コロンビア北部の低地に、宇宙からも見えるほど巨大な古代の水路網が残っています。作ったのは、およそ2000年前からこの湿地に住んでいた人々。総面積は50万ヘクタールを超え、日本でいえば四国の3分の1ほどに相当する規模です。
これほどの大工事となると、当然「強い権力者が人々を動員して作らせたのだろう」と考えたくなります。実際、考古学でも長くそう解釈されてきました。ところが2026年8月11日、ケンブリッジ大学とコロンビア人類学歴史研究所(ICANH)などの研究チームが、この前提を数字で覆す論文を科学誌「Communications Sustainability」に発表しました。計算してみたら、王も監督もいなくても、地元の住民だけで十分作れてしまう規模だったというのです。

コロンビア北部に残る巨大な水路網
舞台はコロンビアのカリブ海側、マグダレナ川・カウカ川・サンホルヘ川が合流するラ・モハナと呼ばれる低地です。雨季には広い範囲が水没し、乾季には干上がる。そんな極端な土地に、紀元前の数世紀から11世紀ごろまで、シヌー(ゼヌー、Zenú)と呼ばれる文化の人々が暮らしていました。
彼らが残したのが、水路と土を盛った畝(うね)を組み合わせた水利システムです。大雨のときは水路が水を吸収し、乾季にはためた水を少しずつ放出する。畝の上は雨季でも水没しない畑になり、水路は湿地の魚を集落の近くまで呼び込む通り道にもなりました。洪水と干ばつの両方をしのぎながら、農業と漁の両方を支える。ひとつの仕組みで何役もこなす、よくできたシステムです。
そしてこのシステムは、とにかく規模が大きい。水路と畝の広がりは地域全体で50万ヘクタールを超え、1960年代に衛星画像が使われ始めると、その全貌の大きさが改めて注目されるようになりました。
「大工事には権力者が必要」という長年の前提
これだけの土木工事を見たとき、考古学が伝統的に採ってきた説明は「上からの指揮」でした。規模が大きく、しかも水路の配置には規則性がある。だから有力者が計画を立て、大勢の労働力を動員して作らせたはずだ——という筋書きです。エジプトのピラミッドでも日本の巨大古墳でも、「大きな建造物は強い権力の証拠」という発想は繰り返し使われてきました。シヌーの水利システムも、長らくその枠組みで語られてきたのです。
ただ、この解釈には以前から異論もありました。ラ・モハナでは、豪華な副葬品を持つ墓は見つかっているものの、社会が上下関係で組織されていたことを直接示す証拠は確認されていません。住民が自発的に協力して作った可能性を唱える研究者もいました。それでも決め手がなかったのは、「実際にどれだけの労働力が必要だったのか」を具体的な数字で示した研究がなかったからです。
畝の一本一本から労働量を割り出すという方法
今回の研究チームは、その数字を出しにいきました。ケンブリッジ大学マクドナルド考古学研究所のジャスミン・ヴィエリ氏が中心となり、この水路網を数十年研究してきたICANHのフェルナンド・モンテホ・ガイタン氏らが加わったチームです。
まず高解像度の衛星画像を使って、スクレ県サンマルコスの約500ヘクタールの範囲を、これまでにない細かさで地図化しました。畝1,601本と、住居が建てられていた土台63か所を一本一本、一つ一つ図形として描き起こしています。研究チームによれば、南北アメリカの先史時代の畝システムとしては、これまでで最も詳細な地図だといいます。
次に、この範囲に住んでいた人口を見積もりました。発掘調査で分かっている住居の大きさや配置をもとに計算すると、63の土台に合わせて約1,600人。このうち半分の800人が工事に参加したと仮定します。産業革命前の社会では人口の半分以上が農作業に関わっていたのが普通なので、これはかなり控えめな仮定です。
そして畝の長さ・幅・高さ(もとの高さは発掘断面から約1.4mと推定)から、動かした土の量を計算し、1人が1日に運べる土の量で割る。運べる量は、アンデスの伝統的な足鋤(あしすき)を使った復元実験の値をもとにしつつ、この地域の土が粘土質で重いことと、当時どんな道具で掘ったのか分かっていないことを踏まえて、実験値を半分に割り引いた保守的な数字も併用しています。
800人なら半日かからないという計算結果
結果は、研究チーム自身が何度も計算し直して確かめたほど低いものでした。
調査範囲でいちばん大きな畝は、長さ約540m、動かした土の量は約1,950立方メートル。これを5人家族が自力で作ろうとすると、78日から156日——最大で5か月ほどかかります。ところが800人で取りかかれば、半日もかかりません。
