「この植物も虫を食べているのではないか」——1875年、ダーウィンは著書『食虫植物』のなかで、ユキノシタ属の2種についてそう書き残しました。茎のべたつく毛に、小さな虫がびっしりくっついているのを見たからです。ただ、捕まえた虫を消化して、その栄養を吸っているところまでは示せませんでした。
それから150年。中国南西部の高山に生えるユキノシタ属の一種 Saxifraga candelabrum が、まぎれもない食虫植物であることが確かめられました。中国科学院昆明植物研究所とフロリダ自然史博物館などのチームが、2026年8月4日付の学術誌『Nature Communications』に報告しています。
先に一つ断っておくと、ダーウィンが名前を挙げた2種は、ヨーロッパに生える別の植物です。今回調べられたのは同じ属の中国産の種で、「ダーウィンが予言した植物そのものが肉食だった」という話ではありません。彼が目を付けたグループの中に、条件をすべて満たす本物がいた——というのが正確なところです。
ダーウィンが残した宿題
ダーウィンは晩年、モウセンゴケの研究に何年も費やしました。その成果をまとめたのが1875年の『食虫植物(Insectivorous Plants)』です。虫を捕らえて溶かし、栄養として取り込む植物がいる——という、当時としてはかなり奇妙な主張を、実験を積み重ねて示した本でした。
その流れで彼が目を留めたのが、ユキノシタ属の Saxifraga rotundifolia と S. umbrosa です。どちらも茎に腺毛(せんもう)——先端から粘液を出す毛——を持ち、そこに小さな虫がよく付いていました。ダーウィンはこの2種を、腺毛を持つ植物のなかでもとくに興味深い例だと考え、実際に虫を与える実験も試みています。ただ、はっきりした結果は出ませんでした。
以来この属は、「たぶんそうなのだろうが、証拠がない」という宙ぶらりんの位置に置かれ続けました。
乾いた高山に育つユキノシタの仲間
Saxifraga candelabrum が分布するのは、雲南省の中部から北部、それに四川省の南西部。標高2500〜3300mの高山帯で、チベット高原から横断山脈へと続く一帯です。
生育場所が少し意外でした。この植物がいるのは、日当たりがよく、季節によっては干上がる岩の割れ目です。食虫植物といえばふつう湿地や湿原の住人で、ハエトリグサもモウセンゴケもウツボカズラも、じめじめした場所に生えています。ところがこの植物は、乾いた岩場にいます。
共通しているのは水気ではなく、土の貧しさのほうでした。共著者のダグラス・ソルティス氏(フロリダ自然史博物館)は、こうした場所はどれも硝酸塩に乏しい土壌で、だからこそ食虫という性質が何度も別々に進化してきたのだ、と説明しています。足りない窒素を、根からではなく虫から取ってくる。それが成り立つ条件は、湿っているかどうかではなく、土がやせているかどうかだった、ということになります。
姿としては、根元に葉が放射状に広がったかたまり(ロゼット)を作り、そこから花茎を立ち上げて枝分かれさせます。種小名の candelabrum は枝つき燭台のこと。その茎と枝には赤みを帯びた腺毛がびっしり生えていて、先端が粘液で光っています。

上の画像のように、粘液の玉に小さな虫がくっつきます。ここまでは、標本を見ればすぐわかることでした。問題はその先です。
食虫と認めるための四つの条件
虫が付いているだけでは、食虫植物とは呼べません。研究の世界では、獲物を引き寄せること、捕まえること、消化すること、そこから栄養を吸収すること——この4つがそろってはじめて「食虫植物」と認められます。
捕まえて殺すところまではするけれど、消化も吸収もしていない植物もあり、こちらは protocarnivorous(食虫の一歩手前)と呼ばれて区別されます。ダーウィンのユキノシタは、まさにこの手前で止まっていました。虫が付いているのは誰の目にも明らかなのに、その先が示せない。
今回の研究チームは、この4つを一つずつ潰していきました。
花の香りによる誘引
まず「引き寄せているのか」。ただ通りがかった虫がたまたま貼り付いているだけなら、能動的に誘っているとは言えません。
