ダムというと、心配ごとの筆頭は「水が足りなくなること」だと思われがちです。ところが今年6月、科学誌Nature Sustainabilityに載った研究が示したのは、まったく逆方向の問題でした。世界の貯水池は、水が減って困る前に、泥で埋まって使えなくなりつつある——。中国科学院・南京地理湖沼研究所の宋春橋(Chunqiao Song)教授らのチームが、世界55万か所を超える貯水池を一斉に評価した結果です。すでに世界の貯水池のおよそ5軒に1軒が、土砂で埋まる高いリスクを抱えていました。
ダムの底に積もり続ける土砂
川が運んでいるのは水だけではありません。雨が降るたびに、斜面から土や砂、細かい泥が川へ流れ込みます。自然の状態なら、この土砂は川の流れに乗って下流へ運ばれ、川の形をつくり、河口や海岸を波の浸食から守り、農地に養分を届ける役目を果たします。
ところが川をダムでせき止めると、水と一緒に流れてきた土砂は、流れの緩やかな貯水池で沈み、底に積もっていきます。これが「堆砂(たいさ)」と呼ばれる現象です。積もった土砂はもちろん勝手には消えません。本来なら水を貯めるはずだった空間を、少しずつ、しかし確実に埋めていきます。
堆砂そのものは、ダムを造れば必ず起きる現象で、昔から知られてきました。2023年にはScience誌に、既存の貯水池の水を貯める力にとって、干ばつよりも堆砂のほうが大きな脅威だとする研究も出ています。それでも「世界全体でどれくらい深刻なのか」は、実はよく分かっていませんでした。理由ははっきりしていて、これまでの評価が、データの揃っている大きなダムに偏っていたからです。
見過ごされてきた小さな貯水池
世界の貯水池の大半は、ニュースに出てくるような巨大ダムではありません。農業用のため池や、地域の水がめとして使われる小さな貯水池が、数のうえでは圧倒的多数を占めます。今回の研究が対象にした55万か所超のうち、およそ95%は面積1平方キロメートル未満でした。
小さな貯水池は、大きなダムに比べて監視も記録も手薄になりがちです。しかも器が小さいぶん、同じ量の土砂が流れ込んでも埋まるのが速い。つまり、いちばん埋まりやすいところが、いちばん調べられていなかったわけです。
研究チームは、物理法則を組み込んだ機械学習モデルと、新しく整備した世界の貯水池台帳を組み合わせて、この空白を埋めにいきました。そして小さな貯水池まで含めて計算し直したとき、これまでの見立てがどれだけ甘かったかが見えてきます。
55万か所の一斉評価が示した実態
結果は、大きなダムだけを見ていた従来の評価が、貯水池のある地域の75%以上で堆砂の速さを過小評価していた、というものでした。世界平均では、貯水池の貯水容量は10年あたり7.3%(誤差±2.8%)のペースで土砂に食われています。地域別に見ると、埋まる速さはオセアニアが10年あたり9.9%でもっとも速く、南米の8.1%、北米の7.8%が続きます。
研究チームはさらに、堆砂がとくに集中する16のホットスポット(集中地域)を特定しました。南北アメリカの西側と、アフリカからユーラシアにかけての帯状の地域に連なるこれらのホットスポットは、20億人以上の水の供給と、世界の灌漑(かんがい)農地のおよそ26%に関わっています。ダムの底に泥が積もるという地味な現象が、世界の水と食料の足元を静かに削っている構図です。
そして、このまま何も手を打たなかった場合の予測が、この研究のいちばん重い部分です。2060年までに、世界の貯水池の半分以上が「機能的に使えない」状態になりうる。内訳は、小規模な貯水池の58.6%、大規模なものでも38.1%です。機能的に使えないというのは、ダムが壊れるという意味ではなく、貯められる水の量が減りすぎて、水がめとしての実用に耐えなくなるという意味です。それでも、いま生きている多くの人が現役のうちに迎える年に、世界の水がめの半分が役目を果たせなくなるかもしれない、という話になります。

ホットスポットのひとつがアメリカ西部です。急峻(きゅうしゅん)な地形のせいで、もともと土砂が流域に集まりやすい土地柄で、Live Scienceの報道によれば、カリフォルニアのトウモロコシ栽培地域では、小規模貯水池の半分以上が年10%を超えるペースで埋まっているとされています。1940〜70年代のアメリカでは政府の後押しで農業用の小さなダムが大量に造られましたが、研究に参加していないカリフォルニア大学バークレー校の地形学者マティアス・コンドルフ氏は、こうした小さなダムの多くが今まさに土砂で埋まりつつあるのに、安全性を評価する仕組みが整っていないと指摘しています。
