アメリカ・ヒューストンで2020年に起きた工場爆発をめぐる民事裁判で、被告の3M側が雇った専門家証人の「鑑定書」が、その大部分をChatGPTで作られていたことが明らかになりました。証言録取(トライアル前に証人から話を聞く手続き)の場で原告側が入手したのは、証人とChatGPTのやりとり350ページ分。テクノロジーメディアの404 Mediaが2026年8月17日に報じたものです。
3人が亡くなった事故の裁判です。この記事では、何が起きたのかを順を追って整理します。先に断っておくと、これは「AIを使ったこと自体が悪い」という話ではありません。問題はもっと手前の、意見の作られ方にありました。
ヒューストンの爆発事故と6年越しの裁判
2020年1月24日の早朝、ヒューストン西部にあるWatson Grinding & Manufacturingという工場で爆発が起きました。プロピレンという可燃性ガスがタンクから夜通し漏れ続け、たまったガスに引火。3人が亡くなり、周辺の住宅や事業所、数百軒が壊れたり傷んだりしました。米国化学物質安全性委員会(CSB)の調査では、劣化したゴムホースからガスが漏れたこと、そして工場のガス検知・警報システムが漏れを知らせなかったことが指摘されています。
周辺住民らはWatson Grindingとともに、3Mを訴えました。3Mは、この工場のガス検知システムの点検・保守を請け負っていた側です。原告側は、システムが機能しない状態を3Mが把握しながら放置したと主張しました。事故から6年以上たった今も裁判は続いていて、今回の裁判は3Mに対する一連の審理のひとつです。
証言録取で見つかった5ページの文書
3Mは自社を守る立場の専門家証人として、Knighthawk Engineering社のJosh Autenrieth氏を雇いました。専門家証人というのは、技術的な争点について「専門家としての意見書(鑑定書)」を裁判所に出し、法廷で証言する役割です。裁判記録によれば、3MはKnighthawk社にこの分析のためおよそ9万ドルを支払い、Autenrieth氏の時給は475ドルでした。
流れが変わったのは、証拠開示の手続きの中でした。原告側弁護士のWill Moye氏が、提出資料の中に「Citation Overlay」と題された5ページの文書を見つけます。Moye氏はこれをChatGPTの出力だと見抜き、鑑定書の作成に使われたプロンプト(AIへの指示文)をすべて出すよう要求しました。証言録取は3時間中断され、その間に集められたのが、Autenrieth氏とChatGPTのやりとり350ページ分。しかもその中には、会話全体を誰でも読めるChatGPTの共有リンクまで含まれていました。
のちの法廷では、Moye氏とAutenrieth氏の双方が、提出された鑑定書の「85〜90%がChatGPT」であることを認めています。
プロンプトに書き込まれていた結論
開示されたやりとりには、鑑定書がどう作られたかが最初から最後まで残っていました。そしてここに、この件のいちばんの問題が写っています。
Autenrieth氏はChatGPTに、自分が3Mの弁護側の専門家証人として雇われたことを伝えたうえで、3Mの業務水準を擁護する鑑定書の作成を依頼しました。指示の中には、Watson Grinding側の安全管理の欠如を示すこと、相手方証人の主張を打ち負かすことと並んで、「3Mの過失がこの爆発について0%であることを示すこと」という一文がありました。
つまり、結論が先に注文されていたのです。数百件の裁判記録を添付して読ませてはいるものの、その分析は「0%という答えにたどり着くための」分析でした。本来の専門家証人の意見は、資料を検討した結果として出てくるものです。ここでは順序が逆になっていました。ChatGPTはこの注文どおり、「技術的にも業務水準の観点からも、3Mの責任は0%である」という一文を含む約30ページの報告書を生成しています。

ChatGPT自身による指摘と消えた一文
興味深いのはここからです。Autenrieth氏は出来上がった報告書をChatGPTに戻し、「相手方の弁護士になったつもりでレビューして」と頼みました。するとChatGPTは、「0%の責任」という言い切りは相手方に突かれやすい格好の標的であり、この種の表現は「専門家ではなく擁護者だ」という印象を与えかねない、と指摘したのです。