そこでチームは、野外で満開になっている株にこんな仕掛けをしました。ガラスのケースをかぶせた株(姿は見えるが、においは漏れない)、白い通気性のある網をかぶせた株(姿は隠れるが、においは通る)、網だけを置いた場所(網そのものに集まってこないかの確認)、そして何もしない株。それぞれ10分間、やってくる虫の数を数えます。
結果は、においが通る網の株のほうが、姿が見えるガラスの株より訪問数が多くなりました。つまりこの植物は、見た目ではなく香りで虫を呼んでいます。花の揮発成分を機器で分析すると、β-ミルセンやユーカリプトールなど、虫の感知や誘引に関わることが知られている成分が含まれていました。
実際に何が捕まっていたのかというと、大半がユスリカ科の小さなハエでした。血を吸わない、あの夏の夕方に群れて飛んでいる虫の仲間です。
捕獲の規模も測られています。雲南省シャングリラ周辺で満開の株を32本調べたところ、花序の枝の数が多い株ほど、また枝が長い株ほど、捕まっている虫の数が多いという関係が出ました。枝がまだ少ない若い株はほとんど捕まえていないのに対し、成熟した株には平均で71匹が付いていたといいます。
さらに、昆明植物研究所の標本庫にある開花期の標本を全点調べたところ、45点のうち43点に虫が付いていました。しかも1888年から2016年までの採集分にわたって、分布域全体で同じ状態です。たまたま今年その場所でそうなっていた、という話ではないわけです。
消化と吸収の直接的な証拠
ここからが、ダーウィンが越えられなかったところです。

上の図の真ん中にあたるのが、消化酵素の確認です。食虫植物の目印としてよく使われるのがホスファターゼという酵素で、獲物の体から栄養を切り出す役割をします。チームは、この酵素に反応すると光る試薬に茎を浸し、顕微鏡で見ました。
S. candelabrum の腺毛は、がく・茎・葉のどこでも黄緑色に光りました。比較のために置いた既知の食虫植物ムシトリスミレの仲間(Pinguicula primuliflora)も同じように光ります。一方、同じ場所に一緒に生えている近縁種 S. filicaulis は、腺毛を持っているのに光りませんでした。この種は虫もめったに捕まえていません。腺毛があれば自動的に光るわけではない、というのが大事なところです。
そして最後の「吸収しているか」。ここで使われたのが、窒素に印を付けたショウジョウバエでした。
ふつうの窒素より少しだけ重い窒素15(¹⁵N)を含むアミノ酸を混ぜた餌で、ショウジョウバエを2か月ほど、何世代にもわたって飼います。こうすると体を作る窒素が、まるごと「印付き」に置き換わります。このハエを10匹ずつ、植物の茎の腺毛の上に置いて、2週間後に植物の組織を分析しました。
比較対象は3種類。既知の食虫植物としてモウセンゴケの仲間(Drosera peltata)、食虫ではない近縁のユキノシタ属 S. diversifolia、そして同じ場所に生えるシソ科のサルビアの一種です。
結果、S. candelabrum とモウセンゴケでは重い窒素の比率がはっきり上がり、食虫でない2種では変化しませんでした。念のため株の周りの土も測っていて、こちらの数値は低いまま。落ちたハエが土で分解されて根から吸われた、という抜け道も塞がれています。虫の体を作っていた窒素が、植物の体に移った。つまり、食べていたわけです。
組織ごとに見ると、印付きの窒素がいちばん濃かったのは花で、次が茎につく葉、いちばん薄いのが根元の葉でした。この植物は一生に一度だけ花を咲かせて枯れる性質を持っています。せっかく手に入れた窒素を、優先的に子孫を残すほうへ回している——そう読める結果です。
ゲノムに現れた収斂の跡
チームはさらに、S. candelabrum の全ゲノムを染色体レベルで読み、他の30種と比べました。
粘着式のわなを持つ食虫植物3種——今回の S. candelabrum、モウセンゴケの一種、それに南アフリカのロリドゥラ——を並べると、3種すべてで共通に数を増やしていた遺伝子ファミリーが20ありました。その機能は、獲物の誘引、消化に関わる加水分解酵素、栄養吸収に関わるリン酸イオンの輸送といった方向に偏っています。これらは系統的にはまったく離れたグループで、食虫性は別々に獲得されたものです。それなのに、動員された遺伝子が似ている。