水より重い泥がダムにかける負荷
堆砂の問題は、貯められる水が減ることだけではありません。土砂は水より重いため、底に溜まった泥は、水だけを想定して設計されたダムの壁に、想定以上の力をかけます。さらに地震の多い地域では話がもう一段厄介になります。揺れたとき、堆積した土砂はコンクリートとは違う周期で振動するため、構造物への負担が増えるのです。多くのダムが完成から数十年を経て老朽化しつつあることを考え合わせると、「泥で埋まった古いダム」は水がめとして頼れないだけでなく、それ自体がリスクの種にもなります。
気候変動は、この流れをさらに後押しすると研究者たちは見ています。極端な豪雨や干ばつ、山火事が増えれば、地表から川へ流れ込む土砂も増えるからです。実際、山火事の後に雨が降ると、燃え跡の土砂やがれきが一気に流域へ洗い流されることが知られています。
進む対策とその難しさ
では、どうすればいいのか。長い目で見て貯水池を持続させる条件は、入ってくる土砂と出ていく土砂を釣り合わせることです。研究に協力コメントを寄せた米国地質調査所の地質学者エイミー・イースト氏は、上流の流域で土壌の流出を抑えること——農業や伐採のやり方を工夫して、そもそも川に流れ込む土砂を減らすこと——が対策の大きな柱になると述べています。
すでに溜まってしまった土砂への対処は、もっと骨が折れます。土砂を下流へ流す排砂ゲートを備えたダムもありますが、そもそも20世紀に造られた多くのダムは、土砂の管理を設計に織り込んでいませんでした。イースト氏が指摘するとおり、土砂を長期的に管理する費用は当初の計画に入っておらず、そのツケが将来世代に回されてきた格好です。後付けの改修、土砂を含む水をダムの脇へ迂回させるバイパス、機械での浚渫(しゅんせつ=泥のくみ上げ)といった手はあるものの、いずれも高くつきます。小さなダムなら撤去してしまい、土砂を川に返すという選択肢もあり、実際アメリカでは堆砂への懸念が理由のひとつとなってダムが撤去された例があります。ただし、溜まった土砂を一度に下流へ流すと、川の生態系をかき乱すおそれがあるため、流し方には慎重な管理が要ります。
日本のダムと堆砂
ここまでは海外の研究の話ですが、堆砂は日本にとっても他人事ではありません。国土交通省は「ダム貯水池土砂管理の手引き(案)」の中で、完成から50年以上を経たダムが増えており、設計時に見込んだ堆砂容量を超えて土砂が溜まることで、洪水調節や利水といったダムの機能に支障が出ることが懸念される、としています。山が急で雨の多い日本は、もともと土砂の生産が盛んな国土です。今回の研究が示した「小さな貯水池ほど危ない」「対策費用が設計に入っていなかった」という構図は、日本のインフラの維持管理を考えるうえでも参考になりそうです。
解釈上の留意点
この研究の数値には、注意して読むべき点がいくつかあります。まず、55万か所超の貯水池を一つひとつ実測したわけではなく、機械学習モデルによる推定を含んでいます。世界平均の7.3%という数字にも±2.8%の幅が付いているとおり、個々の貯水池の実態とは差がありえます。また「2060年に半分以上が機能不全」という予測は、対策を何も打たなかった場合のシナリオであって、確定した未来ではありません。そして繰り返しになりますが、これは貯水池が水がめとして使えなくなるという話であり、ダムが次々に決壊するという話ではありません。カリフォルニアの「年10%超」という数字はLive Scienceの報道に基づくもので、世界平均(10年あたり7.3%)とは集計の切り口が異なる点にも留意が必要です。
それでも、大きな流れとしての結論は動きそうにありません。世界の水がめは、新しいダムで増える容量よりも速いペースで、泥に埋まりつつある。目立たないぶん後回しにされてきたこの問題が、数字とともに正面から示されたことが、この研究のいちばんの意味だと言えそうです。
出典
Liu, K. et al. “Global patterns of reservoir sedimentation and overlooked risks in small reservoirs” Nature Sustainability(2026年6月5日)


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