最初の霊長類は熱帯ではなく「凍える北米」で生まれていた

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サル・類人猿・そして私たちヒトを含むグループ「霊長類」は、どこで生まれたのか。この問いに対する答えは、長いあいだ「暖かい熱帯の森」で決まりだと思われてきました。ところが、英レディング大学のホルヘ・アバリア=リャウトゥレオ博士らの研究チームが2025年8月に科学誌PNASで発表した研究は、まったく違う風景を描き出しています。最初の霊長類が暮らしていたのは、夏は暑く、冬は凍りつく北米の寒冷地だったかもしれない、というのです。

研究チームは、化石種と現生種をあわせた数百種の霊長類のデータと統計モデルを組み合わせて、霊長類の共通祖先がいつ・どこで・どんな気候のもとに暮らしていたのかを復元しました。今回はこの研究の中身と、「サルの祖先=ジャングル」というイメージがどう塗り替えられたのかを紹介します。

40年信じられてきた熱帯林仮説

まず、これまでの定説から確認しておきます。「霊長類は暖かく湿った熱帯の森で生まれ、そこで多様化した」という考え方は「熱帯林仮説」と呼ばれ、40年以上にわたって教科書の標準的な説明であり続けてきました。

この仮説が信じられてきたのには、それなりの理由があります。ひとつは、いま生きている霊長類の大半が熱帯に暮らしていること。もうひとつは、初期の霊長類の化石の多くが、現在は熱帯にあたる地域から見つかってきたことです。果物や花や虫が一年中手に入る豊かな森こそが、木の上で暮らす小さな哺乳類を霊長類へと進化させた舞台だ——そう考えるのは、たしかに自然に思えます。

ただ、この見方にはひとつ見落としがありました。化石が見つかった場所が「いま」熱帯かどうかと、その動物が生きていた「当時」その場所がどんな気候だったかは、別の話だという点です。大陸は動きますし、気候も6600万年のあいだに大きく変わっています。化石の産地の分布だけを見ていては、祖先が実際に体験していた環境は分かりません。

研究チームが取り組んだのは、まさにここでした。化石記録と当時の気候の復元データを霊長類の系統樹(進化の家系図)に重ね合わせ、共通祖先がいた場所の「その時代の気候」を統計的に推定し直したのです。

推定が示した、寒冷な北米という出発点

結果は、研究チーム自身も戸惑うものでした。約6600万年前、すべての現代霊長類の共通祖先がもっとも高い確率で暮らしていたと推定されたのは、北米。しかもその気候は、夏は暑く、冬は氷点下まで冷え込む、季節差の激しい寒冷な環境だったというのです。推定された年平均気温はおよそ10℃。熱帯のジャングルどころか、いまの日本の東北地方あたりを思わせる数字です。

筆頭著者のアバリア=リャウトゥレオ博士は、最初にこの結果を見たとき、共著者から「これは何かおかしいのでは」と言われたことを明かしています。教科書も過去の論文も熱帯起源を前提にしてきたのだから、無理もありません。それでもデータを検証し直すたびに、同じ答えが返ってきました。霊長類はジャングルからではなく、北半球の寒冷で季節性の強い環境から現れた——研究チームはそう結論づけています。

北米という場所も意外に感じるかもしれません。現在の北米には、人間を除けば野生の霊長類がいないからです。しかし初期の霊長類の化石は北米から数多く見つかっており、なかには北極圏まで進出していた近縁のグループもいたことが分かっています。最初期の霊長類のひとつとして知られるテイヤールディナは体重わずか28グラムほどの木の上で暮らす小さな動物で、これは現生でもっとも小さい霊長類、マダム・ベルテネズミキツネザルとほぼ同じサイズです。そんな小さな体で、凍える冬のある土地に暮らしていたことになります。

凍える冬をしのいだ方法

では、熱帯向きの体に見える小さな霊長類が、どうやって氷点下の冬を越したのか。研究チームが挙げている可能性のひとつが、冬眠です。心拍数を落とし、代謝(体がエネルギーを使うペース)を下げて、食べ物の少ない寒い季節を眠ってやり過ごす。クマがやっているのと同じ戦略です。

