冥王星の大気が薄くなり始めた——星の光の消え方で測る、探査機なしの気圧測定

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冥王星の大気が、薄くなり始めているかもしれません。米・惑星科学研究所(Planetary Science Institute)のアマンダ・シカフーズ氏らの研究チームが、2021年半ばから2023年7月までのあいだに冥王星の大気圧が16%下がったとする観測結果を、査読誌プラネタリー・サイエンス・ジャーナルに発表しました。冥王星には探査機が常駐しているわけではなく、地球からは最高性能の望遠鏡でも小さな点にしか見えません。そんな遠い世界の空気の濃さを、研究チームは「遠くの星の光が消えていく様子」だけを頼りに測り続けてきました。

窒素が主役の1パスカルの大気

冥王星にも大気があります。主成分は窒素で、そこにメタンや一酸化炭素といった炭素系の気体が混ざり、これらが化学反応を起こして「もや」を作っています。2015年にNASAの探査機ニューホライズンズが冥王星のそばを通過したとき、青みがかったもやの層が何層にも重なって浮かぶ姿が撮影され、話題になりました。

ただし濃さは地球とは比べものになりません。地表の気圧はおよそ1パスカル。地球の地表気圧が約10万パスカルですから、10万分の1ほどしかない、ごくごく薄い大気です。

この薄い大気は、地表の氷と釣り合いを保つことで成り立っています。地表の窒素の氷が温められれば蒸発して大気が増え、冷えれば大気中の窒素が霜として地表に凍りつく。つまり冥王星の大気の量は、冥王星がどれだけ太陽の熱を受け取るかに直結しています。

太陽から遠ざかる88年間の入り口

ここで効いてくるのが、冥王星の軌道です。冥王星は248年かけて太陽のまわりを一周しますが、その軌道は円ではなく、大きくつぶれた楕円です。太陽に最も近づいたのは1989年。それ以降はずっと遠ざかる一方で、折り返し点を迎えるのは2114年です。冥王星はいま、太陽系の外れの、より寒く暗い領域へ向かう88年間の旅の入り口に立っています。1930年の発見以来、冥王星がこの区間に入るのは初めてのことです。

遠ざかって寒くなれば、大気の窒素は地表に凍りついていくはずです。実際、かつての理論予測には「冥王星が太陽から遠ざかると、大気はほぼ全部が地表に凍りついてしまう」というものもありました。一方で、近年の大気モデルには「一部は薄い大気として残り続ける」とするものもあり、予測は割れています。どちらに転ぶのかを知るには、実際の大気を測り続けるしかありません。

ところが、それが簡単ではないのです。ニューホライズンズが冥王星を訪れたのは2015年の一度きりで、その後は近くに探査機がいません。地球からの距離は途方もなく、シカフーズ氏の言葉を借りれば、冥王星は「月の3分の2ほどの大きさで、太陽から地球の30倍も遠い」世界です。望遠鏡で拡大しても大気の様子までは読み取れません。

恒星掩蔽という測り方

研究チームが使ったのは、恒星掩蔽(こうせいえんぺい)と呼ばれる手法です。掩蔽とは、手前の天体が奥の天体を隠す現象のこと。冥王星も地球も星々も少しずつ動いているので、ときどき偶然の一直線が起きて、地球から見た冥王星が遠くの恒星の前を横切ります。

このとき、星の光は冥王星の大気をかすめてから地球に届きます。大気は光を曲げ、もやの粒は霧のように光を散乱させるので、星は一瞬でパッと消えるのではなく、じわじわと暗くなっていきます。そして星が冥王星本体の真後ろに隠れると光は完全に消え、反対側から出てくるときには、また大気越しにじわじわと明るさを取り戻します。

この「暗くなり方のカーブ」に、大気の情報が詰まっています。大気が濃ければ光はゆっくり弱まり、薄ければ急に落ちる。もやが濃い高さでは光が余計に失われる。星の明るさを掩蔽の前・最中・後で精密に測り、光の減り方と戻り方を読み解けば、その瞬間の冥王星の大気の密度や構造を割り出せるのです。星の光そのものを、太陽系の外れまで届く測定器として使うわけです。

シカフーズ氏は「星の光が暗くなってまた現れるのを見るだけのシンプルな手法で、地球の100万分の数しかない薄い大気を調べられることに、いつも驚かされます」と語っています。

世界各地で同じ星を見つめる観測網

ただし、この観測にはひとつ大きな制約があります。星が冥王星に隠されるとき、冥王星の「影」が地球の表面を帯状に横切っていくのですが、その影の通り道は地球のどこを通るか選べません。海の上や人のいない土地を通ってしまうことも多いのです。

そこで研究チームは、影の通り道を事前に予測した地図を作り、観測を割り振ります。設備の整った大きな天文台の上を影が通るチャンスを優先しつつ、通り道に居合わせる各地の観測者にも協力を呼びかけて、データを厚くしていく。日食の観測隊が皆既帯に沿って散らばるのと同じ理屈で、掩蔽の影に沿って観測網を張るのです。複数の地点で同じ掩蔽をとらえられれば、互いの結果を確かめ合えるだけでなく、離れた地点ごとに冥王星の大気の別の場所を通った光を見ることになるので、大気を立体的に調べられます。

今回の論文がまとめたのは、2017年8月から2023年7月までに観測した10回の掩蔽のデータです。うち4回は複数地点からの同時観測に成功しました。こうして8年ちかく積み上げた記録を、2015年のニューホライズンズのフライバイのデータや過去の掩蔽観測とつなぎ合わせて、大気圧の推移を追ったのです。

数字の内訳と残る不確かさ

見えてきたのは、次のような推移でした。2015年のフライバイから2021年ごろまで、冥王星の大気圧はほぼ横ばいの「踊り場」にありました。それが2021年半ばから2023年7月のあいだに、もやを含めた解析で16%下がっていたのです。

もう少し細かく見ると、数字は測る高さによって違います。冥王星の中心から1,215kmの高さ(もやを含む低い層)では、2015〜2021年の水準と比べて2022年には気圧が16±2%下がっていました。一方、もやの影響が少ない1,275kmの高さでは低下は7±6%で、こちらは誤差の幅が値と同じくらいあり、下がったと言い切れる水準ではありません。はっきり低下が出ているのは、もやのある低い層のほうです。これは、気圧の低下にともなって、もやの粒が薄まりながら低い高度へ沈んでいくという見立てとも噛み合います。

とはいえ、研究チーム自身も慎重です。論文は「気圧が下がり始めたことを示唆する」という書き方にとどめ、最近の変化を確定させるにはさらなるデータが必要だと明記しています。シカフーズ氏も「私たちの研究は、大気圧が最近下がり始めたことを示唆しています。今後数年から数十年のデータで、この傾向を確かめられる(あるいは否定できる)ことを期待しています」と述べています。

そして、この先冥王星の大気がどうなるのかも、まだ分かっていません。太陽から遠ざかるにつれて気体が完全に凍りついてしまうのか、それとも地表近くに小さく濃い、もやった大気が残るのか。答え合わせには、これからも星の光を見張り続けるしかありません。人の一生よりずっと長い248年の「冥王星の1年」の中で、大気が消えたり戻ったりする様子を初めてリアルタイムで見届けられるのが、いまの私たちの世代なのです。

出典

論文:Changes in Pluto’s Atmosphere Based on Stellar Occultation Data from 2017 to 2023(The Planetary Science Journal)

プレスリリース:Pluto’s Atmosphere: Hazy with signs of thinning(Planetary Science Institute)

参考記事:Scientists Watch as a Distant World’s Atmosphere Shrinks and Thins(Universe Today)

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