デニソワ人のDNAが、いまも私たちの免疫を形づくっている

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数万年前に絶滅した人類「デニソワ人」から受け継いだDNAが、いまも一部の人々の体の中で働き続けている——そんな研究結果を、米イェール大学のチームが2026年6月、科学誌サイエンスに発表しました。舞台は南太平洋。パプアニューギニアやソロモン諸島の人々のゲノムを詳しく調べたところ、デニソワ人由来の遺伝子の変異が、現代人の免疫のはたらきに今も関わっている証拠が見つかったといいます。

デニソワ人というのは、シベリアの洞窟で見つかった骨の断片から2010年に存在が確認された、絶滅した人類の仲間です。ネアンデルタール人の親戚にあたり、私たちホモ・サピエンスの祖先はかつて彼らと出会い、子どもをもうけていました。その痕跡が、いまも一部の人々のゲノムに残っています。

ゲノム研究の空白地帯だった南太平洋

今回の研究がまず埋めたのは、「調べられてこなかった地域」という空白です。これまでのゲノム研究は、ヨーロッパ系の人々のデータに大きく偏ってきました。南太平洋には非常に多様な集団が暮らしているのに、大規模な遺伝学研究ではほとんど取り上げられてこなかったのです。

責任著者のセレナ・トゥッチ助教(イェール大学・人類学)は、この偏りが人類の進化の理解を妨げるだけでなく、ゲノム研究をもとにした医療が発展していく中で、健康格差を広げるおそれもあると指摘しています。

そこで研究チームは、パプアニューギニア、ビスマルク諸島、ソロモン諸島を含む「ニアオセアニア」と呼ばれる地域の12集団、177人のゲノムを新たに解読しました。さらに、世界中の集団からすでに公開されている1,284人分のゲノムと組み合わせて解析しています。

この地域に人類が到達したのは、少なくとも4万5千年前。太平洋に最初に住み着いた人々の子孫たちのゲノムには、人類の移動と適応の歴史が刻まれています。解析からは、彼らの祖先が少なくとも3つの異なるデニソワ人系統のグループと交雑していたことも見えてきました。出会いは一度きりではなく、別々のグループと何度も起きていたようです。

「残っている」ことは分かっていた

じつは、デニソワ人のDNAが現代人のゲノムに残っていること自体は、以前から知られていました。ニアオセアニアの人々のゲノムには数%のデニソワ人由来の配列が含まれていて、これは世界のどの集団よりも高い割合です。免疫との関連を示唆する研究も、これまでにいくつか出ています。

ただ、そこには埋まっていない溝がありました。ゲノムの中に古代の配列が「見つかる」ことと、その配列が「今も体の中で何かをしている」ことは、別の話だからです。残っているだけで、もう何の役割も果たしていない化石のような配列なのか。それとも、現役で働いているのか。ここを直接確かめた研究は、ほとんどありませんでした。

実験で確かめられた「今も働くDNA」

今回の研究の核心はここです。チームは「大規模並列レポーターアッセイ」という手法を使いました。名前は仰々しいですが、やっていることは、たくさんの遺伝子変異を細胞の中で一斉にテストして、それぞれが遺伝子のはたらきを実際に変えるかどうかを測る実験です。コンピュータ上の推定ではなく、細胞を使って一つひとつ確かめるところがポイントです。

その結果、デニソワ人などから受け継いだ変異のうち、3,100以上が遺伝子の発現——つまり遺伝子のオン・オフや強弱——を実際に変えることが分かりました。古代人のDNAは、ただ残っているだけではなかった。つまり、数万年前の交雑の産物が、いまこの瞬間も現代人の細胞の中で遺伝子のスイッチを操作していたわけです。

しかも、そうした変異の多くが集中していたのが、インターフェロンγ(ガンマ)経路でした。これは、ウイルスや細菌の感染から体を守るときに中心的な役割を果たす、免疫の主要な伝達ルートです。

筆頭著者のパトリック・ライリー氏は、病原体は人類の進化を通じてもっとも強い淘汰圧——生き残れるかどうかを左右する環境要因——のひとつだったと述べています。この地域に移り住んだ人類の祖先は、それまで出会ったことのないウイルスや細菌にさらされたはずです。デニソワ人から受け継いだ遺伝子が、そうした病原体への抵抗力を高めた証拠が見つかった、というのがチームの見立てです。先にこの土地の病原体と長く付き合ってきたデニソワ人のDNAをもらうことは、いわば現地仕様の防御装備を受け継ぐことだったのかもしれません。

骨格の発達にも及ぶ影響

影響は免疫だけにとどまりません。チームは、骨格の発達に関わるTRPS1という遺伝子にも、適応に有利だったとみられるデニソワ人由来の変異を見つけています。

面白いのは、この同じ遺伝子が、中央アフリカの熱帯雨林で暮らす狩猟採集民や、エクアドルの高地の集団でも強い自然選択を受けてきたことです。地球のまったく別の場所で暮らす集団が、それぞれの環境に適応する過程で、進化が同じ遺伝子を繰り返し「選んで」きた。そんな進化の妙も、今回の解析から浮かび上がっています。

日本人とデニソワ人のつながり

今回の研究の対象はニアオセアニアの集団ですが、デニソワ人との縁は、じつは日本の読者にとっても他人事ではありません。これまでの研究で、日本人を含む東アジアの人々のゲノムにも、割合こそ1%に満たないごくわずかな量ながら、デニソワ人由来のDNAが残っていることが分かっています。東アジアの集団は、オセアニアの人々とは別の系統のデニソワ人グループと交雑した痕跡を持つことも報告されています。

ただし、東アジア人が持つデニソワ人由来の変異が体の中でどう働いているかは、今回の研究の範囲外です。オセアニアで示されたような「今も働く」証拠が東アジアの変異にも当てはまるのかは、これからの研究を待つ必要があります。

そしてこの点こそ、研究チームが繰り返し強調していることでもあります。ゲノム研究が特定の集団に偏ったままでは、他の地域の人々の体で何が起きているのかは分からないまま残ってしまう。今回の研究では、ニアオセアニアの集団を調べたことで、知られているデニソワ人由来の配列が大きく増えたと報告されており、調べる集団を広げるほど、まだ見ぬ発見が眠っていることを示しています。

デニソワ人が地上から姿を消して数万年。それでも彼らの遺伝子は、太平洋の島々で暮らす人々の免疫を今日も支えているかもしれない——絶滅と共存が同居したような、不思議な話です。

出典

Patrick F. Reilly et al., “Long-term isolation and archaic introgression shape functional genetic variation in Near Oceania”, Science, 2026年6月11日掲載
DOI: 10.1126/science.adr6749

Yale University / ScienceDaily(2026年6月13日付):Ancient Denisovan DNA still shapes human immunity today

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