ただし、わなの形が違う6種すべて(粘着式に加えて、落とし穴式のウツボカズラなど、挟み込み式のムジナモ)で共通に増えていた遺伝子ファミリーは、一つもありませんでした。共通していたのは遺伝子の数ではなく、進化の速さのほう。6種すべてで進化速度がそろって速まっていた遺伝子が21個見つかっています。
送粉者と獲物の使い分け
この植物には、考えてみると厄介な事情があります。虫を捕まえるわなを、よりによって花茎に付けているのです。花粉を運んでもらう相手まで捕まえてしまいそうなものです。
多くの食虫植物は、花を長い茎の先に高く掲げるなどして、わなと花を物理的に引き離すことでこの矛盾を避けています。S. candelabrum の解き方は違いました。大きさで分けているのです。
腺毛に捕まっているのは、ほぼユスリカ科の小さな虫。一方、実際に花粉を運んでいたのはクロバエ科、コハナバチ科、イエバエ科、ハナアブ科、ヤドリバエ科といった大型のハエやハチで、こちらはめったに捕まりません。体が大きくて力が強い虫は、粘液に触れても振りほどける。逆に言えば、送粉の役に立たない小さい虫だけが、わなに残るということになります。
解釈上の留意点
いくつか、混ざりやすいところを整理しておきます。
まず、ダーウィンが名前を挙げた S. rotundifolia と S. umbrosa は、今回の S. candelabrum とは別の植物です。論文自身が、地理的にも系統的にも離れていると明記しています。共通しているのは「虫を捕らえる腺毛を持つ」という性質のほうで、その性質に注目したダーウィンの着眼が正しかった、という形の答え合わせになります。「ダーウィンが予言した植物が肉食だった」と書くと、それは不正確です。
新種が見つかった話でもありません。S. candelabrum は19世紀から標本が採られている既知の種で、今回わかったのはその性質です。むしろ、これだけ目立つ腺毛と虫が付いていながら140年近く見過ごされてきた、というのが論文の指摘するところでもあります。
ユキノシタ科(さらに大きな括りのユキノシタ目)で食虫が確認されたのは今回が初めてです。ただ食虫植物そのものは、被子植物の14の科で独立に進化したことが知られています。珍しい発見ではありますが、前例のない現象が見つかったわけではありません。
ゲノム解析の位置づけにも注意が必要です。示されたのは「別々に進化した食虫植物どうしで、似た遺伝子が使われている」という対応関係であって、その遺伝子が食虫性を生み出していると実験で確かめたわけではありません。論文も、機能を確かめる研究は今後の課題だとしています。
最後に、ソルティス氏は、ユキノシタ科には粘つく腺毛を持ち虫にたかられている種が他にもたくさんあるので、同じような例が見つかっても驚かない、と述べています。ただしこれは現時点では見通しであって、確認された話ではありません。ユキノシタ属の他の種がどうなのかは、これから調べられていくところです。
出典
Zhang, X.-J. et al. (2026). Identification of carnivory in the flowering plant Saxifraga via multidisciplinary evidence. Nature Communications 17, 7557.
https://doi.org/10.1038/s41467-026-75288-y(オープンアクセスで全文が読めます)
Live Science(2026年8月4日)
‘Darwin’s hypothesis provided an important inspiration’: Scientists bolster 150-year-old Darwinian theory with a carnivorous plant in China
Darwin, C. Insectivorous Plants(John Murray, 1875)


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