発泡スチロールを溶かして燃料に仕立て、その燃料でガソリン発電機を回した——という実験動画を、Hackadayが取り上げました。結果から言うと、発電機はふつうに回っています。ただ、そのあとシリンダーの中をのぞいたところ、光沢のあるガム状の付着物がこびりついていました。
この話の面白いところは、うまくいった場面で終わっていない点です。動いた燃料がエンジンの内側に何を残したのかまで確かめている。おかげで「ゴミを燃料にする」という発想が、どこまで行けてどこで止まるのかが見えます。
発泡プラスチックの処分をめぐる事情
発泡スチロールは、体積の大半が空気で、樹脂そのものは数パーセントしかありません。軽くて断熱性が高いので、魚箱や家電の緩衝材、建物の断熱材と用途は広い素材です。その一方で、かさばるわりに中身がないため、集めて運ぶのも捨てるのも手間がかかります。
ひとつ補足しておくと、元記事が挙げているのはXPS(押出法ポリスチレンフォーム)で、建材売り場にある青やピンクの断熱ボードがこれにあたります。スーパーの魚箱や家電の緩衝材に使われる白いものはEPS(ビーズ法)で、作り方が違います。ただし、原料はどちらもポリスチレンという同じ樹脂です。
そのポリスチレンは、炭素と水素がつながった鎖——炭化水素のポリマーです。ガソリンのほうも、長さの違う炭化水素が混ざった液体です。元をたどれば同じ石油から来ているので、鎖を短く切ってやれば燃料に近いものになるのでは、という発想自体はそれほど突飛ではありません。元記事もそう書いています。引っかかるのはむしろ、採算が合う形でできるかどうか、そして作業する家を有害物質まみれにせずに済むかどうか、というあたりだ、と。
実験のあらまし
実験をしたのは、YouTubeチャンネルのLowered Expectations。使っているのは熱分解(プラスチックを熱で細かい分子に切ること)と蒸留という、化学としては基本的な方法です。
おおまかな流れはこうです。古くなったガソリンを蒸留し直して使える状態に戻し、そこへ発泡スチロールを溶かし込んで、どろりとした液にする。これを蒸留フラスコに移して熱し、出てきた留分(沸点ごとに分かれて出てくる成分)を一つずつ、火花で着火するかどうか確かめる。使えそうなものをまとめて安定剤を加える。さらに、スチレンには放っておくと勝手に固まってしまう性質があるため、それを抑える添加剤も入れています。
どの薬剤をどれだけ使い、どんな温度で扱ったかといった具体的な条件は、この記事では書きません。理由は後半で触れます。

シリンダー内部に残った付着物
上の図の左から5番目まで、つまり発電機が回るところまでは、この実験は成功しています。できた燃料をタンクに入れると、ガソリン発電機は問題なく動きました。
そのあと、ボアスコープ(先端にカメラの付いた細い内視鏡)でシリンダーの中を見ています。映っていたのは、光沢のあるベタベタした付着物でした。燃え残ったものが、燃焼室の壁にガムのように貼り付いている状態です。
原因について元記事は踏み込んでいません。ただ、実験の途中でわざわざ添加剤を入れて抑えていた「スチレンが固まりやすい」という性質が、燃焼室の熱の中で出てしまったと考えるのが自然でしょう。確かめられてはいないので、ここは推測です。
元記事のコメント欄では、できたものはガソリンではなく粘りのある焼夷剤(ナパーム)に近い、という指摘や、単純な4ストロークの発電機エンジンなら回っても燃料噴射や可変バルブタイミングを持つエンジンではすぐ焼き付くだろう、という見方が出ています。ただしこれらは読者の書き込みで、Hackadayの記事本文がそう結論づけているわけではありません。本文が書いているのは、付着物が出たこと、スチレンモノマーを吸い込む恐れがあること、そして基本的に家でやるようなことではない、という3点です。
スチレンモノマーの毒性
元記事は冒頭から、スチレン(C8H8)が変異原性を持つ毒物として知られている、と断っています。変異原性とは、遺伝子に傷をつける性質のことです。
国際がん研究機関(IARC)は2019年、スチレンと、体内でできるその代謝物であるスチレン-7,8-オキシドを、それまでのグループ2Bからグループ2A(ヒトに対しておそらく発がん性がある)へ引き上げました。どちらも遺伝毒性を持つ強い証拠があり、その仕組みはヒトでも働きうる、という判断です。
