ピューマがいる森では、鹿が道路に出てこない

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大型の肉食獣が近くにいると、人間の暮らしは危なくなる——そう考えるのが普通です。ところが、アメリカ・ワシントン州で行われた調査で、その逆を示すデータが出てきました。ピューマがいる場所では、鹿と車の衝突が明らかに少ない。衝突が起きる確率でくらべると67%も低く、5年間の予想件数では76%の差がついていました。

調べたのは、シアトルからピュージェット湾をはさんだ西側にあるオリンピック半島。米国の非営利研究機関 Conservation Science Partners のジャスティン・スラチ氏らのチームが、2026年8月5日付の学術誌『Current Biology』に報告しました。査読を通った論文です。

なお、ピューマ・クーガー・マウンテンライオン・パンサーはすべて同じ動物の呼び名です。この記事では「ピューマ」に統一します。

鹿と車の衝突がもたらす被害

アメリカでは、鹿と車の衝突が年間150万件を超えると見積もられています。これによって約200人が亡くなり、経済的な損失は100億ドルを上回ります。日本の感覚だと「動物にぶつかった」で済みそうですが、成獣の鹿は体重が数十キロあり、フロントガラスを突き破って車内に飛び込むこともある。人が死ぬ事故なのです。

今回の調査地でも被害は具体的でした。2020年7月から2025年6月までの5年間に、オリンピック半島では野生動物がらみの交通事故が953件。そのうち92%が鹿によるもので、エルク(アメリカアカシカ)を加えると97%に達します。この5年で2人が亡くなり、80人以上が負傷し、車の修理費と治療費をあわせた損害はおよそ1,470万ドル(20億円強)と算出されています。

この半島には、黒尾鹿(オグロジカ)が多く生息していると同時に、ピューマの個体群も昔から定着しています。捕食者と獲物が両方そろっている土地で、道路の安全性はどうなっているのか——研究チームが知りたかったのはそこでした。

捕食者がいれば事故が減る、という発想自体は前からありました。ただしその理屈は「ピューマが鹿を食べる→鹿が減る→道路に出てくる鹿も減る」という、いたって単純なものです。頭数が減れば事故も減る。それだけの話なら、わざわざ調べるまでもありません。

調査の規模と手法

チームは、地域の5つの先住民族(トライバル・ネーション)と組みました。各部族はそれぞれ野生動物のモニタリング事業を持っており、そのデータへのアクセスを提供したかたちです。中身は、半島全域に置かれた503地点のカメラトラップ(動物が通ると自動撮影される定点カメラ)の記録と、GPS首輪をつけた59頭のピューマの位置情報。ここに州交通局が持つ事故データを重ね合わせました。

カメラの記録からは、鹿とピューマがそれぞれ「どこに」「いつ」いたのかが読み取れます。研究チームはこれを連続時間占有モデル(ある場所にその動物がいる確率を推定する統計手法)にかけ、ピューマがいる区域といない区域で鹿のふるまいがどう違うかを比べました。

捕食ではなく警戒による効果

結果を見ると、鹿の数そのものが減っているわけではありませんでした。変わっていたのは、鹿が過ごす場所です。

ピューマがいる区域の鹿は、道路の密度が高いエリアに現れる確率が15%低く、逆に開発地から離れた奥まった環境にいる確率が86%高くなっていました。道路ぎわや、町のはずれといった「へり」の部分を避けて、森の奥に引っ込んでいるのです。

つまり、事故を減らしていたのはピューマが鹿を食べた分ではなく、鹿がピューマを警戒して行き先を変えた分でした。生態学ではこれを「恐怖の地形(landscape of fear)」と呼びます。捕食者は実際に襲わなくても、そこにいるというだけで獲物の行動範囲を書き換えてしまう。その書き換えが、たまたま道路から鹿を遠ざける方向に働いていた、というわけです。

上の2枚のような住み分けの差が、そのまま事故の数字になって出てきます。ピューマの占有確率が高い場所では、鹿と車の衝突が起きる確率が67%低く、5年間に起きると見込まれる件数は76%低い。ここで注意したいのは、この2つが「時間とともに減った」という数字ではないことです。どちらも、ピューマがよくいる場所とあまりいない場所を並べて比べたときの差になります。

昼へずれる事故の時間帯

変わっていたのは場所だけではありませんでした。ピューマがいる区域の鹿は、昼間に活動する割合が増え、夜の活動が減っていました。ピューマは主に夜に狩りをするので、鹿の側が時間帯をずらしている、と研究チームは考えています。

そして夜こそ、車の事故がいちばん危険になる時間帯です。暗くて見えにくいうえ、ドライバーは疲れていて、速度も出ている。ヘッドライトに照らされた鹿がその場で固まってしまう、あの反応も夜特有のものです。

GPS首輪のデータで確かめたところ、ピューマの利用が多い場所では、実際に起きた事故の時刻そのものが昼側にずれていました。鹿の活動時間の変化が、事故の時間帯にまで反映されていたことになります。件数が減るだけでなく、残った事故の危険度も下がる方向に動いていた——ここが、単に「鹿が減った」では説明のつかない部分です。

