米国で、個人に飼われていたキツネザル4頭が相次いで死亡し、その原因が人の「口唇ヘルペス」のウイルスだったという報告が出ました。フロリダ大学獣医学部のジム・ウェルハン氏らの研究チームが、専門誌 Journal of Zoo and Wildlife Medicine(2026年7月)にまとめたものです。
死亡したのは、ワオキツネザル2頭、シロクロエリマキキツネザル1頭、エリマキキツネザルの交雑個体1頭。8年間にわたって別々に起きた症例で、4頭ともエキゾチックペットや催し用の動物として人と密に接する暮らしをしていました。そのうち1頭は、「キツネザル・ヨガ」と呼ばれる教室で使われていた個体です。人間がヨガをしている周りをキツネザルが歩き回り、ときには体の上に乗ってくる——そういうプログラムでした。
人ではありふれた口唇ヘルペスウイルス
原因となった単純ヘルペスウイルス1型(HSV-1)は、口のまわりに小さな水ぶくれ——いわゆる口唇ヘルペス——を作るウイルスです。世界の成人の多くが持っていて、感染していても症状が出ない人がほとんど。症状が出ても、たいていは水ぶくれができて治る、その程度で済みます。
感染経路は、唾液や口まわりの皮膚がふれること。症状が出ていないときでもうつることがあり、キスや食器の共有などを通じて、人の社会に深く広く根づいています。人どうしの間では、これは「ありふれた、たいていは軽いウイルス」です。
宿主を替えないはずのウイルス
ヘルペスウイルスの仲間には、もうひとつ大きな特徴があります。宿主への「忠実さ」です。ウェルハン氏は「ヘルペスウイルスは宿主への忠実度が驚くほど高く、大きな宿主の乗り換えはめったに起こさない」と説明しています。長い進化の時間をかけて特定の生き物と付き合ってきたウイルスなので、ふだんは種の壁を越えないのです。
実際、人のHSV-1がほかの霊長類にうつった例は、マーモセットやテナガザルなどで過去に報告されているものの、まれなケースにとどまってきました。キツネザルでも疑い例は知られていましたが、数は少なく、昔ながらの検査手法による報告でした。
種を越えた先で起きていたこと
ところが、その壁を越えてしまったとき、結果は人の場合とはまったく違うものになります。今回の4頭は、いずれも脳炎——脳の炎症——を起こして死亡しました。人の口もとに水ぶくれを作る程度のウイルスが、キツネザルの体では脳を侵す病気になっていたのです。

4頭に見られた症状は、元気がなくなる、食欲が落ちる、口や喉に潰瘍(かいよう)ができる、呼吸が苦しくなる、といったものでした。ワオキツネザルの1頭はけいれん発作を繰り返し、獣医師の診察を受けてからわずか2日で亡くなっています。死後の解剖では、脳の組織に炎症と破壊が見つかり、PCR検査などの分子生物学的な手法でHSV-1の遺伝物質とタンパク質が脳の細胞から検出されました。キツネザルのHSV-1感染がこの手法で確認されたのは、今回が初めてだといいます。
感染症のニュースでおなじみの構図は「動物から人へ」です。しかし今回はその逆——人からキツネザルへ、でした。ヨガ教室にいた1頭について、ウェルハン氏は感染が「ヨガの時間中の、人との密な接触にほぼ確実に関係している」と見ています。ただし、どの瞬間にうつったのかまでを証明することはできない、とも述べています。残る3頭もペットとして人と頻繁にふれあっていた個体で、人との近さそのものが、感染の背景にあったと考えられています。氏の一言が、この報告をいちばん短くまとめています——「キツネザルにとって、良いことではない」。
接触という感染経路
ひとつ、押さえておきたい点があります。ウェルハン氏いわく「キツネザルにとって幸いなことに、これは同じ空間で呼吸してうつるたぐいのものではない」。HSV-1がうつるには、唾液がつく、口まわりの皮膚が直接ふれる、といったもっと近い接触が必要です。つまり、同じ部屋にいるだけでは感染は起きにくく、なでる・口もとを近づける・体に乗せるといった濃いふれあいこそが経路になる、ということです。
研究チームは、今回の4頭がいずれも個人所有だった点にもふれています。認定を受けた動物園では、人と動物の間で病原体が行き来しないよう、厳格な衛生管理の仕組みが設けられているのが普通です。一方で、ペットとしての飼育や、動物と密着する形式の催しでは、そうした線引きがあいまいになりがちです。日本にも動物とふれあえる施設は数多くあり、キツネザルにさわれる施設も実在します。今回の報告が示しているのは、施設の良し悪しというより、「人には軽いウイルスでも、相手の種が変われば話がまったく別になる」という生物学的な事実のほうです。
分かったことと残る課題
今回の報告には、今後につながる収穫もありました。4頭のうち2頭は、生きているうちに採った口の中のぬぐい液からHSV-1が検出されています。これまでキツネザルのヘルペス感染は死後に確認されることがほとんどでしたが、同じような検体を使えば、生きているうちに診断して手を打てる可能性が出てきたわけです。
一方で、これはあくまで4頭の症例報告です。キツネザルと接する場で感染が広がっている、といった話ではありませんし、ヨガ教室の1頭についても感染の瞬間が特定されたわけではありません。人がHSV-1を持っていること自体はごくありふれたことで、人どうしの暮らしのなかで特別に身構える必要はありません。ただ、種の壁の向こう側では同じウイルスの意味がまるで変わる——キツネザルをかわいがるその手が、彼らにとっては命に関わる経路になりうる。ウェルハン氏の言葉を借りれば、「楽しいかもしれないが、キツネザルのためにはならない」のです。
出典
Hauck, H. et al. “Human alphaherpesvirus 1 in two ring-tailed lemurs (Lemur catta), one black-and-white ruffed lemur (Varecia variegata), and one Varecia hybrid lemur (Varecia variegata x Varecia rubra).” Journal of Zoo and Wildlife Medicine, 57(3), 480–489 (2026). https://doi.org/10.1638/2025-0008
解説記事:Live Science “4 lemurs die of human herpesvirus, including one that had been used in a ‘lemur yoga’ class”(2026年8月15日)


コメント