日本の労働現場でも扱いは軽くありません。スチレンは2014年に有機溶剤中毒予防規則から特定化学物質障害予防規則へ移された10物質のひとつで、「特別有機溶剤等」に位置づけられています。職場で使うなら、局所排気装置や作業主任者の選任、作業環境測定、特殊健康診断といった対応が求められる種類の物質です。
元記事が指摘しているのは、この燃料の場合、吸い込む経路が二つあるという点です。燃料そのものからと、燃やしきれずに排気に残ったモノマーから。屋外で使う発電機とはいえ、軽く見ていい話ではありません。
国内の法令との関係
日本で同じことをやろうとすると、安全面より手前の、制度の面で引っかかります。
まずガソリンは、消防法上の危険物(第4類第1石油類・非水溶性)です。指定数量は200リットルで、これ以上を貯蔵・取り扱うには市町村長等の許可が要ります。指定数量に満たなくても、その5分の1にあたる40リットル以上なら、自治体の火災予防条例による届出と規制の対象です。量が少なければ何をしてもいい、という枠組みにはなっていません。まして引火性の液体を加熱して蒸気を出す作業を屋内でやるとなれば、火災の危険はかなりのものになります。
ゴミの側にも決まりがあります。家庭から出る発泡スチロールは一般廃棄物で、処理は自治体のルールに従って行うものです。廃棄物処理法は廃棄物の焼却を原則として禁止しており(例外はあります)、個人が独自に熱をかけて処理することは、そもそも想定されていません。
元記事自身が、基本的に家で試すようなことではない、と締めているとおりです。この記事も、手順を紹介する目的では書いていません。
廃プラスチックを資源に戻す取り組みの現状
とはいえ、プラスチックを油やガスに戻すという考え方そのものは、工業の世界ではとっくに動いています。ケミカルリサイクルと呼ばれる分野で、油化やガス化のほか、製鉄のコークス炉で化学原料に戻す方法もあります。個人の実験と違うのは、密閉された設備と排ガス処理があること、そして扱う量が桁違いだということです。
日本の発泡スチロールに限れば、回収されたものはかなりの割合が使われています。発泡スチロール協会が2026年7月に公表した数字によると、2025年の使用済みEPSの有効利用率は92.1%でした。これは原料に戻すマテリアルリサイクルだけの数字ではなく、ケミカルリサイクルとエネルギー回収(燃やして熱として使う分)を合わせたものですが、それでもプラスチックの中では高い水準です。
つまり「発泡スチロールを燃料に」というアイデアが成り立つかどうかは、化学としてできるかという問題ではなく、設備と規模と後処理の問題だということになります。今回の動画は、家庭にある道具でその境目のどこまで行けるのかを、手を動かして示したものと言えます。エンジンは回った。回っただけで終わらせずにシリンダーの中まで見に行ったので、どこが壁なのかがそのまま残りました。
留意点
いくつか、そのまま受け取らないでほしい点を挙げておきます。
まず、これは査読を経た研究ではなく、個人が撮った実験動画の紹介です。第三者による追試も、燃料の成分分析も、排気の測定も行われていません。付着物がどのくらいの時間でどれだけ溜まるのか、エンジンがどれだけ保つのかといった数字は出ていません。
ナパームに近いという評価や、燃料噴射のエンジンでは焼き付くという見立ては、元記事のコメント欄に書かれたものです。実測に基づくものではなく、Hackadayの記事本文の結論でもありません。
有効利用率92.1%という数字も、そのままリサイクル率と読み替えることはできません。燃やして熱として使った分を含んだ数字です。
そして繰り返しになりますが、この実験は再現をすすめられるものではありません。工程の詳細は元動画にありますが、この記事ではあえて書いていません。
出典
Polystyrene Foam Can Be Gasoline With Some Help(Hackaday、2026年8月4日、Maya Posch)。実験を行ったLowered Expectationsの動画へのリンクも、この記事の中にあります。
IARC Monographs Volume 121: Styrene, Styrene-7,8-oxide, and Quinoline(国際がん研究機関、2019年)
特定化学物質障害予防規則等を改正しました(PDF)(厚生労働省)
リサイクル実績(発泡スチロール協会)


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