待ち伏せに適した森の縁

なぜ道路ぎわが、鹿にとって特に危ない場所になるのか。理由はピューマの狩り方にあります。

ピューマは追いかけ回すタイプではなく、身を隠して一気に飛びかかる待ち伏せ型の捕食者です。スラチ氏の説明によれば、ピューマが好むのは適度に分断された、へりの多い環境。森を切り裂いて通る道路や、森に押し寄せる低密度の住宅地は、身を隠して飛び出すのにちょうどいい地形になります。

森の外側で草を食んでいる鹿は、ピューマから見れば絶好の獲物です。だから鹿は、ピューマの気配がある土地では森の縁に長居しない。人間が事故を減らしたいと思っている場所と、ピューマが狩り場として好む場所が、たまたま重なっていた。それが67%という数字の中身でした。

再導入をめぐる議論への含み

この結果は、大型肉食獣との共存をどう考えるかという話に直接つながります。

アメリカ東部やカナダでは、ピューマがゆっくりと自然に分布を広げつつあり、人為的な再導入の可否も議論されています。こうした議論では、家畜の被害やペット・人への危険といったコストが真っ先に持ち出されます。実際それらは現実の問題で、今回の研究もその点を否定していません。

変わったのは、天秤の反対側に載せられるものが具体的になったことです。研究に関わっていないカナダ・ウェスタン大学のリアナ・ザネット氏は、これはどこを取っても良い知らせだとしたうえで、ピューマはこの働きをまったく無料で提供している、と述べています。道路脇の柵や動物用の横断施設には多額の費用がかかりますが、捕食者による効果には予算がつきません。

研究に関わっていない UCデービス道路生態学センターのフレイザー・シリング氏は、密な森があり、道路が通り、その先にまた森が続く——そうした地形ならどこでも当てはまる話だ、と評しています。

日本の鹿と道路をめぐる状況

日本にピューマはいませんし、シカの天敵だったニホンオオカミは明治期に絶滅しました。天敵不在のまま、シカと人の乗り物の接触は増え続けています。

鉄道の数字がわかりやすく、JR北海道では2025年度にシカが列車に衝突した件数が3,478件と過去最多を記録しました(前年度比25%増)。道路のほうでも、高速道路各社の集計でシカ・クマ・イノシシといった大型動物のロードキルが年間2,000件規模で発生しています。

ただし、この研究をそのまま日本に持ち込んで「大型の捕食者を入れれば事故が減る」と読むのは、かなりの飛躍になります。今回示されたのは、捕食者と獲物がすでに長く共存している土地で観測された関係であって、新しく捕食者を導入したらどうなるかを実験したものではありません。オオカミ再導入の是非は日本でも繰り返し議論されてきたテーマですが、その判断材料はこの一本の論文の外側にあります。

解釈上の留意点

いくつか、押さえておいたほうがよい点があります。

まず、これは観察研究です。ピューマを意図的に増やしたり減らしたりして比べたわけではないので、因果関係が証明されたわけではありません。ピューマが多い場所は同時に人里から遠く、交通量も少ない傾向があります。研究チームは道路密度や開発度合いといった要因をモデルに組み込んで補正していますが、統計的な補正で拾いきれない差が残る可能性は消えません。

次に、調査地はオリンピック半島に限られます。著者ら自身は、同じような効果は他の地域でも起きていて、ただ測られていないだけだろうと書いています。ただしそれは見通しであって、確かめられた事実ではありません。

そして、ピューマと隣り合って暮らすことには相応のコストがついてきます。家畜の損失、ペットや人が襲われる危険。今回の研究は、そのコストが消えると言っているのではなく、これまで数字になっていなかった便益の一つを測ってみせた、という位置づけです。スラチ氏も、捕食者がもたらす便益の正味の価値がどれくらいなのかは依然として未解決の問題で、保全の分野はその検討を始めたばかりだ、と述べています。

出典

Suraci, J. P., et al. (2026). Large carnivores shape road safety through effects on prey space use. Current Biology. DOI: 10.1016/j.cub.2026.06.072
https://www.cell.com/current-biology/fulltext/S0960-9822(26)00818-3

Cell Press プレスリリース「Pumas make roads safer for drivers」(EurekAlert!、2026年8月5日)
https://www.eurekalert.org/news-releases/1138139

Conservation Science Partners によるリリース
https://csp-inc.org/groundbreaking-research-suggests-that-pumas-contribute-to-reduced-deadly-deer-vehicle-collisions/

Sarah Kuta「Pumas Might Be Making Your Drive Home Safer.」(Smithsonian Magazine、2026年8月12日)
https://www.smithsonianmag.com/smart-news/pumas-might-be-making-your-drive-home-safer-when-the-predators-are-around-deer-tend-to-avoid-roads-preventing-some-collisions-180989314/

解析コードの公開リポジトリ(Conservation Science Partners)
https://github.com/csp-inc/suraci-etal-2026-current-biology

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