シルル紀は、約4億4300万年前から約4億1900万年前まで、およそ2400万年続いた時代です。古生代を構成する6つの紀のうち3番目にあたり、そのなかでいちばん短い紀でもあります。
前後の位置ははっきりしています。ひとつ前のオルドビス紀は、末期の大量絶滅で幕を閉じました。シルル紀はその直後から始まり、次のデボン紀へ引き継がれます。名前の由来は、イギリス・ウェールズ地方にいた古代の部族シルレス族。1835年にロデリック・マーチソンが、この地域の地層に対して名付けました。
氷が引いたあとの海
オルドビス紀の終わりごろ、南極付近に居座っていたゴンドワナ大陸の上で氷床が育ち、海面が大きく下がりました。シルル紀に入ると、その氷が引いていきます。ゴンドワナは南に留まり続けたので氷が完全に消えたわけではありませんが、規模はオルドビス紀末よりずっと小さくなりました。
氷が溶ければ海面は上がります。シルル紀の地層が、削られたオルドビス紀の地層の上に不整合で——つまり時間の抜けを挟んで——重なっている場所は世界中にあり、これは海が引いて陸が削られたあと、ふたたび海が戻ってきたことの記録です。大陸の内側にまで浅い海が入り込み、温かくて明るい海底が広い面積で復活しました。
一方、赤道付近では大陸どうしが近づいていました。いまの北アメリカにあたるローレンシア、北欧のバルティカ、そしてイギリス諸島やニューイングランド、カナダ大西洋岸の一部を含むアバロニアが、あいだにあったイアペタス海を閉じながら衝突していきます。カレドニア造山運動と呼ばれるこの一連の衝突で、スコットランド高地、スカンジナビアの山地、アパラチア山脈北部のもとになる山なみが立ち上がりました。いま大西洋をまたいで似た地質が分布しているのは、当時ひとつながりの山脈だったからです。
海の中では、絶滅からの立て直しが進んでいました。層孔虫(そうこうちゅう)という海綿のなかまや、床板(しょうばん)サンゴがつくる礁が各地で広がり、ウミユリが群れをなし、腕足類が海底を覆う。プランクトンとして漂っていた筆石(ふでいし)は種類の入れ替わりが速く、いまではシルル紀の地層の年代を決める物差しとして使われています。

あごを持つ魚の登場
この海で新しかったのは、あごです。
脊椎動物の歴史は、あごを持たない魚から始まりました。口は吸い込むか、こそげ取るためのもので、噛むことはできません。そこに上下に開閉する枠組みが加わったのが有顎類(ゆうがくるい)で、いまの魚も、両生類も、私たちもこの系統に属します。
遺伝子の比較にもとづく推定では、有顎類の起源はオルドビス紀後期、少なくとも4億5000万年前までさかのぼるとされてきました。ところが化石が追いつきません。体全体が保存された有顎類の化石で最も古いものは、長らくシルル紀後期のおよそ4億2500万年前で、その手前の数千万年は、うろこや歯のかけらしか残っていない空白でした。
2022年、その空白が埋まります。中国科学院古脊椎動物・古人類研究所の朱敏(しゅ・びん)らのチームが、重慶(じゅうけい)市秀山県と貴州省の2か所の化石産地から、約4億3900万年前から約4億3600万年前の有顎類をまとめて報告しました。重慶の産地からは、体長わずか3センチほどの板皮類(ばんぴるい)シウシャノステウスと、初期のサメのなかまシェナカントゥスが、頭から尾までそろった状態で出ています。貴州からは、歯の並びが残る有顎類と、とげと肩の骨板を持つサメに近い仲間。関連する論文は同じ号のNature誌に4本並びました。
なかでもシウシャノステウスの頭の骨は、板皮類のつくりから硬骨魚類のつくりへ移り変わっていく途中の配置を示している、と論文は述べています。私たちの頭のてっぺんにある骨の並びも、この流れの先にあります。
ただし、シルル紀の魚はどれも小さいままでした。知られている有顎類の多くは数センチから数十センチ。例外的に大きいのが、中国雲南省の約4億2300万年前の地層から見つかったメガマスタクスで、推定全長はおよそ1メートル。デボン紀より前の脊椎動物としては最大です。それでも、この時代の海でいちばん大きな捕食者は魚ではありませんでした。
その座にいたのはウミサソリ(広翼類)です。カブトガニやクモに近い節足動物で、シルル紀後半には体長2メートル前後に達する種が現れています。史上最大の節足動物は、このグループから出ています。重慶で魚の化石が出た地層からも、ウミサソリが一緒に見つかりました。同じ場所に、3センチの魚と、その何十倍もある節足動物がいたことになります。

