細菌に抗生物質が効かなくなる「薬剤耐性」について、子どもだけを取り出した大規模な調査結果が出ました。オーストラリアのシドニー大学とマードック小児研究所を中心とする国際チームが、82か国で集められた10万6581件の細菌検体を2004年から2022年まで追いかけ、2026年7月20日付で医学誌JAMA Pediatricsに発表したものです。結論から言うと、耐性はすべての地域で上がっていました。
子どもは、大人と同じようにこの問題を語れない立場にいます。免疫がまだ育ちきっておらず、集団生活で感染が広がりやすく、そのわりに使える薬の選択肢は大人より少ない。ある国の調査では、9割以上の子どもが1歳の誕生日を迎えるまでに最低1回は抗生物質を処方されています。それだけ薬に接する機会が多いのに、子どもに限ったデータは世界的にほとんど整理されてきませんでした。今回の研究は、その空白を埋めるために組まれています。
アクセス・ウォッチ・リザーブという三段の分類
結果を読む前に、WHO(世界保健機関)が定めている抗生物質の分け方を押さえておくと見通しがよくなります。AWaRe(アウェア)分類と呼ばれるもので、薬を三つの段に分けています。
一段目がアクセス。ふつうの感染症にまず出される一次選択薬で、効く範囲が狭いぶん耐性菌を生みにくく、優先して使うべきとされている薬です。二段目がウォッチ。効く範囲が広く、重い感染症や耐性が疑われる場面のために取っておく、慎重に使う薬。三段目がリザーブで、これは他に何も効かないときのための最後の切り札です。
研究チームは、WHOが2026年時点で重要度を指定している病原菌について、この三段それぞれへの耐性率が19年間でどう動いたかを調べました。地域別、年齢別、外来か病棟か集中治療室か、そして敗血症や呼吸器感染といった感染の種類別に切り分けています。

一次選択薬に集中していた高い耐性率
19年分をならして見ると、耐性率がいちばん高かったのは意外にも一段目のアクセス薬でした。平均36%。ウォッチは22%、リザーブは12%で、段を上がるほど耐性率は低くなります。
これは考えてみれば当然で、いちばん長く、いちばん多く使われてきた薬に、細菌がいちばん慣れているというだけの話です。切り札を温存してきたぶん、切り札にはまだ耐性が少ない。
しかも、そのアクセス薬への耐性は下がりはじめていました。とくに黄色ブドウ球菌で顕著で、南米では2012年より前の57%から、2018〜2022年には28%まで落ちています。研究チームはこれを、MRSA(メチシリン耐性黄色ブドウ球菌)を的にした感染対策が効いた結果だろうと見ています。一次選択薬を守ろうという世界的な取り組みは、少なくともこの部分では成果を出している、ということになります。
最後の切り札で最も急な上昇を示した高所得地域
問題は二段目と三段目でした。アクセス薬の耐性が横ばいか低下に向かう一方で、ウォッチとリザーブの耐性は上がり続けています。しかも、上がり方がいちばん急だったのは、資源の乏しい地域ではありませんでした。
アシネトバクター・バウマニという細菌があります。病院内で血流感染や肺炎を起こす菌で、今回の調査ではあらゆる段で耐性率が最も高く、2022年にはアクセス・ウォッチ・リザーブのどの段でも55%を超えていました。この菌のリザーブ耐性を地域別に見ると、直近5年の水準そのものは低資源地域のほうが高い(65〜78%、高資源地域は51〜71%)。ところが、19年間の上がり方の傾きは高資源地域のほうが急でした。北米では、2012年より前の12%から直近5年の51%へと、4倍以上になっています。ヨーロッパでも同じ形が出ていて、東欧のほうが早い時期から高かったのに、期間を通した上昇は西欧のほうが急でした。
所得区分でまとめた数字も、この形をなぞります。8種類の重要病原菌について、高所得・高中所得をまとめた群と、低所得・低中所得をまとめた群を比べたもので、2004年時点では両者にほとんど差がありませんでした。アクセス48%と44%、ウォッチ14%と16%、リザーブ9%と4%。ところが2022年には、アクセスが29%と47%、ウォッチが24%と48%、リザーブが25%と37%。低所得側が悪化しているのは確かですが、高所得側もリザーブは9%から25%へと上がっています。
つまり、耐性の前線が段を上へ移動している。一次選択薬を守る戦いには手応えが出ているのに、その裏で、後がない三段目が削られはじめている——それが19年分のデータから浮かんだ形でした。
集中治療室と乳幼児に集まる負荷
その削られ方がいちばんはっきり出たのは、集中治療室(ICU)です。ICUではウォッチ薬への耐性が15%から33%へ、リザーブ薬への耐性が9%から32%へ上がっていました。19年で3倍を超えています。
年齢では0〜2歳が突出していました。ICUに入った0〜2歳のウォッチ耐性は12%から32%になっており、3歳以上(21%から35%)と比べて上昇の角度が急です。2022年の時点で低所得側のICUに入った0〜2歳を見ると、ウォッチ耐性は56%。高所得側の同じ年齢層は26%でした。同じ薬を出しても、片方では半分以上の症例で効かない計算になります。
感染の種類でも差が出ています。敗血症ではウォッチ耐性が15%から30%、リザーブ耐性が3%から26%へ。呼吸器感染ではウォッチが12%から29%、リザーブが9%から30%へ。どちらも命に直結する感染で、しかも原因菌が判明する前に薬を選ばなければならない場面です。「たいていこれで効く」という前提が崩れると、最初の一手を外す確率が上がります。研究チームが繰り返し警告しているのは、まさにこの経験的治療への影響でした。