水路網全体ではどうか。1,601本の畝をすべて合わせても、800人の働き手なら0.7〜1.5か月で作れてしまう計算になりました。この地域の乾季は3〜4か月続くので、その半分もあれば足りることになります。農作業ができない季節に村人が総出で土を運べば、ワンシーズンで完成する。数千年残る大工事が、です。
維持の手間はさらに軽く、25年に一度システム全体を作り直すとしても、年に数日の作業で済むと見積もられました。つまり規模の大きさは、組織の問題ではなく人数の問題だった。5人では途方もない工事も、800人なら農閑期の共同作業で終わってしまうのです。ヴィエリ氏は404 Mediaの取材に対し、こうした巨大な事業が下から積み上がる共同体主導の組織と矛盾しないことを、具体的な数字で示した初めての事例だと述べています。
解釈上の留意点
ここで注意したいのは、この研究が示したのは「権力者がいなくても作れた」という可能性であって、「権力者がいなかった」ことの証明ではない点です。論文自身も、規模の大きさを上意下達の証拠として扱うことはできない、という言い方にとどめています。
また、集落と湿地を結ぶ長い畝については、複数の家族がまとまって働き、ある程度の事前の計画も必要だっただろうと論文は認めています。指揮する王はいなくても、住民どうしの相談や調整はあったはずだ、ということです。
数字の前提にも幅があります。人口約1,600人という見積もりは住居跡の面積から出したもので、土台の中には住居ではなく儀式や倉庫に使われたものが混ざっていた可能性があります。その場合、人口はもう少し少なかったかもしれません。ただし論文によれば、人口を半分にして計算し直しても、乾季1〜2回分の労働で作れる範囲に収まるそうです。さらに、絶対年代を示す証拠が乏しく、個々の畝がいつ作られ、どれくらいの期間使われたのかは現時点では分かっていません。
現代の洪水対策への応用
この研究には、過去の解明にとどまらないもうひとつの狙いがあります。ラ・モハナは今も洪水に苦しむ地域で、2021年から2023年にかけて50万人以上が被災しました。コロンビア政府は堤防を築いて水をせき止める方針をとってきましたが、堤防はたびたび決壊し、被害をかえって深刻にしてきた経緯があります。
一方、シヌーの人々のやり方は、水をせき止めるのではなく、水路と畝で受け流して分配するというものでした。実際、地元の漁師と農家の団体が2012年から6ヘクタールの土地でこの方式を復活させたところ、周囲の住民が洪水や干ばつに苦しむ中でも、畑と水を確保できているといいます。今回の労働量の計算は、この方式をもっと広い範囲でよみがえらせるのに、大がかりな行政の介入がなくても地域住民の協力で足りることを示す根拠にもなります。何しろ、2000年前の人々が実際にそれをやってのけたのですから。
大きな遺構を見たら強い権力を想定する——その癖を、一度数字で疑ってみる。この研究が示したのは、そういう考古学の新しい向き合い方でもあります。チームは今回の解析手法を誰でも使える形で公開しており、他の地域の農業遺構にも同じ問いを立てられるようになりました。ピラミッドや古墳とはまた事情が違うにせよ、「本当に王が必要だったのか」を数字で確かめられる時代が始まっています。
出典
論文:Vieri, J., Montejo Gaitán, F., Carrero-Pazos, M. & Martinón-Torres, M. “Collective labour and sustainability of pre-Hispanic field systems in La Mojana” Communications Sustainability(2026年8月11日、オープンアクセス)
https://doi.org/10.1038/s44458-026-00128-5
紹介記事:Becky Ferreira “No Bosses: Ancient Engineering Marvel Was Built Without Rulers, Study Suggests” 404 Media(2026年8月11日)
https://www.404media.co/no-bosses-ancient-engineering-marvel-was-built-without-rulers-study-suggests/


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