オランダのアイントホーフェン工科大学の学生チーム「Solar Team Eindhoven」が、太陽光だけで走る救急車「Stella Juva(ステラ・ユバ)」を発表しました。チームいわく、太陽光で走る救急車としては世界初。2026年7月21日にお披露目され、8月にはケニアに運ばれて、実際の医療現場を想定した試験が始まっています。
作ったのは学生23人。彼らはワールド・ソーラー・チャレンジ(オーストラリアで開かれるソーラーカーの国際レース)のクルーザークラスで4連覇している、この分野では名の知れたチームです。ただし今回の車は、レースで速さを競うためのものではありません。狙っているのは、電気も燃料も届かない土地です。

患者を運ばない救急車
まず前提から。世界には、信頼できる道路も電気も燃料もない地域に暮らす人が約10億人いると推定されています。こうした土地では、そもそも救急車が来られません。来られたとしても、患者を運び込む先の病院が遠すぎます。
そこでStella Juvaは、発想を逆にしました。患者を病院へ運ぶのではなく、診療所のほうが患者のところへ走っていく。大学の発表でも、従来の救急車とは設計思想が違うことがはっきり書かれています。つまりこの車は、正確には「走る救急車」というより「自走する診療所」です。
車内は空調が効いていて、結核のスクリーニング用のX線装置、妊婦健診用の超音波、マラリアの迅速検査キット、AED、そしてワクチンと薬を安定した温度に保つ高効率の冷蔵庫を積んでいます。血液検査や予防接種まで、その場でこなせる装備です。
軽さと曇り対策に理由がある
電源が太陽光しかないとなると、設計のすべてが「限られた電力でどう回すか」から逆算されていきます。
まず重さ。車両重量は1,350kgに抑えられています。普通の救急車が3,500〜6,350kgですから、半分どころか3分の1近い軽さです。車体とシャシーには航空機グレードの炭素繊維複合材を使い、医療機器という重い荷物を積みながらこの数字を実現しています。軽くしたのは、電力が限られているからです。
次に太陽電池。屋根に載っているのは、中国のメーカーAIKO製の「ABC(All Back Contact)」型と呼ばれるセルです。ふつうの太陽電池は表面に集電用の金属線が走っていて、これがわずかに影を作ります。ABC型は電極をすべて裏面に回すことで表側の影をなくし、発電効率を上げています。薄曇りでも効率が落ちにくく、悪路の振動でセルに微細な割れが生じるリスクを下げる銅配線も組み込まれています。曇りの日も走る車だから、この電池を選んだわけです。
屋根で作った電気は50kWhのリチウム系バッテリーに蓄えられ、夜間の活動や天候の悪い日をしのぎます。最高速度は120km/h。晴れた日なら1日に最大715km走れると見込まれています。ただしこの数字は晴天時・舗装路での期待値で、実際の条件でどこまで出るかは、まさにこれからの試験で確かめる部分です。
止まった瞬間から、それは診療所になる
この車の設計でいちばん唸らされるのが、電源の分け方です。
Stella Juvaは、走行用の系統と医療機器用の系統を電気的に分離しています。もし走行用のバッテリーを使い果たして道の途中で止まってしまっても、残った電力は自動的に医療機器へ優先して回されます。つまり、走れなくなった瞬間に「故障した車」になるのではなく、その場で「診療所」として機能し続けるのです。

電気の質にも手が入っています。X線や超音波のような精密機器は、電圧の乱れに弱い。そこで純正弦波インバータ(家庭のコンセントと同じきれいな波形の交流を作る変換器)を使い、電圧の揺らぎが診断機器を壊さないようにしてあります。
軽くしたのは電力が限られるから。裏面電極の電池を選んだのは曇りに強いから。電源を分けたのは、走れなくなっても患者を診るから。ひとつひとつの選択に、置かれる環境からの必然があります。制約が設計を決めていく、ものづくりの筋の通った例だと思います。
ケニアでの試験はこれから
誤解のないように書いておくと、Stella Juvaは大学の試作車であって、量産される製品ではありません。売り物にする計画もありません。チームは非営利の学生団体で、資金はスポンサーや大学、非営利団体からの支援でまかなわれています。
その代わり、設計図はオープンソースとして公開されます。自動車メーカーや国際保健機関に対して「排出ゼロで、送電網に頼らない医療輸送は実現できる」と実物で示すことが、このプロジェクトの目的です。
試験の舞台はケニアです。人道支援団体のAmref Health Africaと組み、複数の遠隔地域で結核患者の治療や健診といった医療シナリオを模擬しながら、未舗装路での走行性能や、医療機器を安全に動かし続けられるかを確かめていきます。同チームは2023年にも、太陽光オフロード車「Stella Terra」でモロッコのサハラ砂漠を1,000km以上走破した経験があり、そのノウハウが今回の試験にも生かされます。
一方で、分かっていないこともまだ多く残っています。製造コストや耐久性、遠隔地での整備のしやすさは公表されていませんし、医療機器をフル稼働させたときに電力がどれだけ持つのかも未知数です。715kmという航続距離も、あくまで理想条件での見込み値です。太陽光だけで走る診療所が本当に使いものになるのか——その答えは、ケニアの土の上で出ることになります。
参考リンク
TU/e student team presents the world’s first solar ambulance: Stella Juva(アイントホーフェン工科大学 公式発表)
World’s first solar-powered ambulance hits the real world(New Atlas)


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