2035年の予測とその前提
チームは、この傾向がこのまま続いた場合に2035年がどうなるかも計算しています。
目立つのはカルバペネム系という、切り札のなかの切り札にあたる抗生物質への耐性です。アシネトバクター・バウマニでは、2021〜2022年の51%が82%(95%不確実区間77〜85%)に。クレブシエラ属では15%が35%(同29〜40%)になると見込まれています。クレブシエラは尿路感染や肝膿瘍を起こす菌で、今回の調査では上昇の速さが最も目立ちました。東南アジアでは2012年より前にはリザーブ耐性がゼロだったのが、直近5年では43%まで来ています。アフリカのクレブシエラも、ウォッチ耐性が29%から49%、リザーブ耐性がゼロから33%へと動きました。
ただ、この予測は「今の傾向がそのまま続いたら」という仮定の上に立っています。論文自身がはっきり書いている通り、政策の変更、新しい診断法、ワクチン、抗菌薬適正使用の取り組みといった要素は計算に入っていません。逆に言えば、外れさせるための数字として出されたものです。
解釈上の留意点
数字の読み方について、注意しておきたいことがいくつかあります。
まず、今回使われたATLASというデータベースは、人口を代表するように設計されたものではありません。参加した医療機関から集められた検体であり、どの施設が参加するか、どんな検体を出すかによって結果は動きます。論文は限界の項目で、これは母集団を代表する世界推計ではなく、大規模な多国籍サーベイランス網の結果として解釈すべきだと明記しています。「◯◯国の子どもの◯%が耐性菌に感染している」という読み方はできません。
次に、5歳未満の子ども84万人という2021年の数字は、薬剤耐性が死亡に「関連した」と推計された人数です(別の国際研究による推計値)。薬剤耐性が死因だった人数ではありません。
AWaReの三段それぞれの中には性質の違う薬が混ざっているため、段としての平均値が個別の薬の動きを覆い隠している可能性も、論文は認めています。また今回調べられたのは薬が効くか効かないかという表に出る性質だけで、遺伝子レベルで何が起きているかまでは追っていません。
日本の状況については、この論文は国別の内訳を示していません。国内のデータを知りたい場合は、厚生労働省の院内感染対策サーベイランス事業(JANIS)や、薬剤耐性(AMR)対策アクションプラン2023-2027のフォローアップ資料を当たることになります。
最後にひとつ。この研究は「抗生物質は危ないから飲まないほうがいい」という話ではありません。必要な場面で必要な薬を使わないことは、耐性菌対策として何の役にも立たないどころか、目の前の子どもを危険にさらします。論文が求めているのは、年齢別のサーベイランスを整えること、適正使用の仕組みを敗血症や呼吸器感染に絞って強化すること、そして効く薬が手に入らない地域に届くようにすること——つまり、使わないことではなく、使い方を整えることでした。
研究チームは、集めた小児の耐性データを誰でも見られるようにする「AMR in Kids」というオンラインの公開プラットフォームも立ち上げています。子どもが世界の耐性菌対策から抜け落ちてきたという問題意識が、そのまま形になったものと言えます。
出典
Hu YJ, Qiu H, Harwell JI, Bryant PA.「Childhood Antimicrobial Resistance With Global Forecasts」JAMA Pediatrics(2026年7月20日オンライン公開・オープンアクセス)DOI: 10.1001/jamapediatrics.2026.2808
シドニー大学プレスリリース:Antibiotic resistance growing among children, research finds
AMR in Kids(研究チームによる公開プラットフォーム):amrinkids.com
WHO AWaRe分類:WHO AWaRe classification of antibiotics
厚生労働省 院内感染対策サーベイランス事業(JANIS):janis.mhlw.go.jp


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