に弱まることでした。「大きな船は動かす水の量が多いので簡単に検出できますが、クジラはずっと小さいので、動かす水も少ない。つまり、検出されるには水中を潜ってケーブルに近づいてもらう必要があります」と、筆頭著者のロビン・アンドレ・ロルスタドボトネン氏は説明しています。しかも、そこまで低い周波数の帯域は、これまで誰も——研究チーム自身も含めて——クジラを探す場所として見ていませんでした。

手がかりになったクルーズ船と1917年の方程式

この壁を破った手がかりは、クジラではありませんでした。船です。

夏のスヴァールバル周辺は、大小のクルーズ船が行き交います。そして船には、クジラにはないものが付いています。AIS(船舶自動識別装置)です。どの船が、どこを、どれくらいの速さで進んでいるかが、外から正確に分かる。答えを知った状態でケーブルの信号を眺められる、ということです。

チームは、砕氷クルーズ船ル・コマンダン・シャルコー1隻に絞って、3シーズン分のデータを追いました。船体が押しのけた水がどんな超低周波の信号としてケーブルに届くのか、位置も速度も大きさも分かっている相手で、繰り返し確かめていったわけです。

解釈にあたって持ち出したのが、1917年にレイリー卿が発表した方程式でした。もともとは、水の中で気泡がつぶれるときに周囲の液体に生じる圧力を記述したものです。沸騰したお湯の泡と、北極海を進む1万トン級の船。見た目はまるで違いますが、水を押しのけたときに何が起きるかという点では、同じ物理が効いています。この式を使って、AISで裏の取れた船の信号を説明できるところまで持っていきました。

上の図のように、動く物体から広がった圧力の波は海底に達し、埋設されたケーブルをわずかに引き伸ばします。Landrø氏はこの現象を、海面に石を落としたときに広がる波紋にたとえています。

そして、船で目を慣らしたところに、幸運が重なりました。海面近くで鳴いていた1頭のシロナガスクジラが、鳴きやんで潜っていったのです。

鳴いているあいだの位置は、従来どおり音のデータで分かります。その同じ場所を超低周波のデータで見ると、船のときと同じ形の乱れがあった。声が消えたあとも、その乱れは動き続けていました。つまり、声で正体を確かめておいてから動きの信号に切り替えることで、黙って潜っていくクジラを追い続けられたのです。クジラを見つける方法を教えてくれたのは、船でした。

40メートルという制約

ここで、期待をふくらませすぎないための数字を並べておく必要があります。

論文が示す検出範囲は、船の場合で水深413メートルまで、ケーブルから最大550メートル離れていても捉えられる、というもの。一方でシロナガスクジラは、ケーブルから40メートル以内を潜っているときに限られます。体が動かす水の量が船とは桁違いに少ないためで、信号は距離とともに一気に弱まります。

使ったケーブルも、世界中の93万マイルではありません。スヴァールバルの2つの街を結ぶ、2015年に敷設された160マイル(約257キロメートル)の1本です。93万マイルという既存の資産の大きさと、40メートルという実際の検知範囲。この2つの数字は並べて見ておいたほうがいいと思います。

アクセスの問題もあります。海底ケーブルは通信会社の持ち物で、近年はグーグルやアマゾンのようなデータ企業の保有も増えています。多くのケーブルには「ダークファイバー」と呼ばれる、将来の増設に備えて使わずに置いてある繊維が含まれていて、これを研究に貸してもらえることがある。ただ、それはあくまで好意によるもので、外部の研究者に一切開放しない企業も少なくありません。ワシントン大学の海洋地球物理学者ウィリアム・ウィルコック氏(今回の研究には不参加)は、データ通信の実費どおりに課金されたら研究者にはとても払えない、と述べています。

ケーブルそのものが政治的に微妙な存在でもあります。AISを切って航行する船も同じ原理で拾えてしまいますし、観測拠点があるのはロシアの拠点から200マイル(約320キロメートル)足らず、北極点からは700マイル(約1,100キロメートル)ほどの海域です。Landrø氏は、公表するデータの扱いには慎重でなければならないと語っています。

それでも、生き物の観測手段としての可能性は残ります。Landrø氏は、季節ごと・日ごとの行動の変化を見たり、まったく鳴いていない個体を検出したりできるかもしれない、と話しています。同じくワシントン大学のシマ・アバディ氏(不参加)はこの研究を実現可能性を確かめる重要な第一歩と位置づけつつ、検出できる最大水深はどこまでか、ケーブルからどこまで離れても届くのか、といった問いがまだ残っていると指摘します。そのうえで、うまくいけば海面上の衛星画像に相当する監視能力を海の中で持てるかもしれない、という見方も示しています。

捕鯨の歴史のなかで多くの種が大きく数を減らし、その回復ぶりを知りたくても、広い海を動きまわる相手の頭数を数えるのは難しいままです。海底に埋まった1本のガラス繊維が、その空白をどこまで埋められるのか。答えはまだ、40メートル先までしか出ていません。

出典

Rørstadbotnen, R. A. & Landrø, M. “Detecting silent whales using seabed fiber-optic cables.” Proceedings of the National Academy of Sciences, 123(26), e2603077123 (2026). DOI: 10.1073/pnas.2603077123

Listening to whales – even when they make no sound(ノルウェー科学技術大学 プレスリリース、2026年6月25日)

Undersea optical fibres detect the motion of silent whales(Physics World、2026年7月1日)

The Global Web of Subsea Cables That Connects the World Can Now Detect Whales—Even When They’re Silent(Smithsonian Magazine、2026年8月13日)

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