繰り返された海洋事変
短いうえに、大量絶滅と大量絶滅のあいだに挟まれている。そのせいでシルル紀は「静かな回復期」という印象を持たれやすい時代です。実際にはそうではありませんでした。
この2400万年のあいだに、海の環境が大きく振れた出来事が少なくとも3回起きています。イレビケン事変、ムルデ事変、ラウ事変。いずれもスウェーデンのゴトランド島にある地名から名付けられました。この島にはシルル紀の石灰岩が良好な状態で残っていて、事変の記録を読み取る基準地になっています。
いちばんよく調べられているイレビケン事変では、コノドント——絶滅した細長い脊椎動物が残した、歯のような微化石——の種の約8割、三葉虫の種の約5割が姿を消しました。期間はおよそ20万年と見積もられています。ムルデ事変では筆石が絶滅寸前まで追い込まれ、ラウ事変ではふたたびコノドントが激減しました。3回とも、堆積した炭酸塩岩の炭素同位体比が大きく正の側に振れています。炭素の循環そのものが、そのたびに組み替わっていたということです。
原因は議論の途中です。深い海で起きた変化が浅い棚の海へ広がったとする説明、南に残っていた氷の消長にともなう海水温と海面の上下、いずれも決め手を欠いています。ただ、「安定した温暖な海が2400万年続いた」という見方は成り立ちません。次に書く陸の出来事は、こういう落ち着かない海のかたわらで進んでいました。
陸に立った最初の茎
植物が陸に上がったのは、シルル紀が最初ではありません。ここは誤解されやすいところです。
陸上植物がつくる胞子——4つがくっついたまま化石になることが多く、クリプトスポアと呼ばれます——は、オルドビス紀中期、約4億7000万年前のアルゼンチンの地層からすでに見つかっています。遺伝子の比較にもとづく推定はさらに古く、陸上植物そのものの起源をカンブリア紀中期からオルドビス紀前期のどこかに置きます。維管束を持つ植物についても、オルドビス紀後期からシルル紀のあいだという幅で見積もられています。
ところが、胞子は出るのに体が出ない。数千万年にわたって、陸上植物の記録は顕微鏡サイズのかけらばかりでした。だから正確に言えば、シルル紀に起きたのは「植物が陸に上がったこと」ではなく、「陸に上がった植物の体が、化石として残りはじめたこと」です。
その主役がクックソニアです。ヨーロッパ、北アメリカ、南アメリカなど各地のシルル紀の地層から出てきます。姿は単純そのもので、高さは数センチ。葉も根もなく、細い軸が二股に分かれ、その先端に胞子の袋がひとつずつ付いているだけ。オーストラリアの古植物学者イザベル・クックソンにちなんで、1937年にウィリアム・ラングが名付けました。
単純に見えて、これは新しい仕組みの塊です。軸の中心には水を運ぶ通道組織が通り、表面は乾燥に耐えるクチクラ(ろうを含む膜)で覆われ、そこに気孔が開いている。水から離れた場所で立ったまま生きるための道具が、ひととおりそろっています。シダから草木、私たちが食べる作物まで含む維管束植物の大きな系統は、この形から広がっていきました。ただし「クックソニア」という名前は形の似たものをまとめた寄せ集めに近く、維管束が実際に確認できているのは一部の標本だけ、という点は押さえておく必要があります。
最も古いクックソニアとされるのは、チェコ・プラハ近郊のバランディアン地域で見つかったCooksonia barrandeiです。同じ地層から出る筆石の種類から、約4億3200万年前と見積もられました。2018年に新種として記載されたとき、陸上植物の体の化石として世界最古と位置づけられています。

化石に残らなかったもう半分
ここで、植物の体のつくりについて一つ補っておく必要があります。
植物は、ひとつの生涯を2つの世代で回しています。胞子をつくる世代(胞子体)と、精子と卵をつくる世代(配偶体)です。染色体の本数が違い、胞子体から出た胞子が配偶体になり、配偶体の上で受精が起きて次の胞子体ができる。この行ったり来たりを世代交代と呼びます。
どちらが主役に見えるかは、グループによって逆転します。コケを思い浮かべてください。地面を覆っている緑のじゅうたんの部分が配偶体です。そこから細い柄が立ち上がって先端に袋が付いていたら、その柄と袋のほうが胞子体で、じゅうたんに乗ったまま養分をもらって生きています。シダや種子植物ではこれが逆で、私たちが「植物」として見ている緑の体はすべて胞子体。配偶体は数ミリの薄い板になったり、花粉と胚珠の中に閉じ込められたりして、ほとんど目に入りません。
では、クックソニアの化石はどちらでしょうか。先端に胞子の袋が付いているのですから、全部が胞子体です。配偶体のほうは、これまで一つも見つかっていません。
そして2008年、当時シカゴ大学にいたC・ケビン・ボイスが、その胞子体について厄介な指摘をしました。軸が細すぎる、というのです。
クックソニアには葉も根もなく、器官が分かれていません。ということは、体を支える・水を運ぶ・乾燥に耐える・光合成する、という仕事を全部あの1本の軸でこなす必要があります。ボイスは化石の軸の太さを測り、それぞれの仕事に必要な細胞の種類と大きさから、断面の面積を割り振っていきました。すると、細いクックソニアでは外側のクチクラと通道組織と支持組織で断面が埋まってしまい、光合成をする組織——空気を通す隙間を持った緑の組織——を置く余地が残らない。
つまり、小さいクックソニアは自分で自分を養えなかった可能性が高い。コケの胞子体と同じように、地面に張りついた配偶体から養分をもらっていた、と考えるほうが筋が通ります。あの軸の役目は光合成ではなく、胞子の袋を少しでも高い位置に掲げ、体が乾いてしまっても胞子を飛ばし続けることだった——それがボイスの読みでした。
ただし、話はここで終わりません。「クックソニア」としてまとめられている化石は、軸の太さが10倍以上ばらついています。太いものはボイスの基準を通過し、自立できた可能性が残る。先に挙げたCooksonia barrandeiは初期の陸上植物としては際立って太い部類で、記載したチェコの研究チームは、空気を通す隙間と光合成組織の両方を持てる大きさに達していただろうと述べました。もしそうなら、胞子体は最初から自立しており、2つの世代がそれぞれ独立して生きる形が陸上植物の出発点だった、という話につながります。決着はついていません。
はっきりしているのは、私たちが教科書で見ている「最初の陸上植物」の絵が、その植物の全体像ではないということです。あの数センチの棒は生涯の片方の世代でしかなく、しかも化石として残りやすいほうの半分でした。もう半分は、地面にへばりつく柔らかい体だったせいか、ほとんど記録に残っていません。