これは根拠のない想像ではありません。現生の霊長類にも、実際に冬眠するものがいるからです。マダガスカルに暮らすドワーフキツネザルの仲間は、寒くなると地面に潜り込み、植物の根や落ち葉の層の下で数か月間眠り続けます。土と落ち葉が断熱材になって、凍結から身を守れるわけです。霊長類の体の仕組みに冬眠という選択肢がもともと備わっているのなら、6600万年前の祖先が同じ手を使っていたとしても不思議はありません。

ただし、ここは注意が必要なところです。初期霊長類の冬眠は、化石から直接確かめられた事実ではなく、あくまで「そう考えれば辻褄が合う」という仮説の段階にとどまります。骨には冬眠の痕跡がほとんど残らないため、決定的な証拠を出すのは簡単ではありません。

熱帯林にたどり着くまでの長い道のり

この研究がもうひとつ描き出したのは、霊長類が現在の住まいである熱帯林にたどり着くまでの、意外なほど遠回りな道のりです。

復元された歴史によると、霊長類はまず寒冷な環境で誕生し、そこから温和な気候の土地へ、次に乾燥した砂漠のような環境へと移り住み、高温多湿の熱帯林に到達したのは、誕生から数百万年も経ったあとでした。つまり熱帯の森は、霊長類にとって「生まれ故郷」ではなく「最後にたどり着いた新天地」だったことになります。

移動の仕方にも、はっきりしたパターンがありました。住んでいる土地の気温や降水量が急激に変わると、霊長類は新しい住処を探して動きます。このとき、まったく違う、より安定した気候の土地まで思い切って移動したグループは平均でおよそ561キロメートルを旅していました。一方、似たような不安定な気候の範囲内にとどまったグループの移動距離は平均137キロメートルほど。遠くまで移動できた者たちのほうが生き残って子孫を残し、その子孫が新しい種へと分かれていった、と研究チームは見ています。

進化を動かした、暖かさではなく変化の速さ

こうして見えてくるのは、霊長類の進化の原動力についての、これまでとは違う描像です。

熱帯林仮説のもとでは、地球が温暖な時期に霊長類は繁栄し、分布を広げたと考えられがちでした。ところが今回の解析では、地球全体の気温が上がった時期に霊長類の拡散や種分化が加速した、という関係は見られませんでした。代わりに効いていたのは、乾燥と湿潤のあいだの急激な行き来のような、局地的な気候の速い変化です。居心地のよさが霊長類を進化させたのではなく、環境の激変が移動を強い、その移動が新しい種を生んだ。つまり私たちの系譜は、快適さではなく試練によって形づくられてきた、ということになります。

研究チームは、この知見が現代の問題にもつながると指摘しています。過去の霊長類は、気候が急変したとき遠くへ移動することで生き延びてきました。しかし現代の霊長類の多くは、生息地の分断によって移動の自由を失いつつあります。祖先と同じ「逃げる」という手が使えないまま急速な気候変動に直面していることが、いまの霊長類の絶滅リスクを考えるうえで重い意味を持つわけです。

解釈上の留意点

最後に、この結果をどこまで確かなものとして受け取るべきか、いくつか書き添えておきます。

今回の研究は査読を経てPNASに掲載されたものですが、化石記録と気候復元と統計モデルを組み合わせた「推定」であることに変わりはありません。祖先がいた場所や気候は確率としてもっとも高い候補が示されているのであって、寒冷な北米起源が確定したわけではありません。化石記録には偏りもあり、今後新しい化石や別の解析手法が出てくれば、推定が動く可能性は残ります。

冬眠についても、前述のとおり現時点では状況証拠にもとづく仮説です。また、この研究が対象にしているのは現代霊長類の共通祖先とその子孫たちの歴史であり、霊長類のさらに前の段階、つまり霊長類が哺乳類の他のグループから分かれた経緯そのものを塗り替えるものではありません。

それでも、「サルの祖先はジャングルで生まれた」という半ば常識のようなイメージが、データを丁寧に見直すことでひっくり返るかもしれない——その面白さは、この研究の確かな持ち味です。凍える冬を眠ってしのぐ小さな祖先の姿が本当だったのかどうか、今後の検証を待ちたいところです。

出典

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