中国・雲南省の山奥に、崖に張り付くように立つ高さ288メートルのエレベーターが開通しました。名前は「扶揺梯(ふようてい)」。2026年7月31日から本格的に動き始めたこの設備、現地では「空の通学バス」と呼ばれています。
288メートルというと、あべのハルカス(300メートル)とほぼ同じ。それだけの高さを、全面ガラス張りの箱が毎秒5メートルで駆け上がります。谷底から崖の上まで、およそ1分。
ただ、この話の面白さは「高いエレベーターができた」ことではありません。順を追って書きます。

谷底の村と3時間の崖道
舞台は雲南省宣威市にある尼珠河(にじゅが)大峡谷。垂直の高低差が500メートルを超える深い谷で、その底に尼珠河村という56世帯・256人の小さな村があります。
問題は、村の子どもたちが通う官寨(かんさい)小学校が、谷の上——標高およそ1,650メートルの山頂側にあることでした。谷底から学校までの道は、崖に刻まれた細い坂道。地元では「ヤモリ路」と呼ばれるほどの急斜面で、雨が降れば滑り、片道3時間かかりました。学校は寄宿制なので毎日ではないものの、10日にいちど程度の帰省のたびに、親が付き添って往復6時間。この崖登りが、何十年も続いてきたのです。
転機は2022年。谷に高さ268メートルの一号エレベーター「青雲梯(せいうんてい)」とロープウェイが完成し、子どもたちの通学は片道30分に短縮されました。シャトルバスで崖の下まで行き、エレベーターで一気に上がり、最後はロープウェイで約5分。人民日報によれば、2025年の時点で官寨小学校の児童51人のうち9人が尼珠河村から通っており、この「空の通学バス」を使っています。
つまり、崖を登る通学はすでに終わっていました。では、なぜ今になって2本目のエレベーターが建ったのでしょうか。
2本目が建った本当の理由
答えは観光です。
そもそも一号エレベーターは、尼珠河大峡谷を観光地として開発するプロジェクトの一部として作られたものでした。峡谷の景観が知られるにつれて観光客は年々増え、一号の輸送力——毎時400人——では足りなくなります。ピーク時には行列ができ、その混雑が村民や学生の通行にまで影響するようになりました。
そこで建てられたのが、今回の二号「扶揺梯」です。総投資はおよそ6,800万元(日本円で十数億円規模)。2024年10月に着工し、1年半あまりで完成しました。一号より20メートル高く、2基あわせた輸送力は毎時1,200人。峡谷が1日に受け入れられる観光客の数は、4,000人から15,000人へと3倍以上に増えました。
数字を見れば明らかなように、この規模の設備は観光のために建っています。谷底の村の子ども9人の通学のためだけに、十数億円のエレベーターは建ちません。
それでも、この仕組みには見どころがあります。二号エレベーターも一号と同じく、尼珠河村と官寨村の村民および在学中の児童・生徒は永久に無料。さらに、学生が優先して乗れる専用レーンまで設けられました。観光インフラの利益を、地元の生活——とくに子どもの通学——に還元する形が、最初から制度として組み込まれているのです。中国の報道はこれを「観光インフラが農村教育に恩返しをするモデル」と紹介しています。
移住ではなく「その場で変える」という選択
この件、中国のネット上では「エレベーターに大金をかけるより、村ごと麓の町へ移住させたほうが早いのでは」という声も出たそうです。もっともな疑問ですが、現地の報道はこう答えています。村人は谷底の土地で農業を営み、いまでは観光客向けの民宿や特産品の販売でも暮らしを立てている。土地を離れることは、生活の基盤そのものを手放すことになる、と。
崖にエレベーターを建てるという力技は、「人を動かす」のではなく「地形のほうを克服する」という選択でもあります。日本にも、長崎の斜面地に作られた斜行エレベーター(グラバースカイロード)のように、坂や崖と暮らしの間を埋める設備はあります。規模こそ違いますが、土木が人の毎日を直接変えるという点では同じ話です。
なお、通学時間や利用者数などの数字は、雲南網(雲南日報系)や人民日報といった中国の公的メディアの発表にもとづくものです。第三者による検証がある種の数字ではないので、その点は割り引いて読む必要があります。それでも、崖の細道を3時間かけて登っていた通学路が、ガラス張りの箱で30分になった——この変化そのものは、現地の映像とともに確かに記録されています。
出典
New Atlas(2026年8月16日):Insane 940-ft cliff elevator slashes commute time dramatically
雲南網(2026年8月4日・中国語):宣威尼珠河大峡谷二号“空中校车”投用
人民網(英語・一号エレベーターと官寨小学校について):People’s Daily Online


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