手がかりが一つだけあります。少し時代が下ったデボン紀初期、スコットランドのライニーチャートには、細胞レベルまで保存された植物が残っていて、そこには配偶体も含まれています。立ち上がる軸を持ち、気孔も通道組織も備え、胞子体に劣らない作りです。ただし大きさは胞子体よりずっと小さく、「同じ形の世代交代」と呼べるかどうかは研究者のあいだで意見が分かれています。シルル紀の配偶体もこれに近いものだった可能性はありますが、そう言い切れる化石はまだありません。
最初の陸上動物と年代の揺れ
緑が立てば、それを食べる動物と、食べる動物を食べる動物が続きます。
陸で暮らしていたことが体の化石ではっきり分かる最古の例は、イングランド西部シュロップシャーのラドフォード・レーンにある地層から出ています。シルル紀最末期、プリドリ世のもので、年代はおよそ4億2000万年前。ここからムカデのなかまの脚と、トリゴノタルビド類という絶滅したクモ型動物が見つかりました。1990年にサイエンス誌で報告されたときのポイントは、その顔ぶれが捕食者だったことです。捕食者がいるなら、その下に食べられる側の動物がいて、さらにその下に植物や腐った有機物の層がある。この時点で、陸の上には食物連鎖が成り立っていたことになります。
もう一つ、有名な化石があります。スコットランドのストーンヘブン近郊で見つかったヤスデ、Pneumodesmus newmaniです。体の表面に気門——空気を取り込む穴——が残っており、空気を吸っていたことを確認できる最古の陸上動物として知られてきました。ところがこの化石は、年代が定まっていません。当初は約4億2800万年前とされましたが、2017年にジルコンのウラン鉛年代測定を行った研究が約4億1400万年前、つまりデボン紀初期だと報告しました。2024年にはイギリスのチームが胞子の分析とジルコンの追加データからシルル紀後期を支持する結果を出し、2025年にはまた別の総説が、堆積環境と供給源の違いを根拠に若い年代を支持しています。
古い地層のなかでも、陸でできた地層は年代を決めるのが難しい。海の地層なら筆石やコノドントという目印の化石が使えますが、陸の地層にはそれがなく、火山灰に含まれる鉱物や、混じり込んだ胞子の組み合わせに頼ることになります。動物がいつ陸に上がったのかという問いは、こうした事情でまだ数千万年の幅を持ったままです。

初期の陸上生態系については、植物も動物も、残ったものだけを見て組み立てているのが実情です。柔らかい体は残らない。陸でできた地層は年代が揺れる。緑が広がりはじめた最初の数千万年は、そういう二重の欠落の向こう側にあります。それでも、数センチの茎が乾いた地面に立ったこと自体は動きません。この先に、森ができ、根が岩を砕いて土をつくり、大気の組成まで変えていく流れが続いていきます。
出典
初期シルル紀の完全な有顎類:Zhu et al., “The oldest complete jawed vertebrates from the early Silurian of China”(Nature, 2022)
陸上植物の起源年代の推定:Morris et al., “The timescale of early land plant evolution”(PNAS, 2018)
オルドビス紀中期の陸上植物の胞子:Rubinstein et al., “Early Middle Ordovician evidence for land plants in Argentina (eastern Gondwana)”(New Phytologist, 2010)
ストーンヘブン層群の年代(シルル紀後期を支持):Wellman et al., “Age of the basal ‘Lower Old Red Sandstone’ Stonehaven Group of Scotland”(Journal of the Geological Society, 2024)
同じ地層の年代(デボン紀初期を支持):Suarez et al., “A U-Pb zircon age constraint on the oldest-recorded air-breathing land animal”(PLOS ONE, 2017)


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