この指摘は反映されました。裁判所に提出された最終版の鑑定書から、「0%」の一文は消えています。道具としてのChatGPTは、頼まれれば結論ありきの文書を書き、頼まれれば その弱点も的確に指摘した、ということになります。
ただし、消えたのは鑑定書の中の表現だけでした。「0%だと示せ」という注文そのものは、プロンプトの中にそのまま残っていました。そして前述のとおり、プロンプトは証拠開示で丸ごと相手方の手に渡ります。文書からは消せても、文書の作られ方は消せなかった——これが、この件の核心です。
開示されたやりとりには、ほかにも目を引くものがありました。事件の中心であるガス検知器の画像をアップロードして「これは何ですか」と尋ねる。完成した鑑定書をChatGPTに採点させる(100点満点で97点でした)。「検察側が攻めてきそうな5つのポイントと、その守り方」を尋ねる。自分の経歴書で専門家証人が務まるかを相談する。プロンプトの多くは、証言録取の前夜に打ち込まれていたことも記事は伝えています。
証人の言い分と陪審の判断
Autenrieth氏は法廷でChatGPTの使用を認めたうえで、自身はガス検知の分野で20年以上の実務経験を持つ専門家だと繰り返し述べています。本人の説明では、AIは「たたき台を作る手伝い」であり、先に自分の意見や情報を入力していて、出力が自分の意見と違えば修正した、とのことです。原告側のMoye氏は404 Mediaの取材に対し、この証人はAIを補助として使ったのではなく、意見の形成と執筆をChatGPTに頼り切っていた、という見方を示しました。404 Mediaは3M、Knighthawk Engineering、Autenrieth氏本人にもコメントを求めましたが、回答はなかったとしています。
Moye氏は、相手方の証人であるAutenrieth氏を、あえて自分側の証人として法廷に呼ぶという珍しい手を取りました。鑑定書がどう作られたかを、陪審に本人の口から直接聞かせるためです。
2026年8月10日、ハリス郡の陪審は原告24人に対し総額約6,150万ドル(1ドル150円なら約92億円)の支払いを命じる評決を出しました。責任の割合は、3Mが30%、Watson Grindingが70%です。この爆発をめぐって3Mが敗れた評決はこれで3件目で、過去には1億1,800万ドル、3,800万ドルの評決が出ています。約2,000人の住民の裁判がまだ残っており、次の審理は2026年10月に予定されています。
ひとつ注意しておきたいのは、評決の理由です。陪審が3Mの責任を認めた中心的な根拠は、ガス検知システムの不具合を3Mが把握していたことを示す証拠であって、鑑定書のAI利用そのものではありません。ただ、会社を守るために出てきた「専門家の意見」が、結論を注文されたAIの出力だったと法廷で明らかになったことが、3M側の主張の説得力を削いだであろうことは想像に難くありません。
開示対象になったプロンプト
この件が他人事でないのは、「AIへの指示文は、裁判で開示させられる」という前例がはっきり示されたからです。Moye氏のもとには、他の弁護士から「どうやってプロンプトを手に入れたのか」「自分の抱えている案件でも同じことが起きていないか」という連絡が相次いでいるといいます。
専門家がAIを使って証拠や意見書を作った例は、これが初めてではありません。AIが証拠作成に使われた事例を集めたデータベースによれば、フランスでは洪水をめぐる争いで雨水の流れに関するAI生成の主張が却下され、カナダでは害虫被害の原因についてAIに意見を出させた件で、裁判官が「専門家の証拠は、資格と当該問題への具体的な知識を持つ、特定の個人から出なければならない」として一切考慮しないと判断しています。
繰り返しになりますが、この件の教訓は「専門家はAIを使うな」ではないと思います。下書きや資料整理にAIを使うこと自体は、多くの専門職ですでに日常になりつつあります。線を引くべき場所は別のところにあります。結論を先に注文しないこと。出力を自分の専門知識で検証し、自分の意見として責任を持てる状態にしてから名前を書くこと。そして、その過程は後から全部見られる可能性がある、と知っておくこと。今回の件では、ChatGPTでさえ指摘できた問題を、署名した本人が素通りさせてしまいました。道具は仕事をしました。検証の責任だけが、宙に浮いていたのです。


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